アリツィア夫人の受難
アリツィア夫人は困惑していた。時は2時間程前に遡る
楽しかったヨーク別宅への訪問を終えたアリツィア夫人は夕方馬車に乗ってご機嫌で帰ってきた。
(今日は楽しかったわ。刺繍も上手く教えられたし。しかしグレアムが来た時はすごかったわねぇ。やっぱり我が息子ながらもてるのねぇ)
そんな事を考えながら玄関に入るとその息子がホールの正面で腕を組みこちらを睨むように立っていた。
(ぎょぎょぎょ)
アリツィア夫人は驚いた。
グレアムは何を考えているかわからない所はあるが、基本的には優しく、冷静沈着な息子だ。家族想いでもある。グレアムを産んで22年、息子からあんな目で見られた事は一度として無かった。仁王立ちしたグレアムの横で
「奥様、お帰りなさいませ」
と執事のヘンリーが困惑気味に言った。
「随分、遅いお帰りでしたね」
グレアムが腕組みのまま話かけてきた。
「えっ?そうかしら。いつもこれくらいの時間に帰ってきているのだけれど」
(どうしたのかしら…やっぱり買い物を頼んだのが嫌だったのかしら。)
「グレアム、今日は面倒をかけてごめんなさいね。これからは布や糸は自分で調達するわ。気をつけるわね。」
アリツィア夫人が言い終わるか終わらないかのタイミングで
「そんな事はどうでもいいんです。布と糸は僕がこれからも城下町で調達します。決めましたから。」
と被せて言ってきた。
(ますます訳がわからないわ)
アリツィアはもう思い切って聞いてみようと決心した。
「グレアム、何か私に話があるのかしら。」
すると、グレアムは片方の眉をピクリと上げて話し始めた。
「今日、ヨーク別宅で何人か貴族の令嬢をご紹介頂きましたが」
(あら珍しい女性の話をするなんて…エリザベスかしら?ちょっと見ないくらい綺麗だものね。でも、エリザベスかぁ…うーん。)
「紹介されてない方もいらっしゃったと思うのですよ。
あれは相手にも失礼ではないかと思いましてね。」
(へっ…?えーっ あなたが来たら皆、走って行っちゃって私慌てて追いかけて全員紹介したわよ。誰が忘れた?……あっ)
「フェシリアの事?」
(あーそうだ!私ったらうっかりしてたわ。フェシリアはグレアムの所に行かなかったから。確かに失礼だったかもしれない)
「東屋に座っていた令嬢なら、トリスタン男爵家のフェシリアよ。エリザベスの1つ下の妹なの、確かに失礼だったかも知れないわ。」
「フェ・シ・リ・ア 可愛らしい名前ですね」
もう先程の態度はどうしたというくらいに顔がゆるんでいるが、アリツィア夫人は全く気づかない。
「今度会ったらフェシリアにも謝らなくちゃ」
「エリザベスのひとつ下ならまだ14歳か…」
「グレアム教えてくれて有難う。私、失礼なまま終わるところだったわ」
「ティアと同い年…早いか。いや、大丈夫だな。僕も待てそうにないし。」
全然話の噛み合わない親子をヘンリーはキョロキョロ見ていた。
突如、グレアムは姿勢を正しアリツィア夫人に向かって宣言した。
「母さん、僕はフェシリア・トリスタンに婚約を申し込もうと思います。」
「えぇーーーーーー!!」
玄関ホールに、アリツィア夫人とヘンリーの声が響き渡った。
◆◆◆◆◆
しばしの時間が立った。
「聞いてます?」
アリツィアはハッと我に返った。立ったまま気絶していたようだ。
「えぇっと……えぇ? やあねぇ。私ったらちょっと疲れてボッーとしてるのかしら。あなたが婚約なんて言った気がして。やぁねぇ、ね、ヘンリー」
その声で同じく立ったまま気絶していたヘンリーが我に返った。
「ハハハ……奥様。私も歳でしょうか。そのように聞こえてしまって」
「言ったけど。」
どうしたの?というような顔でグレアムは二人を見た。
(えーっ 何何何?どうしちゃったの?今まで女性には興味もありません。みたいな顔してたじゃない。それが、今日、初めて会った、話もしていない、14歳の娘に、いきなり婚約を申し込む!?ええ?)
「父さんには、ディナーの後でいうつもりです。では」
そう告げるとグレアムは2階への階段を上がって行ってしまった。
2人きりになった玄関ホールでアリツィア夫人と執事ヘンリーは顔を見合わせた。
「ヘンリー あの子どうしちゃったの」
「奥様、グレアム坊ちゃまは館に戻られてからずっと玄関ホールで奥様の帰りを待っていらっしゃいました。約3時間立ちっぱなしで、です…」
「えぇっ だから最初イライラしてたのね。ひとまず、ウィリアムが帰ってきたら相談するわ。ヘンリー皆にはまだ内緒ね」
「勿論でございます」
「ふーーーーっ」
「はーーーーっ」
二人は大きな溜息をついて、思い足取りでアリツィア夫人は部屋にヘンリーは持ち場に戻って行った。




