6話 攻城戦とネコ娘
サリイが眼を開けると、もう夜だった。月が夜空高く登っている。丸い大きい月だった。サリイはその光を顔に浴びた。そうすると、なんだか少し、いろいろなものが洗われるような気がした。
少しすると気恥ずかしくなる。もっと前、平和なときでさえ、たかだか月の光ごときに、ここまで情緒的になったことはないのに。
サリイは苦笑い交じりにため息を吐いた。脱ぎ捨てたぼろの上に、袋が置いてある。サリイは這いつくばってそれを取ると、再び窓辺で膝を立てながら中を改めた。たいして金がない。食欲はないから金を節約できるけれども、それにしても心もとない。食欲がないからといって、何も食べずに生活できるのかどうかもわからない。
電子音が鳴った。サリイが左腕を上げる。この腕輪は取り外せないのだ。
「あら、お金がないの?」
サリイは何も返事をしない。腕を下ろして金を袋にしまい始めた。
「誰かから奪っておしまいよ。そうしたらすべて解決じゃないの」
「わたしはお前とは違うんだ」
サリイは旅の中で、エステラの邪悪な側面を知った。彼女にはおよそ善悪というものがないように見える。
★
西帝国は北帝国に戦争を仕掛けている。
西帝国は公爵ベルロフを司令官に、北帝国の南部の街、ロバルッタを攻略中だ。
すでに包囲は三か月にわたっている。この街を囲む城壁は高く厚い。攻城兵器はすでに組み立てられていて、投石を開始していた。
石の塊が城壁に打ち付けられ、砂煙が上がる。間遠な間隔で、別のあちこちの城壁の場所で同じことが起こっている。青い光の玉がすごい速度で城壁にぶつかって、凄まじい爆発を起こした。爆発の後には黒煙が上がり、その煙がゆっくりと上方に流れていく。これは魔法使いの攻撃だ。
「灰色羽の大鷲団」の団長であるラコリーは、包囲網の一角、自身の陣屋からその光景を見ていた。この陣屋から少し離れたはす向かいの空き地で、攻城兵器が動いている。
「こりゃ難儀ですねー」
言ったのは、隣で一緒に座ってこの風景を見ていたレラだった。この女は若い獣人で、獣人族の一派、猫族だという。レラは耳があり、尻尾があった。
ラコリーは視線を城壁に移した。二人はこの風景を、まるで見世物のように扱っている。レラの言う通り、城壁は固く、街は堅牢に見えた。
ラコリーは首を後ろに傾けてながら言った。
「そうだなあ。ロバルッタは地方の要だ。ここを落とせば戦局も傾くだろう。それだけ、向こうにとっても大事な街なんだ」
レラは片手を額に当てて、ふざけた声を上げる。
「一番槍だけは勘弁してー!」
「おれたちみたいな傭兵に、そんな名誉をやったりはしなしさ」
レラはかわいらしい顔で笑って、ラコリーを見た。
「そうであれば、いいんですけど」
レラはかわいらしい顔立ちの女で、黒い短い癖毛をもっていた。
団長殿、と背後から叫ばれた。ラコリーとレラが驚いて腰を浮かせると、ひとりの兵士が傍で膝をついたところだった。
「何か!」
ラコリーが言うと、伝令は言った。
「すぐに天幕にくるように、と司令官閣下が仰せです」
「わかった。――いや待て、呼ばれているのはおれだけか。それで何用か」
「呼ばれているのは団長殿だけです。用件は聞いておりません」
「わかった」
言われて、伝令は去った。
二人は立ち上がる。レラが言った。
「わたしも行きたい!」
ラコリーは彼女のあっけらかんとした感じに呆れながらも、これを了承した。二人は芝草の生い茂った小さな斜面を立ち上がり、自軍の陣屋に戻る。彼らの傭兵団の陣屋は、街を包囲する西帝国軍の軍営の一部を構成している。
二人は軍営の中の天幕群の間を歩いた。兵士たちがそこら辺にたむろしていて、賭博や談義などの娯楽に興じている。木柵を立て、所属の境目をわかりやすくしているところもあった。
一際大きな天幕が見えてきた。入り口のたれ布の両側には武装した兵士が起立していた。彼らはこちらを見るが、視線だけを動かして身じろぎ一つしなかった。
ラコリーとレラが中へ入ると、作戦会議の真っただ中だった。中央に大きな机があって、その周囲を貴族たちが立ち並んでいる。幾人かが二人に気づいて視線をこちらに向けた。その時、ベルロフが拳を机に叩きつけた。殴られて、机上に置かれていた地図が少し浮いた。
二人は中央へ近づいて、ラコリーが声を上げた。
「閣下! ただいま参上いたしました」
ベルロフは顔を上げて、ラコリを―を見てからレラを見た。ふん、と鼻を鳴らす。
「誰が獣を連れて来いと言った」
レラはその言葉を気にしない。ところで、用件は何だろうかと思うまさか傭兵にこの会議に参加しろということではあるまい。傭兵が軍議に関わることはないのだ。我々は言われたことだけをすればいいし、それ以上してはいけなかった。――もっとも、戦場というのは往々にして傭兵が好き勝手にすることが多かったのだが。
レラは地図を机上の地図にちらりと視線を向ける。中心にロバルッタの街があって、その周囲に街を囲むように、赤い線で面が塗られている。そこが自軍だ。
周囲に立ち並ぶ貴族たちが、ラコリーとレラを怪しむような眼で見る。ふん、レラは内心吐き捨てた。こいつらは態度がでかくていけ好かない。
(偉そうに、マントなんかしちゃってさ!)
ベルロフがラコリーを見た。地図を指さしながら言う。
「今この城を大勢の軍が囲んでいる。だが、この生意気な城は壁がいくぶん頑丈そうだ。そこで――」
ベルロフは上体を上げ、指先で地図を示しながら言う。
「お前たちは街を無視して北上し、辺りの村を焼き払え」
言いながら、ベルロフは指先を次々と村々に向けていく。
ラコリーは片眉を上げたが、了承するよりほかはなかった。
「わかりました」
レラは無感動に思った。
(ま、傭兵っていうのはそういうものさー)
ベルロフはラコリーを見ながら言う。
「やつらの援軍がここへ来るのは面倒だ。お前たちへの命令には攪乱の意味を与えている。いいか、暴れまわり、焼きまわり、やつらの援軍をここへ集中させるな。大軍が来られないように、やつらの補給を破壊せよ」
やはり、ラコリーはこれに同調するしかなかった。
「閣下の仰せの通りにいたします」
二人は踵を返して天幕を出る。空は晴れ晴れとしていて、小さな白い雲がいくつか風に流されていた。




