第一話 霹靂の夢堕ち
プロローグ 党に忠誠を、公民に奉仕を
取調室と聞くと薄汚れた暗くじめじめした空間を思い浮かべるだろうか。この部屋もそのイメージにそのまま服を着せたような場所であった。
二人の男が机を睨み相対する。いや、睨んでいたのは容疑者と思しき人物のみである。
もう一人の男は容疑者へ向けて視線を送る。黒一色のコートを羽織った男は、テレビや新聞、街中で見ない日はない。監理党序列ナンバー2、磐手流岩執事その人であった。
「君には自分の処遇を選ぶ自由がある。党のために生きるか、死ぬかだ。」
暗い取調室の僅かな電球にすがるかのようにハエが飛び回る。流岩は続けた。
「党の金を横領したのみならず、機密情報を漏らしたとあっては…。」
「待ってくれ!あんな本を持ち出しただけで情報漏洩かよ!図書館の本を、それも絵本を持ち出しただけで…!」
すると流岩は机に判を押すように叩いた。
「罪かどうかは、私が決める。党が決める。公民たちが決める。お前の判断は要らないのだよ。理解したならさっさと吐きたまえ。何を、何処に漏らしたかを。」
観念したのか、項垂れた容疑者と思しき男が語り始めた。
飛び回っていたハエは疲れたのか、やがて机に不時着し、流岩の拳に押しつぶされその生涯を終えた。
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窓の四隅のうち、上二つが黒雲で塗りつぶされた悪天候のなか雷舞は目を覚ました。いや覚まさせられた。
「ドーンっ‼」
「っひっ…!?」
あまりに唐突な叫び声に、雷舞は勢いよくカーペットに尻を打ち付けた。
叫び声の主、多日知は文字通り嘲笑ってこちらを見つめる。
「嘘や、高2にもなってまだ雷怖いんけ姉ちゃん」
「うっさいねん!多日知!中学生なら人の嫌がることすんな!」
「はいはい、ごめんごめん」
「はいもごめんも一回でええわ!」
「わかったわかった。てか時間大丈夫なん?」
壁にかかった時計は、既に8時を指していた。これから電車に乗り、なんばまで出て友達と遊ぶ予定をしていた雷舞は、急いでカーペットから身を起こし、机の上のロールパンを一口で飲み干して家を後にした。
雷舞の住む家、もとい街は大阪と京都の間、どちらへも凡そ20km離れたベッドタウン都市である。どちらへもアクセス万能な反面、どちらへも時間のかかる街であった。
マンションのエントランスを飛び出し、駅まで走って向かう駅構内に辿り着くと、ホームのある3階までまた加速し、丁度よく到着した準急列車に乗りこんだ。これに乗れさえすれば、後は電車に身を任せるのみである。
幸い座席は空いており、緑色のフカフカモケットに体重をかけ、気が付けば寝入ってしまった。
どれくらい乗ったんやろ。もう日本橋あたりかな、いやそこまで寝てもないよな。
居眠りから覚めた雷舞は、現在乗車中の電車が何処を走っているのか、電光パネルを見つめた。
ん?
なんやこの地名、寝ぼけてるんか?それかまだ夢なんか?
雷舞の目線に飛び込んできたのは、「次は新和橋~」などと続く案内板の文字であった。
なんて読むんや?しんわ?にいわ?いやそこはどうでもええわ。
戸惑う雷舞の耳にアナウンスが巡る。
「次は、新和橋、新和橋です。メトロ5号線はお乗り換えです」
などと続くアナウンスに強烈な違和感を覚えた。強烈な鉄オタである多日知のおかげで雷舞は人より鉄道には詳しい自負があった。その脳内データベースに5号線などというアナウンスをする鉄道は、大阪にはない。第一、新和橋などという駅は聞いたこともなかった。
なんやこれ。うち寝ぼけてるんかな。
そう思い右頬をビンタするとはっきりと衝撃が伝わった。
痛った!《いった》
あまりにも唐突な出来事に乗客の視線が集まる。社会的にも物理的にも痛い子の完成である。なんでもないですよ、と会釈してから、到着した新和橋と呼ばれる駅に逃げるように降車した。
降りた駅は何度も見たことがある日本橋駅のホームのそれである。
やけに意識がはっきりとしている。思考もまとまっている。なにより頬がまだ痛い。
しかし駅名標だけは、いや路線図に書かれた地名も周りの広告も明らかに知らないものばかりであった。
なんやここ、と思い路線図を眺めると洛都メトロの文字が。古今東西聞いたことのない地名である。夢でないなら可能性は一つ。信じがたいが異世界か平行世界あたりに飛ばされたのだろう。タダで読めるからと、図書館からラノベを借りすぎたか。
どうせ転生するならもう少し異世界っぽくてもええのになどと考えてみたが叶うことは無いだろう。
仕方ないと諦め、来夢は順応することにした。夢ならいずれ覚めるだろうし、異世界なら帰る方法があるはずだと思い、とりあえず地上に出てみることにした。
どう出よかなといつも定期券を入れている右ポケットに手を突っ込むと、DeyoCaという交通ICカードらしきものが入っていた。洒落た名前やな。雷舞は反対側にあった駅員にこれで出れるか確認し出場した。改札を出てしばらく歩いてみて気が付いた。名前こそ違えど、地下の構内は大阪のそれとよく似ていた。何より使われる文字や言語は完全に日本語である。強いて言えば喧噪から聞こえる会話は「~じゃん」「だよな」などとやけに関東人のような喋り方ばかりであった。
地下街を1kmほど進んだか。いつもならここを上がればなんばの駅前広場に躍り出る。そう思い記憶と相違ない位置にあった階段を目指した。
階段を上がり雷舞の目の前に現れたのは、よく遊びに来るなんばの駅前広場そのものであった。いや、普段見るなんば駅周辺の町並みより高層ビルが多いような気がした。しかしここも目の前に映る広告は見慣れないものばかり、知らない店の看板ばかりであった。なによりゴシック調の巨大駅舎の駅名は大きく夜神駅などと書かれている。
よる…かみ?いや、やがみって読むんかな?
訳の分からない情報量に眩暈がした来夢は、広場のベンチで休むことにした。人はいるが混雑はしていない。朝電車に乗ったつもりなのに、地上に出てみれば空は夜を表していた。頭の混乱を抑えようと持っていたペットボトルのアイスティーを飲んでいると突然周囲の喧騒が止んだ。周囲の視線の先にある、商業ビルに掲げられた巨大スクリーンは一斉に白くなり、騒いで、あるいは帰宅路を急いでいた周りの人々の足を止めた。




