11.祭りの後
シノさんの不穏発言に少々の不安を感じはしたが。
しかし準備が整って食事タイムになったら、料理と酒の良さの前に、俺は他人の恋愛事情などどうでも良くなった。
カナタは小さいからって理由でコスプレは免除されていて、食事の間中、白砂サンと敬一クンが代わる代わる面倒を見たがり──、ほぼ取り合いの様相を呈していた。
食後には白砂サンが出してきたスタートレックのモノポリーをやり、更にその後は全部の柄がMr.スポックのトランプをやり、ところどころ白砂サンとボーンズ氏のディープ過ぎるオタク談義に一同が置いてきぼりにされたりもしたけど、スバルとミナトも含めて概ね楽しく盛り上がったので、トータルで上出来のパーティだったと言えた。
歓談が一段落したころ、白砂サンがお茶とお菓子を用意してくれて、みんなでグリーンのソファに腰を下ろした。
その時になって、俺はグリーンのソファがいつのまにかコの字型に三台ある事に気付いたのだが、どうせシノさんに訊いたところで、『だってみんなの座る場所が必要じゃん』で終わると思って、黙っていた。
「あー、これ、ミナト君とスバル君にプレゼント」
シャンパンでちょっと赤ら顔になってる若桐氏が、紙袋から青地に白と金糸で刺繍が入ったキャップ帽を二つ出してくる。
「ありがとう……」
「ありがと、おじさん!」
ミナトはおずおずと、スバルは元気にお礼を言って受け取っている。
「おお、マモちゃん。かっこええ帽子じゃの」
「子供が欲しいものなんて、わからんかったから。まぁ、キャップ帽なら邪魔にはならんでしょ。あと、そっちのちっこい子にはこいつを……」
紙袋の中から、30cmぐらいのくまのぬいぐるみが出てきた。
「おお! カナタ! カッコイイのもらえたなぁ」
「ん……」
ふわふわのくまは、自衛隊の制服っぽい青いシャツと帽子を着ていた。
「そんじゃあ、マモちゃんがプレゼントを出してきたから、こっちゃも出すか! スバル、ミナト、ツリーの下の箱に名前書いてあるから、ありがた〜く受取りたまえい」
「クリスマスプレゼントって、イブの夜にサンタが靴下に入れるんじゃないの?」
「スバル、まだサンタなんて信じてるの?」
「だってうちには、毎年サンタ来るよ。去年だって僕の部屋に来て、靴下のとこにマウンテンバイク置いてったもん」
「それ、本物のサンタ?」
「白ひげでデッカイ、ガイジンのおじいさんだったもん。パパは太ってないし、ガイジンじゃないし、それにクリスマスには家にいなかったし」
「赤ビルの煙突はサンタのために掃除をしてナイので、サンタが入って来られないのだ。その代わり、メゾンの皆で二人にプレゼントを用意したんじゃぞ」
うんうんと頷いているシノさんを、二人の小学生はなんとも微妙な顔で眺めているが、その微妙な感情は、それぞれ内容がかなり違ってそうだ。
「プレゼント、開けてイイ?」
「部屋に持ってて、開けい。どうせもう、パーチーもお開きじゃ。あとミナトは今晩、スバルの部屋に泊まってけ」
シノさんが言った。
「なんで?」
「スバルの部屋に二段ベッドが納品されたからな」
「あ、届きましたか」
パッと反応したのはホクトだった。
「うむ。今日配送されてきた。もう全部スバルの部屋にセッティングしてあるぞよ」
「ありがとうございます。お手数をお掛けしてしまって、すみません」
「ねえホクト、それ、何の話してるの?」
ニコニコと礼を言っているホクトに向かって、不審な顔のスバルが問うた。
ペントハウスは現在、シノさんと敬一クン、それにスバルとカナタが暮らしている。
敬一クンとスバルに個室はあるが、シノさんの "有る物でなんとか" な生活方針により、どちらの部屋にもベッドが無いのだ。
ちなみにこの "有る物" とは、近所のセレブにもらった家具なのだが。
俺はその全容を知らない。
シノさんは俺にも「気に入ったのがあれば持っていけ」と言ってくれたのだが、俺自身が家具になんのこだわりもなかったので、安アパート時代の物をそのまま使っていて不自由がなく。
それ故に、見る機会を逸してそれっきりなのだ。
§
セレブの家具は、ソファやワードローブなんかは複数あるが、残念なことにベッドはシノさんが使っているやつだけだった。
シノさん曰く「複数あったら、あんな趣味の悪いベッドになぞ寝ねーわ!」だそうだ。
つまり、スペシャルデラックスなキングサイズのベッドに、シノさんと敬一クン、それにスバルとカナタが雑魚寝状態で過ごしていたのである。
「東雲さんがオマエの部屋を用意してくれたのに、オマエずっと東雲さんのベッドで一緒に寝てたんだって? そういう事はもっと早く言えよ。夜中にオマエにキックされたってケイに言われて、慌ててオマエのベッドを買いたいって、神戸の姉さんに連絡したんだぞ。そうしたら会社で神戸から東京に送る大型トラックの便があるからって、オマエの部屋の家具を全部、こっちへ寄越してきたんだ」
「なにそれ……、すっごいメーワク!」
「なんだスバル、まだ一人で寝るのがコワイってか?」
揶揄するように言ったのは、エビセンだ。
「別に怖くなんかないよっ! 神戸じゃいつも一人で寝てたしっ! 幼稚園の頃から、パパとママが帰って来なくて、ハウスキーパーさん達がいなくなっちゃった後でも、一人で寝てたもんっ!」
「んっか、んっか。そんならココでも一人で寝られっだろ」
「僕だけ仲間はずれにされるのがイヤなだけで、怖いのとは違うしっ!」
「仲間はずれ?」
敬一クンに聞き返されて、スバルは必死のていだ。
「だって、今まで僕は、ケイと柊一の間で寝てたのに! ねぇケイ、僕ってそんなに寝相悪い? 僕が夜中に蹴るから、僕のコトを追い出すの?」
「まさか。本当に蹴られたなんて思っていないし、何も迷惑なんてしてない。天宮、変な言い方をするな。俺はスバル君が元気で寝相が可愛かったから、おまえに教えてやっただけだぞ」
「それにしたって、最初の頃はまだしも、今はカナタ君だって一緒に寝てるんだろ? 子供二人が一緒に並んでいて、まったく気を使わずに寝てられるものじゃないし。それはケイだけじゃなく、東雲さんだって同じ事だろう?」
「それは……、まあ、そういう事もあるが……」
カナタやシノさんの事を指摘されて、敬一クンは反論出来なくなってしまった。
§
「スバルは勘違いをしてるよーだが、ケイちゃんが俺のベッドにイソウロウしてるのは、俺と一緒に寝たいからじゃなく、ケイちゃんがビンボーだからなんだぞ」
「なにそれ? だって、鎌倉のおじいちゃん、別にビンボーじゃないじゃんっ」
「スバル君、俺の父さんがお金を持っていても、それは俺のお金じゃない」
「んだ。ケイちゃんは自分が選んだ大学に行くと決めた時から、出来るだけ鎌倉のじいじに世話を掛けずに、自立しようと決めたのだ。だから俺んトコでイソウロウをして部屋代を浮かし、通学用のバイクも俺のカブを借り、更にベッドのような大きな家具は、近所のセレブが捨てるのを虎視眈々と狙ってるのだ。そして出物のベッドが見っかったら、ケイちゃんも俺のベッドから追い出されるのだよ」
「それなら、ケイは僕のベッドにイソウロウすればイイよ!」
「ありがたい申し出だが、残念ながらスバル君のベッドは、俺には小さいな」
「じゃあ、僕のママに頼んで、ケイにベッドを買ってあげる!」
「それはダメだ。スバル君のママに頼んで買って貰ったら、鎌倉の父さんに頼んで買って貰うのと同じ事になってしまう。俺は今、自分の力でどこまでやれるか試している最中だからな」
「う……ううう。……ワカッタ」
キッパリと敬一クンに断られて、スバルはようやく折れた。
「よし。そんじゃあ、今夜はミナトと寝るがよい」
「スバルのベッドに、僕も寝るの?」
当然の質問を、ミナトが口にする。
「スバルのベッドは、そりゃ楽しい二段ベッドだったぞ〜」
ニイッとシノさんが笑った。
ミナトは、そんなものに全然興味がなさそうだったが、突然一人おン出されたスバルのメンタルを気遣ったのか、コクンと頷く。
「そうなんだ」
「さあ、それじゃあ二人とも、風呂に入って就寝だぞ」
「ケイは僕のベッド、見た?」
「いや、まだだ。是非見せてくれ」
敬一クンが、スバルを連れてリビングから出ていこうとした。
「なあ中師、今晩 "お勉強会" するか?」
その背中に、エビセンが声を掛ける。
敬一クンは、ちょっと考えてから頷いた。
「いいだろう。ここを片付け終わったら、そっちへ行く」
「よし。せっかくのクリスマスだ、楽しもうぜ。じゃ、待ってる」
いつもはコワイ印象ばっかりが勝るエビセンの顔だが、少し頬を染めて嬉しそうにニッと笑った顔なんか見てしまうと、ホントに美形だし、カワイイとこもあるのかもなぁ……なんて思った。
「ケイ、早く」
「わかってる。さあ、いこう」
はしゃぐスバルの声を聞きながら、俺はスバルが落ち込みすぎなくて良かったと思っていた。
送られてきたスバルの家具は、どれも子供用には贅沢な高級家具だったが、幼稚園の頃から家に一人きりなんて生活は、俺には考えられない。
白砂サンは子供が万引きをするのは、その商品が欲しくて盗るのではなく、いじめなどで強要されるか、親の気を惹くためかのどちらかだ……と言った。
全くその通りだな と、今更ながら思う。
「では、ミナト。今夜使うパジャマを持ってきてあげよう」
白砂サンの顔を見て、ミナトは首を横に振った。
「ううん。僕、一緒に下に行って、自分で持ってくる」
「それじゃあ、僕もそろそろお暇しますね」
「あ、俺も帰ります」
白砂サンが立ち上がったところで、さり気なくボーンズ氏も立ち上がり──。
穂刈氏も合わせるように立ち上がった。
そうなれば自衛隊カップルだって腰を上げる。
「おお、皆さんお帰りか。そんじゃあ、玄関までお見送りしようかのぅ」
珍しくシノさんがそんなことを言って席を立ち、そのあとにエビセンとホクトも続いてリビングから出ていく。
イブの夜にはお泊りディナーに誘いたかったとか、抜け駆けしたらツケは大きいなどと、ややはしゃいだ感じで会話しているエビセンとホクトの声が、玄関を抜けて遠ざかっていった。
§
「このメイク、どうやって落としたらいいんでしょうねぇ?」
突然、俺に声を掛けてきたのはハルカだった。
「オマエ、まだ居たの?」
振り返った俺は、思わずそう返してしまう。
「酷いなぁ、いましたよ!」
「シノさんがボーンズさん達を見送った時に、一緒に帰ったと思ってたよ」
「ホント言うと、タモンさんに相談があるんすよ」
「メイク落としのコトなら、白砂サンに聞いた方がいいんじゃね?」
「や、それとは別の、もっとこう……真面目な相談なんす」
「なんだよ?」
「実はですねぇ……俺、次の仕事がまだ見つからないンすよ」
「櫻茶屋の配達の仕事はどうしたんだよ?」
「ありゃ弁当フェス限定の単発バイトっすよ。そんで、正直ココの家賃の払いが、キツくなってて……」
「じゃ、引っ越せば?」
「引越し代なんて、逆さにしても出ませんて。なんせ、ミツルに全部持ってかれましたから」
「だって、店をたたむんでしょ? 機材を処分すれば?」
「リースばっかだし、貯金もありませんし、ほぼ無一文状態です」
「それで、俺に相談ってなに? 金なら貸さないよ?」
「実情をぶっちゃけて柊一サンに相談したら、タモンさんの部屋に置いてもらえばイイとゆー、素晴らしいアイディアをくれました」
「はあっ?」
予想だにしないハルカの言葉に、俺は半口開けて呆れ顔をする以外に、アクションを返せなかった。
そこに、見送りを終えたシノさんが戻ってくる。
「ちょっと、シノさんっ!」
「ん〜、なんじゃい?」
「マジでハルカに、俺の部屋に移り住めって、アトバイスしたの!?」
「だってお家賃払えましぇんって、泣きつかれたんじゃもん」
「じゃもんじゃなくてっ! そもそも俺の部屋、白砂サンのおもちゃがぎっしり詰まってて、人に貸せる部屋なんて無いよねぇっ!」
「ああ、セイちゃんのおもちゃなら、てっきり撤収したよ」
「ええっ!? だってあんな大量のおもちゃ、ドコに撤収出来るってのさっ!」
「地下に移した」
「このビルに、地下なんて無いよねっ!」
「あるよ」
「あったのっ?!」
「うむ。コワイので封印してあったのだ」
「はあ? リフォーム業者が掃除してくれなかったの?」
「掃除はしたが、全館空調のボイラーとかゆーのが壊れてて。撤去するには別料金っていうから、そのまんまにしてたんだよね。セレブに家具を貰った時に、置き場に困って使おうかと思ったんだけど、覗いたら真っ暗だし、奥まで進んだら絶対ネとかGとかに会う予感がしたから、結局入らなかったんよ」
「じゃあ、あのグリーンのソファとか、どこに隠してたんだよっ!」
「最初のうちはメゾンに誰も住んでねかったから、テケトーにほっぽってあったんだけど。住人が増えて部屋が使えねくねったから、厨房の食料倉庫に置いてたんよ。そしたらセイちゃんに、邪魔だって怒らりた」
「っていうか、地下ってどっから入るの? 俺、入口を見たコトないんだけど?」
「厨房の食料倉庫に使ってる部屋に、降りる階段があるんよ」
「なんでそんなトコにだけ、階段があるんだよっ!」
「さあ? 初代オーナーが、防空壕とかにしたかったとかじゃね」
「このビルが出来たの、終戦後って話だよねぇ!?」
「んなコト言われたって、俺は知らねェちゅーの」
シノさんはしれっと答えた。
確かに、初代オーナーはシノさんの血縁でもなんでもないから、そういう答えも仕方がないかもしれないが。
§
俺は一度、深呼吸をした。
「それで、白砂サンに怒られてどうなったの?」
「地下室があるけど、怖くて近付けないって言ったら、飲食店をやっているのに害獣の巣窟をそのままにしておくなって、更に怒らりて。でもあれからまた時間経ってるし、絶対怖くて開けるの無理つったら、セイちゃんが一人でぜぇんぶ綺麗に大掃除してくれたんよ。おかげで家具もすっかり片付いたし、助かったぁ〜」
「大掃除っ?! 俺、そんな話知らないよっ?!」
「そりゃそーじゃろ。俺はコワくて考えたくなかったから、セイちゃんが地下室の扉を開ける予定日に、オマエとずっとゲームしてたもん」
「マジ?」
「さっすがセイちゃん! ツテを当たって格安でボイラー撤去してくれてさ。あんまり広くてピッカピカなので、賃貸に使いてぇなって言ったら、ライフラインがきてないからダメって却下された。残念だなぁ」
「そんなら、レンタル倉庫にでもしたら?」
「そーも思ったンだが、そも出入り口が厨房にしかないので、ムズカシイってさ。そんでその話をセイちゃんにしたら、貸してくれって言い出してなぁ」
「えっ? 白砂サンが貸してって言い出したの? シノさんが勧めたんじゃなくて?」
「うむ。俺も気になったので、レンの部屋にまだスキマあるのにどーしたの? って聞いたら、夜中にミナトがトイレに行った時に、廊下に飾ってある等身大エイリアンに脅かされちって、ひと騒動あったからって言うんさ」
「ひと騒動って、何があったの?」
「オマエだって、エイリアンの後ろからライトがチカチカっと光って、シャゲー! って言われた時、廊下で腰ヌカしたじゃん。夜中に便所に行こうとしていた小学生がどうなるか……なんて、説明する必要もねェじゃろ」
「ああ……、そう……」
シノさんの苦笑いに、俺は白砂サンが夜中に廊下の大掃除をしている姿を想像した。
「ついでにいっそ、持ってるおもちゃを全部飾り付けたお部屋を作ってって、お願いしたんよ。ワインセラーがあるから、どうせマエストロで使うコトになるじゃろし、地下の管理はセイちゃんに丸なげなのだ。つーワケで!」
シノさんは、急に "ズビシッ!" とポージングを決めると、グイッと身を乗り出す。
「オマエの部屋のお掃除サービス、先週くらいから無くなってんだ!」
「ええっ! どーりで最近、埃っぽいっ!」
「そーじゃろ、そーじゃろ。とゆーワケで、ハルカをイソウロウにして、部屋掃除してもらえ」
「はあっ? 意味ワカンナイよっ! てか、シェアですらないの?」
「お家賃払えましぇんってゆーてるんじゃから、支払いはとーぜん労働力一択じゃろ」
「よろしくおねしゃす!」
「なにそれっ!?」
「弟分として、可愛がってやれい」
「イヤだよ! 俺は部屋もシノさんもシェアしたくないし! イソウロウなんてもってのほか!」
俺がキッパリ断ると、シノさんはちょっと目を眇めるような顔をした。
「むう〜、ヘタレンのクセに意固地だな!」
「ダメっすかね?」
「う〜む。レンがどーしてもアレだっちゅーなら、最後の手段を出すしかナイが……」
シノさんはチラッと俺の顔を見てから、ハルカに向き直った。
「ま、二階の店舗は来年の三月までお家賃入ってるからナ。とりあえず、そこで寝起きして、部屋はチャチャッと片付けておけぃ」
「りょーかいでっす!」
「んじゃ、この話はまた日を改めてナ」
シノさんが俺の肩をポンと叩く。
なんだかモノスゴク嫌な雲行きになってきてしまった。




