4話 災難おえて
皇帝ガレリアスは、帝国辺境部の反乱の鎮圧に赴き、その途中で非業の死を遂げた。彼の死をきっかけにして、帝国各地で反乱が勃発した。帝国は諸部族を力で支配していた。その支配の圧力は当時強まっていたし、それは帝国の力の低下の裏返しでもあった。それを率先していたガレリアスの死は、諸部族が今まで彼の政策の下で貯めていた不満を爆発させるきっかけとなった。
ガレリアスに子はなく、帝国の三人の有力者が至高の座をめぐって争うこととなった。その間、帝国に臣従していた辺境の諸部族は次々と独立を宣言した。残された帝国の領域はさらに三分割され、真の皇帝をめぐる戦いはそれから十年の長きにわたって続いている。帝国は荒廃の一途を辿っている。
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ぼろを纏ったサリイは、ある家の側に場所を決めて、村人全員の墓を掘った。この家の周りは空き地で、村の中心地に比較的近かったのだ。今のサリイには、村の全員のために墓を掘ることなど容易いことだった。
見知った人々を穴に入れて土をかぶせている間、サリイは一度も泣かなかった。それでも、サリイの心の中には激しい感情が渦巻いていた。それは本来なら顔を歪ませるほどの激情だろうし、眼が涙を流すほどの悲しみだったろう。それでも、サリイの表情が変わることはなかった。彼女は自分が変わってしまったことを、嫌でも理解した。自分の「心」は、もう自分の身体にないのだ、と思う。
サリイはぼろの下にドレスを着ていたが、それはずっと着ていたものだからすっかり擦り切れてしまっている。胸元が開けている。そこからの覗く胸は、傷ひとつなく綺麗なものだった。胸も、その下の腹部も、つややかな肌をしている。サリイの首には一本の線が一周している。よく見なければわからないが、はっきりとそこにある。その線こそが、サリイの元の身体と新しい身体とを分ける境界線なのだ。
左腕から電子音が鳴った。サリイがぼろをまくって腕を見ると、腕輪型のPDAがきつくはめられていた。サリイの意識がはっきりとしたときには、すでにこれははまっていた。あの少女が、どうにかして自分にこれをつけたのだ、と知っている。画面の向こうに少女が佇んでいた。彼女は小首を掲げてこちらを覗き見ている。
「これからどうするの? ゆく当てがあるの?」
サリイは首を振った。
「ない」
サリイはイーロンの墓の前で佇んでいる。サリイは、彼が自分にしてくれたことを思い出す。
二人は小さな丘の頂に並んで座っていた。丘の先では収穫の時期を迎えた小麦が豊かに実っていた。そのさらに向こうでは、夕日が今にも沈みゆこうと傾いている。その赤い光が小麦の穂を照らしている。
サリイはイーロンを見た。彼は微笑み、そっとサリイへ寄り掛かった。イーロンは腕をサリイの肩へまわして自分の方へ引き寄せる。二人はぎゅっとくっつく。
イーロンは南に広がる黄金色の小麦畑を見ながら、言った。サリイの眼には、彼の顔が夕日で輝いて見える。
「いつかあの向こう側に行こう」
サリイは何も言わずに、彼の胸に頬をつける。それが返事だった。この黄金の向こう側に何があるか、サリイにもイーロンにもわからなかった。
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今となっては、サリイはすべてが憎かった。野盗が憎い。人殺しが憎い。人を守れぬ国が憎い。何にもならない法が憎い。人を傷つける武器が憎い。
「おれたちが殺したんじゃない。世の中が殺したんだ」野盗は言った。その詭弁が憎い。言葉が憎い。
そして、一人生き残った自分が憎い。
サリイは手に小袋を持っている。その中には父親と母親と、イーロンの髪の毛が入っている。お守りだ。
少女が言った。
「彼らを生き返らせてあげようか?」
サリイはつい怒声を上げた。
「そんなこと、できるものか!」
サリイは腕輪のついた左手を振り払うように振った。それでも、少女は喋るのをやめない。
「できるわ。その髪の毛さえあれば、生体再生技術を使ってボディをもう一度形成することができるのよ」
サリイはその言葉の意味が分からない。
「本当に生き返らせることができるのか?」
「できるわ。でも、そのためにはそれなりの施設が必要ね。それがこの時代、どれだけ残っているかしらん。あなた、行く当てがないのでしょ? わたしが彼らを生き返らせる手伝いをしてあげるわ。わたしが、あなたを導いてあげる」
サリイはその言葉を疑いながらも、眼を閉じて、顔を反らした。それは消極的な肯定だった。
「まずは情報を探さないとね。戦争末期の地図データはわたしが持っているわ。まあ、今となってはほとんど役に立たないと思うけど、それでもないよりかましでしょう」
サリイは歩く。もう村のはずれまで来ていた。
「そういえば、お前の名前を聞いていない」
少女はくすくすと笑みながら、画面越しにサリイを見つめている。
「わたしはG.E.C.K、艦載用の先進AIよ。でも、そうね――わたしのことはこう呼んでくれるかしら。――エステラ。それが私につけられた愛称よ。古い時代の、最も気高く美しい女の名前なの。わたしたち姉妹は、開発がされるうんと前から愛称を付けられるのよ。わたしはこの名前を付けられたの」
サリイは声を上げた。
「誰がお前に名前を付けたんだ」
「さあ、誰かしら」
こともなげに、エステラは言った。
サリイは歩き続けた。方角は適当だがエステラは何も言わない。だから、きっとこっちで良いのだろう。




