裸の心と慟哭の叫び
「……だったら、アルテナ様。君自身の口からアゼルに言ってあげるといい」
私の迷いを見抜いたように、アレク様が悲しげな微笑を浮かべながら、そっと私の背中に手を添えた。その声はどこまでも優しく、傷ついた者の痛みを帯びている。
「君がどれほど傷つき、僕の腕の中で泣いていたか。誰を愛し、誰の手を取ろうとしているのか……彼に君の本心を告げてやっておくれ。君の口から引導を渡してあげることが、きっと最後の慈悲になる」
「あ……アレク……様……」
背中に触れるアレク様の温もりに胸が締め付けられる。
(私の本心……? 私は……誰を……?)
問いかけられた瞬間、私の思考は真っ白な暗闇に落ちた。
アレク様が好き?
――私を孤独から救い出し、甘い言葉で抱きしめてくれた方。この方を裏切れば、私はまた誰かを傷つける酷い女になってしまう。でも……この手から伝わる温もりに、なぜ私は微かな恐怖を拭えないのだろう。
アゼル様が好き?
――ずっと憧れ、愛していた人。けれど、私を放置し、傷つけた人。今さら泣いて縋られても、また裏切られるのが怖い。でも……血を流しながら私を見つめるあの眼差しを、どうして無視できないのだろう。
二人の男性の狭間で、私は答えを見失っていた。唇が震え、声にならない吐息だけが漏れる。
「私は……私、は……っ」
「答えに詰まる必要なんてないよ、アルテナ様。君の心はもう、僕のものだろう……?」
アレク様が甘く囁き、私の肩を抱き寄せようとしたその時――。
「答えさせるなッ!!!!」
階段を血まみれになりながら這い登ってきたアゼル様の、裂けるような叫びがホール全体に轟いた。
手すりにしがみつき、膝をガクガクと震わせながら立ち上がるアゼル様。その琥珀色の瞳は激しく揺れ、今にも崩れ落ちそうな体を気迫だけで繋ぎ止めている。
「答えなくていい……答えなくていいんだ、アルテナ……ッ! 君が混乱するのも当然だ……! 全部、全部僕が悪いんだからッ!!」
「アゼル……様……?」
「僕は……っ、君が怖かったんだ!!」
アゼル様の口から吐き出されたのは、あまりにも意外で、あまりにも生々しい本音だった。
「完璧なフレスベルグ家の跡取りとして育てられ、誰にも弱みを見せちゃいけないと生きてきた僕にとって……無垢で、真っ直ぐで、あまりにも愛おしい君は……僕の理性を狂わせる恐ろしい存在だったんだよ……ッ!」
アゼル様は自分の胸を強くかきむしり、血の混じった涙を流しながら言葉を紡ぐ。
「触れれば壊れてしまいそうで、一度抱きしめたら二度と離せなくなりそうで……! 自分の醜い欲望や執着で君を汚してしまうのが怖くて、僕は『配慮』という愚かな壁を作って逃げていたんだ……ッ! 君が僕を嫌っているんじゃないか、不釣り合いだと思っているんじゃないかと、本当は僕の方が怯えていたんだ!!」
「そんな……アゼル様が……私に……?」
思いもよらなかった告白に、私の息が止まる。
「ディアドラと話していたのも……君に嫉妬してほしかったからだ! 少しでも僕に感情を向けてほしくて、愚かにも君の気を引こうとしていたんだ……ッ! なのに僕は……自分のプライドを守るために君を孤独に突き落とし、こんな奴の毒の手の中に追いやった……ッ!!」
アゼル様はガクりと膝をつき、大理石の階段に血のついた手をついた。それでも、瞳だけはまっすぐに私を射抜いている。
「君が誰を選ぶかなんて、訊くまでもない……! 答えに詰まるのは、君の優しさがそいつの罠に縛られているからだ! 僕を拒絶してもいい、僕を一生恨んでもいい……ッ! だが……僕の愛したアルテナ、どうか自分を偽らないでくれ……ッ!! 僕の命なんてどうなってもいい、ただ……君に笑っていてほしいんだ……ッ!!」
喉を焼き切らんばかりの、あまりにも赤裸々で狂おしい愛の証明。
その言葉の一つ一つが、今まで私を縛りつけていた「不釣り合い」「義務感」という呪いを打ち砕き、胸の奥深くに熱く、激しく突き刺さっていく。
「アぜル……様……」
私を見つめるアゼル様の涙に濡れた瞳の中に、偽りなど微塵もなかった。
その真実の叫びを前に、私の中で静かに重みが傾いていくのを、隣に立つアレク様だけが冷ややかに感じ取っていた――。




