褪せた思い出と歪んだ誓い
夕闇が学園をすっぽりと包み込み、廊下の燭台にポツリと灯りがともり始める。
サロンへと向かって静かに歩を進めるアゼルの脳裏に、不意にある遠い日の記憶が蘇っていた。
あれは、二人がまだ十歳にも満たない頃のことだ。
フレスベルグ侯爵家の広大な庭園。咲き誇る大輪のバラに囲まれた東屋で、少女だったアルテナは、いつも恐縮したように身を小さくしていた。
『アゼル様……私のような男爵家の娘が、このような立派なお庭にお邪魔してしまって……ごめんなさい』
自分の身分を気に病み、今にも泣き出しそうに伏せられる大きな瞳。
幼いアゼルは、そんな彼女の手をぎゅっと強く握りしめたのだった。
『何を言っているんだい、アルテナ。僕は君にここに居てほしいんだ。……僕の隣は、君以外の誰も座らせない』
アゼルがそう言って微笑むと、アルテナはぽっと頬を染め、世界で一番美しい花が咲いたかのような、純粋で可憐な笑顔を見せてくれた。
『はい……! アゼル様のお隣にいられるよう、私、精一杯頑張ります……!』
(……あの眩しい笑顔。僕だけに向けられていた、あの温かい温もり……)
アゼルにとって、生き馬の目を抜くような貴族社会の社交界や家格の重圧の中で、アルテナの存在だけが唯一の救いであり、息ができる場所だった。
彼女の純粋な瞳を守るためなら、自分はどうなってもいい。どんな汚い手を使ってでも、彼女の周りから害虫を排除し、完璧な男でい続けようと心に誓ったのだ。
それなのに――。
(……どうして僕から離れようとするんだ、アルテナ? 僕がどれほど君を愛し、君だけを想って生きてきたか……どうして分かってくれないんだ……)
握りしめた拳の爪が手のひらに深く食い込み、痛みが走る。
アゼルの胸を苛むのは、激しい寂しさと、それを塗りつぶすほどの不気味で酷薄な執着心だった。
彼女が自分を誤解し、離れようとしているのなら。
『完璧で優しい王子様』の仮面など、もう維持する必要はないのかもしれない。
(思い出の笑顔を取り戻せるなら……僕を恐れて泣き叫ぼうと、君の羽をむしり取り、鳥籠の中に閉じ込めてしまえばいい。もう二度と、誰の目にも触れられないように……)
アゼルの琥珀色の瞳に、冷たく昏い決意が宿る。
二人が幼い頃に交わした純粋な約束は、年月を経て、あまりにも歪んだ狂愛へと変貌を遂げていた。
サロンの重厚な扉を前に、アゼルは足を止める。
扉の向こうにいるのは、アルテナの手紙を隠し、自らの愛しい小鳥を追い詰めた害虫――ディアドラ・キルステン。
アゼルは一瞬だけ瞳を閉じ、冷徹な死神の笑みを浮かべると、ゆっくりと扉を押し開けた――。




