深い碧と炎の赤
フェシリアの体は音を立て裏口を出たところにある壁に打ち付けられた。逃げ出したいが両方グレアムの腕で塞がれているので見動きがとれない。
フェシリアは右・左と顔をねじって見てみたが、騎士団長として鍛えられたグレアムの腕の筋肉は厚く逃げ出せそうに無かった。
グレアムは真正面からフェシリアを睨みつけていた。
こうなってしまうと蛇に睨まれたカエル状態で全く動く事も目をそらす事も出来ない。
「どうしたんだ!」
大きな音を聞きつけたアリーやルドルフが宿屋から飛び出してきた。
「ヒェッ ノーフォークの旦那!何があったか知りゃせんがフェシリアは足を痛めとる。離してやって下さい」
ルドルフが大きな声をあげた。
「フェシリア!離してあげて!」
アリーも悲鳴にも似た叫び声をあげる。
そうこうしていると、騒ぎに気づいた街の人達が次々と集まりだした。
「どうしたんだ?」
「あれは、ノーフォーク公じゃないか?」
「似てるけど違うだろ、女にあんな事する人じゃねぇ」
「なんじゃ、ありゃ」
口々に話し始めたところで聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
「お兄様、やめてください!」
フェシリアが声の方を向くとびっくりした顔のティアとライラが立っていた。
(助かった…)
フェシリアはホッとした。ティアの前ではグレアムは乱暴な事はしないだろう。
案の定グレアムは壁から両手を離した。しかし、次の瞬間フェシリアの体はフワッと宙に浮いた。
グレアムはまるで荷物の様にフェシリアを持ち上げると自分の右肩にフェシリアの体を乗せ膝の辺りを右手で支えた。少しでもグレアムが力を緩めれば、グレアムの背中側に回ったフェシリアの上半身は頭から落ちてしまいそうだ。
(怖い…落ちそう)
グレアムはそのまま振り返ると、ルドルフとアリーに向かって
「今日はお世話になりました。フェシリアはヴィンセント勇者祭が終わるまでこちらに寄る事はないでしょう」
と言うとまた向き直し、街道に停めてある馬車に向かって歩き始めた。
フェシリアが何とか上半身を少しあげて見ると、ライラが
アリーに何か話している様だった。
(気持ち悪い…)
グレアムがフェシリアを抱えたまま乱暴に歩くのでフェシリアは酔ってしまって気持ち悪くなってきた。
遠くでアリーの声が聞こえた気がした。
「フェシリア……私達かんちが……よかっ……たき…ね」
◆◆◆◆◆
馬車にたどりつくとグレアムは乱暴に扉を開け、そしてもっと乱暴にフェシリアを座席に投げるようにおろした。おろされたフェシリアを見下ろしながら、いつもの優雅な姿が嘘のように冷酷に
「逃げられると思うな」
と告げた。
フェシリアが恐怖に怯えていると、ティアとライラが馬車に乗ってきた。
「馬車を出せ」
グレアムが使者に告げるとゆっくりと馬車は走り始めた。
ティアは今まで見たこともないグレアムの姿に困惑しているようだった。グレアムは腕を組み、目を閉じていた。
いつも陽気なライラもこの時ばかりは無言だった。
フェシリアはライラの右腕にしがみついていた。ライラは自分の左手をフェシリアの手に添えてくれていた。
フェシリアは思い出していた。
先程、「逃げられると思うな」とグレアムが言った時…グレアムの目はいつものアイスブルーでは無かった。深い深い碧に変わりその奥には炎のような赤味を帯びていた。
(まさか…まさかね)
フェシリアは大きく身震いをした。




