アンの真実
フェシリアとグレアムはトリスタン男爵家の前に降りたった。
外からみた館は広く大きいが、所々壁は崩れ落ち、庭園は庭師が一人しかいないものだから手が回らず、草がボーボーに生えているところもある。馬舎は広いが馬の数はとても少なく、色々な箇所に補修が必要なのが見てとれる。
この家で産まれ育ったフェシリアが見てもひどい有様だ。
グレアムはその事については一切触れずに
「さぁ、行こうか。フェシリア、私が付いているから大丈夫だよ」
と言ってフェシリアの手を握り玄関を目指して歩きだした。
◆◆◆◆◆
「反対!反対!ぜ〜〜たい反対!」
エリザベスの大きな声がトリスタン家の質素な応接室に響き渡っていた。
ーーグレアムとフェシリアはトリスタン男爵家に入ると応接室に通された。
父ユリウスは汗をかきながらも愛想笑いを浮かべていた。母アンはまだ腰が痛いのだろうか?青白い顔をしていて元気も無かった。
「いやー。ノーフォーク公、有難うございます。あんな失態を犯した娘を許してくださるとは。ほら、お前も」
ユリウスに促され、アンも続けた。
「えぇ……有難うこざいます。公爵、ただ、その…フェシリアじゃないと、どうしても駄目ですか?」
二人と反対側のソファに座っていたグレアムとフェシリアは一瞬思考が停止した。
(お母様…まさか、まだエリザベスを?)
「おっおい!アン、何言ってるんだ。ノーフォーク公申し訳ありません。家内はちょっと疲れてまして…」
「あぁ、いえ。大丈夫ですか?ただ、私は自分の妻になるのはフェシリアしかいないと思っています。そこはご理解頂きたい」
慌てるユリウスに対してグレアムが冷静に答えた。
そこで扉が
バーーーーーーン!!
と開いた。そこにはエリザベスが立っていたーー
エリザベスはすごい剣幕だった。
目を血走らせ、母アンに攻めよっていく。
「反対ですわ!!お母様、あんなに言ったじゃないですか!?グレアム様と結婚するのはこの私だって!」
「えぇ、エリザベス。けれど…」
「けれども何もないですわ!頼んでくれって、私言いました!絶対にイヤ!」
「やめなさい!エリザベス!アンはまだ本調子じゃないんだ!」
アンに食ってかかるエリザベスをユリウスが必死に止めている。
その様子をフェシリアは怯えながら、グレアムは冷めた目で見ていた。
ふと、それまで疲れた様にソファに腰を下ろしていたアンが立ち上がった。
ゆっくりとグレアムの前に来ると懇願するように言った。
「お願いです、ノーフォーク公爵。エリザベスを選んであげて下さい。あの娘は本当にいい娘なんです。フェシリアなんかより、よっぽどノーフォーク家の役にたちますわ。」
エリザベスは得意げな顔をしてこちらを見ている。
これには、流石に頭にきたグレアムが言い返そうとした時、
「アン!いいかげんにしろ!」
とユリウスが大声で怒鳴った。
「お前がエリザベスを人一倍可愛がっているのはわかる。だが、フェシリアだって同じお前が産んだ娘だろう!何故、娘の幸せを邪魔する!」
ユリウスがアンに本気で怒るのは始めての事だった。アンもエリザベスも驚いて言葉を失った。
「違う……違う」
アンはうわ言のように繰り返した。
「エリザベスはフェシリアとは違う。エリザベスは…エリザベスは……リチャードと私の愛の結晶。フェシリアとは違う…」
応接室の中は時が止まった。
長い時間が経ってフェシリアが口を開いた。
「リチャード……って誰?」
アンは答えなかった。
変わりにグレアムが答えた。
「リチャード・コリンズ。コリンズ家の伯爵だった方で城で仕事をされていた。だが、先日お亡くなりになった。それで、私が急遽繰り上げで騎士団長になったんだ。」
「昔、君のお母さんと噂があったと聞いた事があるよ…でも、まさか…」
グレアムもフェシリアも言葉を無くした。
それまで、ポカンとして黙っていたエリザベスが
「じゃあ、私はお父様の子供じゃないって事?ねぇ、どうなの!?お母様!?」
とアンを問いただした。アンは、
「あぁぁぁぁー!リチャード!」
と言うと床に突っ伏し泣き出した。何とも悲しい鳴き声だった。
ユリウスがアンの手を持って何とか立ち上がらせようとしている。
「アン、大丈夫。大丈夫だから……ワシは全部知っとる。心配いらない、大丈夫だ」
ユリウスは知っていたのだ。エリザベスが自分の実子では無い事を。ユリウスの言葉を聞いてアンはより激しく泣き始めた。
ユリウスはグレアム達の方に向き直ると
「ノーフォーク公爵、フェシリア、すまない。これ以上は今日は無理そうだ。結婚の話は進めて下さい。こんな状況で申し訳ないが、おめでとう。」
と言った。
グレアムとフェシリアはどうする事も、何をいう事も出来ず
「有難うございます。失礼します。」
と言って部屋から出る事しか出来なかった。
エリザベスは呆然と立ち尽くしていた。




