渓谷から見える景色
ヨークの別邸でウィリアム夫妻の訪問も無事(?)終わり、2人は渓谷に向かうことにした。
「ヤッ」
リックが軽く手綱でたたくと、イルはとんでも無いスピードで走り出した。馬に慣れているリックでも始め振り落とされそうだった。
(急発進、急停止の馬なのか……?)
次第にグレアムの乗ったティティスも追いついてきて、並走した。
「リック、今日は随分飛ばすな。」
「いや、俺はそんな気ないんだけど。」
ティティスの方が少し前に出たと思ったら、またイルがスピードをグンッと上げた。
「馬達も気持ちがいいのかもしれないな」
馬達のバッチバチのバトルも知らずにグレアムが呑気に言った。
右に左に曲がる道を過ぎると
「そろそろ止まれ!渓谷だ」
とグレアムが言った。
キキーッ!とイルは止まった。勢いでリックはもう少しで頭から渓谷に落ちそうだった。
(こ、こいつ……!俺は仮にも皇太子なんだぞ)
しかし、そんな怒りを忘れるくらい渓谷から見る景色は雄大で美しかった。2人はしばらく時間を忘れてその景色に魅了されていた。
しばらくするとリックが口を開いた。
「グレアム、騎士団長になってくれて有難うな。」
グレアムがリックの方を見た。
「何だよ。急だな。マットに頼まれれば断れないよ」
グレアムがフェシリアと婚約する少し前、城の重鎮でもある、リチャード・コリンズが急逝した。まだ60歳にもなっていなかった為、誰もこんな不測の事態は予測しておらず、後継を決めるのは急務だった。
そこで白羽の矢が立ったのがマット騎士団長だった。マット騎士団長は人望も厚く、反対意見も大して出なかった。
次にマット騎士団長の抜けた穴に誰を入れるかの話になったがこれは大いに揉めた。
実力で言えば第一騎士団士長のグレアムで間違いなかった。マットもグレアムを指名した。
だが、まだ23歳若すぎた。
第二騎士団士長のイーリスも反対したし、城の重鎮達も難色を示した。
リックは父である王に直談判した。
グレアムこそが騎士団長に相応しいと。
王は息子の声を聞き入れグレアムを騎士団長に任命した。鶴の一声だった。
面白くないと感じるものも多くおり、しばらくは大変だった。しかし、今ではエドニアの誰もがグレアムを騎士団長だと認めている。
「べつに友達だから、親戚だから、騎士団長に推した訳じゃないんだ」
「?」
グレアムは不思議そうにリックを見た。
「グレアム、お前、勇者ヴィンセントの印を持つものだろう?」
2人の間に流れる時間が止まった。
ーー勇者ヴィンセントは不思議な力を持っていた。その力を受け継いだ子孫は【ヴィンセントの印を持つもの】と呼ばれ讃えられた。長い年月でヴィンセントの血は薄まりもう三百年以上も【印を持つもの】は現れていない。
リックには確信があった。
この平和なエドニア大国にも争いが全く無い訳ではない。現に過去にも何度か隣国に攻め込まれそうになっている。
一度、本当に危ない時があった。マットも負傷し、国内専門とされる第二騎士団まで出したが、劣勢だった。
耐えきれず皇太子であるリックも戦いに出た。そこで一線で戦うグレアムに会った。グレアムは強かった、だが敵が多すぎた。もう駄目か……諦めかけた時
「行くぞ、リック」
グレアムに呼ばれた。リックがグレアムを見ると瞳の色が見る見るアイスブルーから深い碧に変わり、瞳の奥は赤味を帯びていた。
そのまま、グレアムは一人で敵陣に飛び込むとほとんどの敵を一人で倒してしまった。それは凄まじい光景だった。
結局、それが転機となりエドニアは勝った。
あの時、グレアムがいなければエドニアは負けていただろうーー
「そんな訳無いだろう?あれはもはや伝説だぞ」
グレアムは笑って言った。
「だが……」
「大体、俺は髪も爪も色が変わった事なんてないぞ。この話はもう終わりだ。」
グレアムに言われてリックもそれ以上は言えなかった。
「分かった。でも、お前が味方で良かったよ。なぁ、グレアム。もし俺が王になって、間違った事をしたら俺を殴ってくれ」
リックが真剣に言った。
「お前はこの先間違える事は無い。俺にはそれがわかっている。だからお前に付いていく。安心していい。」
グレアムも真剣に答えた。
「そうか有難う。疲れたな!そろそろ帰るか〜」
リックは明るく言い、馬に向かいながら考えていた。
(グレアムは恐らく自分の力に気づいている…)




