ウィリアム・ノーフォーク公の受難
ウィリアム・ノーフォーク公爵は頭を抱えていた。
今日は領地を見回り、少し遠くの水路まで足を伸ばし、街に戻り職人達に手配を済ませ、やっとノーフォーク邸に帰ってきた。疲れてはいたが、思うより満足な結果だったし、これから家族揃ってディナーだ。
今日は楽しみにとっておいたワインでも開けるか!なんて呑気に考えていた。
思えば館に着いた時から様子がおかしかった。
執事ヘンリーは身のこなしこそいつも通りだったが、明らかに魂の抜けた様な顔をしていたし。
(疲れているのかと思った)
階段を上がろうとすると、踊り場からグレアムが
「父さん、今日ディナーの後に話があるんです。時間を作って貰いたいのですが」
と言ってきた。仕事で壁にぶち当たったのかと思って、
「あぁ、わかった。何、父さんにまかせろ。ディナーの後書斎でどうだ?」
なんて、完璧だと思っていた長男に頼られたのが嬉しくて、ちょっとかっこ付けて言ってしまった。
(あーー俺のバカバカバカ。何であんな事言っちゃったんだ!)
寝室への通路を歩いていると、寝室の扉が少し開いているのに気付いた。その隙間からアリツィアが
「あなた……ちょっと」
と手招いていた。
そういえば、いつもアリツィアは玄関ホールまで出向かえてくれるのに今日は居なかった。具合でも悪いのか?
ウィリアムは急いで部屋に入ってアリツィアに
「どうした?」
と聞いた。
──そして、今に至る。
アリツィアの体調を心配していたが、自分の体調が悪くなりそうだ。あのグレアムが14歳の少女と婚約したいと言い出した。話した事もないのに!アリツィアに聞いたところでは心根の良い令嬢のようだが、まだ14歳。公爵家から婚約を申し込めば男爵家は断らないだろう、だがその少女はグレアムを愛してくれるだろうか?何度も言うが話した事もないのに!
貴族では政略結婚は少なくない。公爵家ともなれば尚更だ。実はウィリアムとアリツィアも公爵家同士の政略結婚である。しかし二人は幼馴染みで、小さな時から想いあってきて結ばれた。同じ貴族の友人達が政略結婚で不幸になったのを何人も見てきた。
「私達の子供達には恋愛結婚をさせてあげたいわね」
「そうだな」
なんて言ってた過去の自分達に現状の自分達を見せてあげたい。
「まずいわ。ウィリアム、ディナー迄後30分よ…」
アリツィアが椅子に座って頭を垂れながら言った。
「何!タイムリミットは30分か!こうなったら事情を知る3人で対策を考えるぞ!」
ウィリアムはガランゴロンと壊れんばかりに鐘を鳴らしヘンリーを呼んだ。
集まった3人は頭をフル回転させた。
相手はあのグレアムだ。頭が異常にきれるし、弁がたつ。下手な説得は通用しないし、それどころか言いくるめられてしまう。
3人の共通認識としては、
・フェシリアに婚約を申し込むのは問題ない。だがまだ14歳。もう少しコミュニケーションをとって友人くらいになってからがいいのでは?フェシリアは社交界デビューすらしていないし。
という事だ。それをどうグレアムに納得して貰うかだ。
「うーん」
「うーん」
「うーん」
…………
タイムリミットが後5分に迫った時、アリツィアが閃いた。
「そうだ!そうよ!エリザベスよ!」
「えっ?」
「姉のエリザベスよりフェシリアが先に婚約はうまくないわ。あと半年後にエリザベスは社交界デビューをする。美しいエリザベスならきっと婚約の申し込みが沢山くるでしょう。エリザベスの婚約が決まるまでは待って、その間にフェシリアと交友を深めてみては?と進めるの」
「なるほど!それだ!」
「さすが奥様!」
やったやったやった…と3人は部屋で小躍りをして喜んだ。
◆◆◆◆◆
ディナーの時間がやってきた。
今日は鹿の肉が手に入ったようで中々のご馳走だったが
明らかにウィリアムとアリツィアの2人は上の空だった。
「とっても美味しいわ」
「味付けもいいな。柔らかくて美味しいよ」
ティアとルークが楽しそうに話している。
グレアムはいつも通りの顔で優雅にディナーを楽しんでいる。
そんな息子とは逆にウィリアムはこの後のイメージトレーニングを頭の中で繰り返していた。
アリツィアは「あなた…頑張って!」とずっと心の中でエールを送っていた。
楽しいディナーは無事終わったが2人共、肉の味も分からなかったし、いいワインを出す事もすっかり忘れていた。
「では、いいですか。父さん」
「あぁ…」
階段で見せた頼れる親父像をすっかり無くしたウィリアムが背中にアリツィアとヘンリーの応援を受けて、戦地に向かうようにトボトボと書斎へ歩いて行った。




