第二話 逃げろ雷舞
ロゴマークのようなものが映し出された後、黒いコートを着た男が画面上に出現した。丸メガネをつけた、バトラー風の男であった。50代くらいか、テレビでよく見る政治家よりは少し若く見えた。アナウンサーの声が周囲のビル群で反響し駅構内にまで響き渡る。
「これより敬愛なる党執事・磐手流岩より公民指導演説を実施いたします。テレビのある家庭はそのまま電源を切らず、無いものは近くのスクリーンビジョンにて拝聴願います。なお、この間の労務停止はサボタージュ行為には該当しません。それではご静粛に拝聴願います」と締めくくってから、黒コートはしゃべり始めた。
「公民諸君、日ごろより党の活動に理解と協力をしていただき厚く感謝する。党国家は民衆あってのものである。今後も一層発展へ尽力いただく思う。一方で、党に歯向かう不届き者も増えてきている。そういった連中は群れて行動し、国家公民の安全を脅かす。彼らは国家を変える力を持っていないが故、ただやみくもに人を傷つける。そういった行為を許してよいものか?答えは当然否、である。国家公民の安全を守るために我々党は存在し‥」
「なんやこのおっさん…」
と呟いた瞬間、後ろから肩を叩かれた。目をやると同じ年代くらいのショートポニーテールの少女が目を光らせていた。黒ずくめのコートにスカート。おまけにマントまで羽織っている。
「ちょっと、今の発言はまずいのでは?党に対する侮辱と受け取られかねませんよ?」
雷舞の脳は更に混乱する。
「え…そのぉ、まずその党とかなんですのん?あのおっさん誰なん?」
雷舞の疑問を少女はスルーし、お黙りとでも言わんばかりに自身のひとさし指を口の前に立てる。
「発言に気をつけなさい。言語が通じるなら少なくとも貴女、この国の公民でしょ?総帥をそのように呼ぶことが如何に危険なことかはお分かりで?」
疑問に答えない少女に少し苛立った雷舞は、それまでより一段と声を張り上げた。
「さっきからなんなん!分からんから聞いてるだけやん!」
少し声が大きかったか、周囲の視線は雷舞に注がれる。
「党の侮辱に演説の妨害。少なくとも貴女をここに居させる訳にはいかない。署に連れ渡すわ」
そう言いながら少女はスマホを取り出し、電話を始めた。
「はい、こちらメトロポリス所属出灰火凛≪いずりは かりん≫です。夜神駅前広場にて不穏分子の少女を発見しました。恐らく学生かと。見た目と言語は我が国の者とみて間違いないですが、党を知らないなどと発言しており…。えぇ、記憶喪失と思われますので、保護して教育が望ましいかと。とりあえず少女と共に署まで参ります。それでは」
通話を終え、火凛と名乗るその少女はこちらに手を指しのべた。
「さっ、参りましょう。大丈夫、悪いようにはしないから」
この手を取れば捕まる。いくら別世界とはいえ、警察の世話になるのは勘弁だ。
逃げるなら今しかない。雷舞は手を出すふりをした刹那。ぱぁんっ!と火凛に向けてねこだましを喰らわせ、隙を作り出してから広場から急いで逃げ出した。
「あ、待てっ!」
不意打ちを喰らった火凛は、広場から全速力で逃げる雷舞の後を追った。
どんくらい走ってるやろ。中学卒業してから二年であっという間に体力落ちたわ。
などと余計な思考でさらに体力を消耗させながら繁華街を駆け抜ける。広場から右手に曲がり、路地を百メートル進んで左に旋回。少し違うが、知っているなんばの地形、道と変わりない。雷舞の走り抜けた先はカードショップやメイド喫茶、アニメグッズショップの並ぶオタク街であり、人も多い。人をまくなら人混みの中である。通行人も彼女の手を大事そうに握りしめる若い男子たちから、抱き枕をいれたバッグを大事そうに握りしめるむさ苦しい男子らに切り替わっていった。
歓楽街なら歩くことさえ困難なほど人で溢れかえっているが、ここなら人は多いものの、走り抜けられる程度ではある。
周囲のオタクを障害物に仕立て上げ、アニメショップの並ぶ路地を駆ける。
行けるか、いや追いつかれる!
後方には全速力で追跡する火凛の姿があった。
「こちらは党所属学生夜警団、メトロポリスである!通行人は道を開けよ!」
拡声器に乗せられた命令は離れた位置にいる雷舞の耳にまで届いた。すると火凛は急に立ち止まり、羽織っていたマントの継ぎ目の部分に手を当て始めた。
「…プラズマスーツ、始動!」
火凛がそう叫ぶやいなや、羽織っていたマントはふわりと動いたかと思うと、火凛の身体ごと勢いよく加速し始めた。そして火凛はホップ、ステップ、ジャンピング!と言わんばかりに三段跳びを行い路面から足を離し、右隣のビル三階あたりの窓に足をつけた。刹那、その次は左手のビルに移り、速度を落とすことなくビルを飛び回りながらこちらに向かって来る。
はぁ!?嘘≪うせ≫やん!そんなんありなんかい!?
驚愕する雷舞の目の前に火凛はよっと、着陸した。
「観念なさい、今なら公務執行妨害の件は見逃してあげるから」
ここまでか、いや捕まりたくない。途方に暮れる雷舞の顔に影が見えた。上空には夜でも分かる位の黒雲が敷き詰められていた。
火凛は顔を空に向けて疑問を漏らす。
「おかしいな。今日は全日晴天と聞いていたが…っ!?」
その時であった。火凛のすぐ横を巨大な電流が勢いよく駆け巡る。それが落雷であることは一目で分かった。
直撃こそ避けたものの、火凛は圧倒され地面に倒された。
直後、喧噪をかき消すほどに降り出した豪雨を前にして、これ幸いとばかりに雷舞は火凛を背に再び走り始めた。




