第90話 応援×咄嗟
雅人のバスケの試合は1年の間ではかなり有名になっていた。
「そういえば葵、赤嶺の試合は見に行くの?」
「はい、応援なんかも出来たらいいなと思ってます」
「あの赤嶺と安田が同じチームだからね。相当話題にはなってたわよ。どんなプレーをするんだーって」
「声は出せないかもしれませんが見るだけなら出来ます」
「そ、なら行こうか」
葵と詩音が体育館に行くと同じ1年と先輩である2年生の姿も見受けられた。
「やっぱりすごい人気」
「バスケの試合ですからね。元々人気があるんだと思います」
葵と詩音は一番選手からは見えにくい場所から見物していた。
バスケの試合は一進一退の攻防を繰り広げていた。
1年生ながら運動神経を頼りに戦う雅人達に比べ、運動神経に加えチームワークが出来ている快斗たち。
本来ならぼろ負けするところを雅人と慧輝が抑えていた。
「やっぱ強ぇ」
「そりゅ先輩だからな。豹堂、サイドから抜かれるなよ」
「おうよ!オレはまだまだ元気いっぱいだぜ!」
「スタミナバケモンかよ」
フルタイム動きっぱなしの雅人と慧輝は既に体力が底を尽きかけていた。
体格的には雅人が優位ではあるもののアタッカーが雅人と慧輝しかいないためマークされてしまうのだ。
仁はどちらかと言えば攪乱が得意で背後からボールを奪って雅人と慧輝にパスかロングシュートを狙うだけだ。
「赤嶺達結構ボロボロみたい」
「大丈夫でしょうか...」
「まあ助っ人権はあるから大丈夫じゃない?」
「助っ人権は使えませんよ」
背後からの声に葵と詩音は振り返った。
「あ、白石先輩に黒井先輩じゃないですか。生徒会の仕事はいいんですか?」
「うん。今はこの試合を見る人でかなり落ち着いてる。あ、そうだ。これ赤嶺のインカム、忘れてたみたいだから渡しておいて」
「わかりました。けど、助っ人権がないってどういうことですか?」
「快斗さんと赤嶺さんが約束したんです。お互いに助っ人権はなしにしようって」
「ああ、2年側にいるあの黒人を恐れたんだな。赤嶺のやつ」
「あれ、ボブくんじゃないか。彼あんな見た目だけどバスケ出来ないよ」
「え」「え」
「正確には運動がダメダメですね。肌が黒いのは父がアフリカ系のハーフというだけで東京から出たことすらないはずです」
快斗の助っ人権はブラフ。
叶恵たちのいう通りボブは見た目黒人でバスケなど運動ならなんでもできます。みたいな体格に見た目だが運動が全然出来ない。運動神経で言えば葵といい勝負。もしこの場に参加すればただのお荷物でしかない。
「じゃあなんでそんな助っ人権停止を持ち掛けたんです?たしか助っ人はそれぞれの部員以外だったら誰でもいいはずでしたよね?」
「ええ、だから恐れたのでしょう」
「後輩がいるんだから当然隠れた実力者がいるかもしれない。それをお兄ちゃんは警戒しんだよ。2年生にはもう出せる手札がないから」
上手い戦いではあるがそれは諸刃の剣となる。
試合は未だに大きな進展は見せずだが観客が減ることはない。
2年生が点を取った瞬間に雅人達が速攻をしかけ点をもぎ取っているからである。
慧輝がボールを相手のゴール下まで投げそれを雅人が入れるという見事な連携技が観客たちを魅了した。
「まあ凄い試合ではあるけどこのままじゃじり貧だな...」
「会長なら彼の本気を引き出せますよ?」
「え?」
「ああ、前に不具合調査をしたときにねあーちゃんが応援したら後輩がダンクしたんだよ!女の子に応援されないと本気を出さない現金な奴でさー」
「ホント会長が応援した瞬間に素早くなりましたよね」
「その時赤嶺はなんと?」
『気持ちが昂る』
その言葉を聞き葵は奥歯を噛み締めた。
「はぁ...はぁ...きっつ...喉が痛ぇ」
「こっちも体力の限界だ...」
「雅人、安田。もう少しだから頑張れ」
2人の動きははっきりと分かるほどに遅くなり体力の限界を現していた。
「残り30秒」
審判の合図にあわせ2年生が攻撃を仕掛けてきた。
「くっそが!」
「速い...」
体力も筋力も限界まで酷使している2人を抜きさることなんて簡単らしく快斗の手からボールが離れるとボールはゴールに吸い込まれていった。
「っしゃ!逆転!」
2年生との差は1点だが尽きた体力でもぎ取るのは難しかった。
「勝てる。勝てるぞ!」
快斗が決めると会場にいた2年生が快斗コールをしだし完全にアウェーになった。
「ああ。あれは無理かもねー。あーちゃんは今テニスの試合でここには来れない」
「会長でなければ赤嶺さんの本気を出すことは不可能」
「先輩は強いですわー」
「そんなことないです!」
葵は怒りを露わにしコート内の雅人達に向かって叫んだ。
「赤嶺くん!頑張ってください!」
精一杯の葵の声は2年生の男子の声よりよく響いた。
その声に気がついた雅人が葵を見つけると目を大きく見開いた。
「どうするよ赤嶺」
「姫さんからの応援だぞー。騎士として負けるわけにはいかないよなー?」
「は?負ける?誰が?俺が?...負けるつもりなんてさらさらねぇよ!」
「水谷の他にもいたのかよ!」
体力がないのは快斗たちも同じこと。
だが葵によって無邪気モードに入った雅人は体力底なしの猛獣となる。
「赤嶺を通すな!これを守り抜けば赤嶺に勝てるんだぞ!」
快斗はチームメイトを奮え立たせ気合を入れる。
「お兄ちゃん!負けるな!」
お互いに女子からの応援を聞き試合はデットヒート。
「赤嶺くん!負けないでください!」
再び葵の応援を聞き雅人はニッと笑うと快斗たちの間を潜り抜けゴール下へ走ると左足で思いっきり踏み切った。
ガタンという音と共にボールが押し込まれゴールのリングには雅人の手がかかっていた。
「勝者、1年」
審判の宣言と共に会場中が湧いた。
「勝った...のか...」
酷使した挙句無理矢理動かした雅人の体は限界で立っているのがやっとなほどだった。
「お疲れだ。赤嶺」
「雅人ー!お前ならやってくれると信じていたぞ!」
「あんま体重かけんな。立ってるのがやっとなんだ」
雅人達が喜んでいると負けた快斗たちが手を差し伸べて来た。
「まさか水谷のほかにもう1人いたとはな。調査不足だった」
「やっぱ気分上がんないと体動かなかった」
「あれか、真央が言ってた恋の力とかいうやつか」
「葵は別に...」
「羨ましいな、2人から好意を寄せられるなんてな。ま、なんでもいいけどいい試合だった。久しぶりに楽しいバスケが出来た」
「ああ...」
差し伸べられた手を握るがもう雅人の耳には声は届いていなかった。
「よかったねー葵。赤嶺達が勝って」
「はい。よかったです」
「もーなんであそこでサイドガラ空きにさせるかな...赤嶺に集中取られ過ぎなんだよー」
「ここまで白熱した試合は初めてですね。見てて楽しかったですね」
会場で叶恵と真央と別れその場に残された葵と詩音は雅人を呼んだ。
「お疲れ、すごかったじゃん」
「最後のダンクシュート、すごかったですよ」
「ああ...」
「どうかしましたか?」
そう聞かれた雅人の頭の中はごちゃごちゃになっていた。
激しい運動の後で思考回路が回っていない時に快斗から聞かされた2人からの好意。
それに加え、梓が話していた選択の話も同時に思い出していた。
聞きたいことが山ほど増えそれと同時に聞き方も倍以上の数になっていた。
激しい運動×思考停止×聞きたいこと×聞き方の方程式から導き出される答えはこうだ。
「葵は俺のことが好きなのか?」
「そうです。好きです」
人間咄嗟のことで思考回路が回らないことが人生の中で多々ある。
だがこの会話は雅人達3人の関係をややこしくすることになることは火を見るよりも明らかだった。




