夜明けの光と破滅の悔恨
「あ……あぁ……っ」
冷たい館の大理石の床で、アレク様が微かな呻き声を上げた。
階段を転がり落ちた激痛に顔を歪め、打ちつけられた身体をピクリと震わせる。力なく伸びた指先が、空を掴むように虚しく開閉していた。
「どうして……っ。僕の計画は……完璧だったはずだ……っ」
アレク様の口から漏れ出たのは、狂気混じりの苦々しい悔恨だった。
「アゼルの完璧な仮面を剥ぎ取り、その自尊心を打ち砕く……。お前を毒で惑わし、僕の腕の中で甘く囁かせれば、アゼルは絶望し、フレスベルグ家は失墜するはずだったのに……ッ!」
苦血を吐き出しながら、アレク様は階段の上に佇む私とアゼル様を、血走った眼差しで呪わしく睨みつける。
「なぜ……なぜ薬の呪縛を破る!? なぜ全てを失いかけてなお、そんな男の手を取るんだ……アルテナ様……っ! 僕が……僕がどれほど綿密に、時間をかけて舞台を整えたと思っているんだ……っ!!」
完璧だったはずの筋書き。アゼル様への長年の劣等感を晴らし、私を「勝利の戦利品」として所有するはずだった密室の罠。
その全てが、アゼル様の血みどろの咆哮と、私の拒絶によって脆くも瓦解したのだ。己の執着と自惚れが招いた惨めな敗北を噛み締めながら、アレク様は悔しさに歯の根を噛み鳴らし、そのまま床へ深く顔を伏せた。
暗闇と毒の香りに満ちていた館の大きな窓から、静かに差す白みがかった光。
毒に塗れた夜が、静かに明けようとしていた。
「アゼル様……お怪我を……早く手当てをしなければ……っ」
私はアレク様から視線を切り、アゼル様の血に染まった衣服と、痛々しく裂けた手のひらを見て、胸を痛めながらドレスの裾を破ろうとした。
しかし、アゼル様はその私の手を優しく押し留め、壊れ物を扱うような慎重さで私を抱き寄せ直した。
「大丈夫だ……。君が無事なら、こんな傷、何でもない……」
「そんなことありません! 手からこんなに血が……! 私を守るために、こんな……っ」
私の瞳からボロボロと溢れ出す涙を、アゼル様は傷だらけの指で、慈しむように拭い去ってくれる。その手に込められた熱は、もう冷たい配慮の壁などではなく、私を心から愛おしむ温もりそのものだった。
「アルテナ……。僕は君に、ずっと許されないことをしてきた。君が不釣り合いだなんて思ったことは一度もない。むしろ、完璧でいなければ君の隣に立つ資格がないと勝手に思い込み、自分を守るために君を孤独に突き落としたんだ」
アゼル様は琥珀色の瞳を濡らし、私の額にそっと自分の額を重ねた。
「君の手を握ることも、名前を呼ぶことも……本当は毎日、狂いそうなほど求めていた。これからは、言葉で、体温で……君が嫌だと言うくらい、何度でも伝えていく。だから……僕の過ちを、償わせてくれないか」
「アゼル様……っ。償いだなんて、そんな……! 泣いていた私を救おうと駆けつけてくださっただけで……こんなにも命がけで愛を叫んでくださっただけで、私の心はもう……満たされています……っ!」
私はアゼル様の首に力いっぱい腕を回し、その胸に顔を埋めた。
かつて私が追い求めていた、冷たく完璧な侯爵令息の姿はそこにはない。
血と汗に塗れ、泥臭く愛を乞い、私を抱きしめる一人の男性がいただけだった。けれど、その姿こそが、私にとって何よりも愛おしく、誇らしい姿だった。
「……アルテナ。愛している。世界中の誰よりも……僕の命よりも」
「私も……私もです、アゼル様。ずっと……ずっと、あなたをお慕いしていました……っ」
遠くから、アゼル様が呼んでいたであろう騎士団の馬蹄の音が、邸に向かって近づいてくるのが聞こえる。
狂気の鳥籠は壊れ、甘い毒の夢は潰えた。
朝明の光がホールを照らす中、私たちは重なった手を二度と離さないよう、固く、強く握り締めていた――。




