メッキ社会
朝は早く夜は遅い。
遊ぶ時間よりも働く時間の方が多い。
休む時間よりも働く時間の方が多い。
もらうお金よりも払うお金の方が多く、足りない分は何かを我慢する。
罵倒されるが反論してはならず、最初に罵倒したものは罰されない。
普段悪いことばかりしている人がほんの少しいいことをすれば賞賛されるが、普段から清廉潔白な人がほんの少しミスをするだけで多くの人に叩かれる。
親切にしても罵倒され、意見を言っても罵倒され、やるべきことをやっても罵倒される。
幸せになろうとすれば足を引っ張られ、幸せならば苦渋を飲まされる。
現代は人言が人間のために住みにくい環境や社会を提供しており、皆不幸になれと言わんばかりだ。
そんな社会や環境ではないと言い張るのであればあなたはきっとこの世界に生きていないので話位割り込まないで欲しい。
子供たちは世界に希望を抱く。
それはまだ社会に入っていないからであり、大人という悪魔に騙されてるからだ。
大人が子供の夢や希望を語り、子供たちは哀れにもそれを信じて社会に入る。
大人が語るような社会は社会の表面のメッキだというのに。
世界には希望がある。
そのほんの少しの希望に人々は縋り、その僅かな枠を巡って争い蹴落としあう。
そんな希望の少ない世界だからこそ夢を語る者が現れる。
この世界の希望を語る者、自分の夢を語る者、この世界にはない夢のような世界を語る者、さまざまな希望をこの世界にもたらさんと活動する者たちがいる。
でも希望は生まれるたびに社会のメッキとしての仕事を全うする。
希望はそんな社会から脱出するための希望なはずなのに、生まれた希望は社会を守るメッキとなってしまう。
世界が美しく見えるのはそのメッキが世界を輝かしいものに見せているからであり、表層だけはきれいに見えるということである。
メッキ層に住んでいる人間は外の人間に憧れられて、内側の人間に傷つけられる。
内側の人間はメッキに憧れて社会に入ってきた者たちを食い物にし、自らのどす黒さをより一層濃いものとしていく。
勇者は世界の闇を払う者であり、社会の闇を守る者である。
社会の闇に立ち向かって生まれた希望であったのに社会はそれを受け入れ、その希望と勇者を社会のパーツの一部としてしまう。
社会に蔓延る悪を討つことは非常に難しい。
社会をよくしようとするものは社会の闇にいいように誘導され、表層へ追いやられこの汚れ切った社会を綺麗に見えるように働かされてしまう。
これより社会に入る少年少女よ、君たちはこの社会の闇に負けないで欲しい。
著:メッキとなった勇者




