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第3話 論理の女騎士

一、道中


第三騎士団の臨時駐屯地は街道から少し外れた丘の上にあった。

白い天幕がいくつか並び、騎士たちが慌ただしく動いている。

捕らえた盗賊たちは、別の馬車に縛り上げられて運ばれていった。

商人は深々と僕に頭を下げて、護衛の手当てをしながら王都へと去っていった。

そして僕は——ロジー・アルフレードに伴われてその駐屯地へと歩かされていた。

彼女は馬の手綱を引いて、僕の半歩前を歩いている。逃げようとすれば、すぐに取り押さえられる位置取りだ。

さすが騎士、と妙なところで感心してしまう。

沈黙がやけに重い。

たまらず僕は口を開いた。

「あの、僕は……逮捕されたんでしょうか」

「いいえ」

ロジーは前を向いたまま即答した。

「あなたは商人を救った。罪に問う理由はありません。ただ、説明されるべきことがあまりにも多すぎる。」

淀みのない、整理された言葉だった。

「無属性のハズレ判定を受けた貴族の子息。家を出て三日。そして、街道で粉塵爆発を引き起こし、盗賊四人を制圧した。——どこから説明を求めればいいのか、迷うほどです」

……まあ、そうだろうな。

僕がロジーの立場でも同じことを思う。

ちらりと彼女の横顔を見る。

もう一度【解析眼】を向けてみた。

『ロジー・アルフレード/』

やはり、それ以降は滲んで読めない。

対象のレベルが高すぎて一部の情報が表示されません。

……つくづく、規格外の相手だ。

「一つ、聞いてもいいですか」

「どうぞ」

「どうして、僕みたいな素性の怪しい人間を、わざわざ駐屯地まで連れて行くんですか。報告書に書いて、放っておくこともできたはずです」

ロジーは少しだけ間を置いてから答えた。

「粉塵爆発という現象を私は書物でしか知りませんでした」

彼女の声が、ほんの少しだけ変わった。

「製粉所や炭鉱で、稀に起こる事故。可燃性の粉が空気中に舞い、火が走って爆発する。理屈は知っていました。けれど——それを、意図して、武器として使う人間に会ったのは、初めてです。」

彼女は前を向いたまま続けた。

「私は感情ではなく事実で判断します。そして事実としてあなたは『理解できない存在』だった。だから、理解するまで放っておけなかった。それだけです」

……理屈っぽい人だ。

でも、嫌いじゃない。

むしろこういう人の方が話しやすい。

感情で決めつけてくる相手より、よほど。

前世で僕を切り捨てた連中は「学生の言葉なんて」と事実を見ようともしなかった。

この人は少なくとも——事実を見ようとしている。

「……理解しようとしてくれるなら、ありがたいです」

僕がそう言うと、ロジーは初めてちらりとこちらを見た。

怜悧な瞳が僕を一瞬だけ捉えて、すぐに前へ戻った。

「妙なことを言う子供ですね。」

「子供じゃないです。十五歳です。」

「十分、子供です。」

二十歳前後の彼女に言われると、何も言い返せなかった。


二、取り調べ

駐屯地の簡素な天幕の中。

木の机を挟んで僕とロジーは向かい合って座っていた。

天幕の隙間から差し込む西日が彼女の金髪を淡く照らしている。

「では、改めて。あなたはどこで粉塵爆発の知識を得たのですか?」

来た。

これは慎重に答えないといけない。

前世のことは言えない。「実は前世で化学を研究していた院生で、ゲームのキャラに転生して。」——そんなことを言ったら、頭がおかしいと思われるか、もっと厄介な事態になる。

「……本で読んだ知識を、組み合わせただけです」

嘘ではない。

前世で読んだ無数の論文も教科書も確かに「本で読んだ知識」だ。

「本、、、ですか。」

ロジーの視線が、僕の足元に置かれた荷物に向いた。

「その荷物を検めても?」

「どうぞ」

隠すものは何もない。

ロジーは僕の鞄から三冊の本を取り出した。

植物図鑑、鉱物の基本書、簡単な医学書。

アストが屋根裏でこっそり集めていた独学のための本たち。

「植物学、鉱物学、医学。……ハズレ判定を受けた貴族の子息が、これを独学で?」

「家ではまともな教育を受けさせてもらえなかったので。自分で読むしかなかったんです」

半分は本当だ。

アストの記憶では彼は確かにこれらの本を独学で読んでいた。

残り半分——その知識を実戦レベルで運用できる理由は前世の僕にあるわけだが、それは言わない。

ロジーは鉱物の本をぱらりとめくるとあるページで手を止めた。

「では、質問です。この本に載っている『硫黄』。これは何に使えますか?」

試している。

僕の知識が本物かどうか。

「燃えやすい物質です。単体でも燃えますが、硝石や木炭と混ぜると、もっと激しく燃える。……黒色火薬の材料になります」

ロジーの眉がぴくりと動いた。

「火薬の製法を知っていると?」

「比率までは曖昧です。でも、原理は知っています。硝石が酸素を供給して、硫黄と木炭が燃える。密閉すれば、爆発する。」

……これも、嘘ではない。中学校の理科レベルの知識だ。前世の世界なら。

「もう一つ。この医学書に、傷の化膿を防ぐ方法が書いてあります。あなたなら、どうしますか」

「清潔にすることです。傷口を煮沸した——火を通した水で洗って、汚れを落とす。膿は、目に見えない小さな汚れが原因で起こることが多いので。」

ロジーの動きが、止まった。

彼女はしばらく、僕の顔をじっと見つめていた。

「……『目に見えない小さな汚れ』」

彼女が、低く繰り返した。

「医師でもそこまで言い切る者は少ない。多くは『悪い空気が傷を腐らせる』と考えています。あなたは、なぜそう思うのですか」

しまった。

前世の知識——細菌の概念——が、つい口から出てしまった。

この世界の医学水準ではまだ「目に見えない微生物が感染を起こす」という考えは一般的じゃないのかもしれない。

「……経験的に清潔にした傷の方が治りが早い、と本で読んだので。理由は、その、推測です」

苦しい言い訳だった。

ロジーは、しばらく無言で僕を見ていた。

その瞳の奥で何かを慎重に推し量っているのが分かる。

やがて、彼女は静かに言った。

「あなたは、自分を『ただ本を読んだだけ』だと言う。けれど、あなたの言葉には、本に書いていないはずの『確信』がある」

……鋭い。

「私は、あなたが何かを隠していると判断します。けれど——」

彼女は、少しだけ目を伏せた。

「それが誰かを害するための隠し事なのか、それとも言えない事情があるだけなのか。それは、まだ分かりません。」

彼女はまっすぐに僕を見た。

「だから、もう少しあなたを見せてもらいます。」


三、団長の眼

その時天幕の入り口の布が勢いよく跳ね上げられた。

「ロジー。首尾はどうだ」

入ってきたのは、体格の良い壮年の男だった。

身の丈は優に頭一つ分は僕より大きい。

鍛え上げられた巨躯に騎士服を纏い、短く刈り込んだ髭には白いものが混じっている。

年の頃は四十代後半か。

胸の徽章はロジーのものより一回り大きい。

ロジーが即座に立ち上がり姿勢を正した。

「団長。報告いたします。」

団長。この人が、第三騎士団を率いる人物か。

【解析眼】を向けてみる。

『ガイウス・ハートランド/』

……やはり、それ以降は読めない。ロジーと同じく、規格外の相手だ。

「商人を襲撃した盗賊団は、四名全員を捕縛。被害者の商人および護衛は軽傷で、命に別状はありません。そして——」

ロジーが、僕に視線を向けた。

「盗賊団を制圧したのは、この少年です。アスト・ノクトゥルナ。ノクトゥルナ家の三男。粉塵爆発を意図的に引き起こし、単独で四名を無力化しました」

「ほう。」

ガイウスと呼ばれた団長は、太い眉を上げて、僕をまじまじと見下ろした。

値踏みするような視線。

でも、嫌な感じはしない。

むしろ、まっすぐに「人を見ようとする」目だった。

「お前が、あの爆発をやったのか。こんな細っこい坊主が」

「……はい。」

「ふむ」

ガイウスは、近くの椅子を引き寄せて、どっかりと腰を下ろした。

木の椅子が、彼の体重で軋む。

「ロジーから粉塵爆発の話は聞いた。大したもんだ。だが、わしが知りたいのはそこじゃない。」

彼は、僕の目を覗き込んだ。

「坊主。お前、あの商人を助けて何か見返りを求めたか?」

「いえ、何も」

「金は? 礼の品は? 商人は感謝してたろう。受け取らなかったのか」

「……はい。受け取っていません」

実際、商人は何度も礼をしようとしたが、僕は断った。

そんな余裕がなかった、というのもあるがそれ以上に——見返りのために助けたわけじゃなかったから。

「では、なぜ助けた。」

ガイウスの声が、低くなった。

「お前は無属性のハズレ判定。正面から戦えば、盗賊四人になぶり殺されてもおかしくなかった。実際、お前は逃げることもできたはずだ。木陰に隠れて、やり過ごせばよかった。なのに、なぜ、わざわざ危険を冒して助けた」

……難しい質問だ。

でも、嘘をつく気にはなれなかった。

この人の目の前ではなぜか取り繕うことが無意味に思えた。

「……見捨てたら、後悔すると思ったからです」

僕はゆっくりと言葉を選んだ。

「前に一度何もできなかったことがあって。誰かが理不尽な目に遭っているのを、ただ見ているしかなかった。声を上げても、誰も聞いてくれなくて。……あの時の自分を、僕はまだ、許せていないんです」

前世の——大山亮生の記憶。

研究を奪われ、抗議しても切り捨てられ、ただ立ち尽くすしかなかったあの日。

「だから、今度こそはって。たとえ自分が弱くても、できることがあるなら、やろうと思いました。それだけです」

天幕の中が、静かになった。

ガイウスは、しばらく僕を見つめていた。

それから、ふっと表情を緩めて、豪快に笑った。

「はっはっは!いい目だ、坊主!」

大きな手が、僕の肩をばしんと叩いた。痛い。

「ロジー。こいつは、嘘をついとらん。少なくとも、今の言葉はな。」

「……はい。私も、そう判断します。」

ロジーが、静かに頷いた。

「坊主。お前の隠し事が何なのかは、わしは詮索せん。」

ガイウスは立ち上がりながら言った。

「人間、誰しも言えんことの一つや二つはある。大事なのは、その力を何に使うかだ。お前は今日、その力で人を助けた。今のところ、それで十分だ。」

彼は天幕の入り口へ向かいながら、振り返らずに言った。

「ノクトゥルナ家には、『三男の無事は確認した』とだけ報告しておく。連れ戻せとは、誰からも言われとらんからな」

……え。

「いいんですか」

「家出した貴族の子息を捜索するのは、騎士団の仕事だ。だが、無理やり連れ戻すのは、また別の話よ。お前はもう十五。自分の足で立てる歳だ」

ガイウスは、にやりと笑った。

「冒険者になりたいんだろう? なら、止めはせん。せいぜい、その妙な知識で、世のため人のために働け」


四、灯る星

天幕を出ると、もう日が暮れかけていた。

空は茜色から藍色へと移ろい、東の空には、気の早い星が一つ、二つと瞬き始めている。

僕は解放された。

家にも戻されず、罪にも問われず。

それどころか——認められた。

あの団長に、ロジーに。

生まれて初めて、自分の選択を、自分の力を、まっすぐに見てもらえた。

胸の奥が、じんわりと温かい。

「アスト・ノクトゥルナ」

背後から、声がかかった。

振り返ると、ロジーが立っていた。

茜色の光を背に受けて、金髪が燃えるように輝いている。

「一つだけ、言っておきます。」

彼女は、いつもの怜悧な口調で言った。

「あなたの力は——粉塵爆発は、危険です。使い方を誤れば、盗賊ではなく、罪のない人々を巻き込む。多くの人を、一瞬で傷つけられる力です」

「……はい」

「だけど」

彼女の声が、ほんの少しだけ、柔らかくなった。

「正しく使えば、多くの人を救える力でもある。今日、あなたがそうしたように。……どちらを選ぶかは、あなた次第です」

「肝に銘じます」

僕が答えると、ロジーは——ほんの僅かに目元を緩めた。

初めて見る彼女の柔らかい表情だった。

「次に会う時は、あなたがどちらを選んだのか。見せてもらいます」

そう言って、彼女は懐から一枚の紙片を取り出し、僕に差し出した。

「これは?」

「王都の冒険者ギルドへの紹介状です。第三騎士団の名で、あなたの身元を保証します。これがあれば、登録が早く済むでしょう」

受け取った紙片には、流麗な字で短い文と、騎士団の印が押されていた。

「……どうして、ここまで」

ロジーは、少し考えてから、答えた。

「商人を救った人間が、登録の手続きで何日も足止めされるのは、不合理だからです。」

……どこまでも、理屈っぽい人だった。

でも、その理屈の奥にある優しさが僕にはちゃんと伝わっていた。

「ありがとうございます。ロジーさん」

頭を下げると、彼女は小さく頷いて、踵を返した。

「行きなさい。日が暮れる前に、次の村まで」

その背中を見送って、僕は街道へと歩き出した。

* * *


しばらく歩いて、人気のない街道で僕は立ち止まった。

空はもう、すっかり藍色に染まっている。

頭上には、満天の星。

僕は、意識を集中して、【異界の星座図】を呼び出した。

夜空のような暗い背景に、四つの星座。

そして、戦闘の星座の片隅で——【火の粉】の星が、ほのかに灯っている。

今日、初めて使った、僕の最初の星。

ゲームでは『役立たず』だったその星が、現実では、人を救った。

そして、誰かに——ロジーに、ガイウスに——見てもらえた。

「……次は、どんな星を灯そうか」

誰にも聞こえない声で、僕は呟いた。

現実の夜空の星と、僕だけに見える星座図の星が、重なって瞬いている。

まだ、ほとんどの星が眠ったままだ。

でも、確かに、一つずつ灯り始めている。

冒険者ギルドはもうすぐだ。

僕の二度目の人生の本当の攻略は——ここから始まる。

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