馬車に乗って回想する
ゼノーに向かう馬車の中の雰囲気は最悪だった。
グレアムは外を見たままむっつりと黙っていたし、フェシリアはショックで話す気力も無かった。
ティアとライラの盛り上げよう!の気持ちだけで何とかこの馬車の中の空気は保たれていた。
「ここからどのくらいですかねぇ」
「そうね、お兄様、ゼノーの街まではどのくらいかしら?」
ティアが話しかけると
「ここからだと20分くらいかな」
とグレアムはいつも通りの微笑を携えて答えた。
「案外近いのね」
「馬車ならね、人の足だとかなりかかるよ。まぁ、この距離を足で行こうなんて人中々いないだろうけどね。」
というとフェシリアを一睨みした。
(何?…あの日逃げた私の事を言っているの)
ティアとライラも状況を察し馬車の中は沈黙の世界に入ってしまった。
(泣くもんか…)
フェシリアは眠ったフリをした。しかし、ずっと我慢していた感情が頭の中を巡っていた。
(先程の態度の違いといい、知ってるわ。あなたが本当に愛しているのはティアだという事は…)
フェシリアは婚約パーティーの日の事を思い出していた。
◆◆◆◆◆
「かぁ~ノーフォーク公爵邸はまだか。遠いなぁ」
トリスタン男爵はでっぷりとした体で汗を拭きながら言った。
「もうっどのくらい馬車に乗ってるの!?お尻が痛いわ。」
エリザベスは金切り声をあげた。この日、フェシリアの婚約パーティーの為、トリスタン男爵家族はノーフォーク公爵邸に向けて馬車を走らせていた。
「エリザベス、ノーフォーク公爵家といえば王家とも繋がりのある生粋の名家。その跡取りの婚約パーティーといえば名家の子息が集まるわ。いい相手を捕まえるチャンスよ」
トリスタン男爵夫人は言った。普段から夫人は自分に似た容姿のエリザベスを溺愛し、フェシリアの事は鼻にかけもしなかった。おかげでエリザベスは随分わがままに育ってしまった。
「私は、ノーフォーク公爵がいいのよ。あの美貌、爵位、名声。私にピッタリだと思わない?なのに何で冴えないフェシリアなんかを…。」
「まぁまぁ、まだチャンスはあるわよ。エリザベス。」
ちなみにフェシリアは馬車に乗っていない訳ではない。ちゃんと乗っている。だが、これがトリスタン男爵家の普段通りの会話なので、フェシリアは黙って窓から流れる景色をずっと見ていた。
馬車に揺られ、ノーフォーク公爵邸に着いた時はお昼を少し回っていた。大きな門戸を過ぎると広い庭園がありやっと館の正面に着いた。
馬車を降りると、前ノーフォーク公、アリツィア夫人、グレアムが迎えてくれた。
「遠いところをようこそ。疲れたでしょう。婚約パーティーは夕方から、さぁさぁ中に入って体を休めて下さい。」
前ノーフォーク公が言うとトリスタン男爵夫妻は
「どうもどうも」
と足早に中に入って言った。
「あなた達も中へどうぞ」
とグレアムがニッコリ笑って言った。
(すごい…間近で見ると本当に美しい人。こんな人と私婚約していつかは結婚するの?)
フェシリアは頭が噴火しそうだった。
「ノーフォーク公爵様!後で庭園を案内してくださいな」
エリザベスがグレアムににじりよった。グレアムは一瞬怯んだがすぐに元の微笑に戻り
「そうですね。明日にでも3人で庭園を見て周りましょう」
とうまくかわした。
(さすが…迫られる事に慣れているのね)
フェシリアは感心した。
まだこの時のフェシリアは幸せだった。グレア厶とは話した事も無かったから愛されているとは思わなかったが、エリザベスでは無く自分を選んでくれた事。貧乏男爵家なのに選んでくれた事。
(この美しい人が気に入る所が私にもあったのかもしれない)
と小さな期待を抱いていた。
その小さな期待も婚約パーティーで粉々にうち砕かれてしまったのだが。




