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誰にでも優しい貴方へ、私は恋を諦める  作者: 迦陵れん


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7/30

歪んだ密告と張り詰めた糸

 学園の陽が落ち、校舎全体が薄暗い影に包まれ始めていた。


「見つからない……だと?」


 生徒会室。アゼルの低く冷ややかな声が、静まり返った室内に響いた。

 報告に訪れた側近の生徒たちは、氷点下の殺気を孕んだアゼルの瞳に射すくめられ、生きた心地もせずに身を縮めている。


「は、はい……! 校内はもちろん、馬車乗り場や寮の敷地内も探させましたが、ヘヴリング男爵令嬢のお姿はどこにも……」

「……下がれ」


 短く命じると、側近たちは弾かれたように頭を下げ、逃げるように部屋を飛び出していった。

 パタン、と重い扉が閉まる。

 一人取り残されたアゼルは、深く溜息をつくと、乱れた金髪を乱暴にかき上げた。


(どこへ行ったんだ……アルテナ。僕の知らない場所へ行くなんて、許さない……絶対に許さない……!)


 胸の中で渦巻くのは、狂おしいほどの焦燥と暴走しそうな所有欲。

 彼女を思って重ねてきた我慢も、完璧な婚約者の面も、すべてが崩れ去りそうになっていた。


 その時――コッコッ、と遠慮がちなノックの音が静寂を破った。


「誰だ」

「……アゼル様。マヌエラ・リーガンでございます」


 扉を開けて入ってきたのは、扇子を強く握りしめ、どこか落ち着かない様子のマヌエラだった。


「何の用だ。僕は今、人を探している。手短にしろ」


 アゼルの冷淡極まる対応にも、マヌエラは不敵で底意地の悪い笑みを浮かべた。


「ふふ、その探していらっしゃる『お人』のことですわ。あのような身程知らずな女のことなど、もうお探しになる必要はございませんのよ」

「……何?」


 アゼルの琥珀色の瞳が、すっと細められる。

 マヌエラは待ってましたとばかりに、大袈裟な身振りで口を開いた。


「わたくし、先ほど裏門の近くで目撃いたしましたの。ヘヴリング男爵令嬢が……グロスタール様――アレク様と、とても親密そうに寄り添って歩いていらっしゃるのを!」

「……アレクと?」

「ええ! アゼル様という素晴らしいお方がいながら、あのお方はアゼル様からのお気持ちが得られないと悟るや否や、すぐにアレク様へと乗り換えたのですわ! なんて見境のない、浅ましい女なのかしら……ッ」


 マヌエラは誇らしげにアルテナを貶めてみせた。これでアゼルがアルテナに幻滅し、自分たちの方を向いてくれると信じて。

 ――だが。


「……消えろ」

「え……?」


 耳を疑うような極寒の低音。

 マヌエラが顔を上げると、そこにいたのは彼女が慕っていた「優しい王子様」ではなかった。

 光を完全に失った瞳で、ゴミ屑でも見るかのように自分を見下ろす、本物の怪物の姿だった。


「ひッ……!?」

「僕のアルテナを侮辱した罪、後悔させてやる。……二度と僕の前に顔を出すな。お前の家ごと潰されたくなければな」

「あ……あぁ……っ!」


 アゼルの放つ圧倒的な殺気に圧迫され、マヌエラは腰を抜かすようにして逃げ出していった。

 一人残されたアゼルは、静かに拳を握りしめた。爪が手のひらに食い込み、朱い血が滲む。


(アレク……。君だったのか。僕の小鳥に余計な毒を吹き込み、連れ去ろうとしているのは……)


 脳裏に浮かぶのは、いつも温和な笑みを浮かべながら、密かに自分へ対抗心を燃やしていたアレクの顔。

 アルテナが自ら逃げ出したのではない。

 アレクが傷ついた彼女の隙に付け込み、拐かしたのだ。


(……許さない。僕のアルテナに触れたその手も、唆した口も……すべて引き裂いてやる)


 アゼルは机の引き出しから、キルステン侯爵家とリーガン伯爵家を破滅させるための違法取引の証拠書類を取り出すと、それを胸に抱き、狂気じみた笑みを浮かべた。


(まずは……しつこく纏わりついて鬱陶しい害虫ディアドラからだ。すべてを奪い取って、アルテナを取り戻しに行くよ……)


 アゼルの足音が、サロンへと向かって静かに、けれど確実に踏み出された――。










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