対峙する刃と交錯する毒
崩れ落ちた巨大なオーク材の扉。その破片を踏みにじり、吹き込む夜風とともに大ホールへ踏み込んできたのは、狂気に満ちた眼光を宿すアゼル・フレスベルグだった。
肩を荒く上下させ、黄金の髪を乱したアゼルの手には、鞘から抜かれた抜身の剣が握られている。その刀身は月光を浴びて冷たく光り、今にも目の前の者を斬り捨てんとするほどの殺気を放っていた。
「アレク……ッ!! アルテナをどこへやった……ッ! 返せ……僕のアルテナを返せ!!」
腹の底から絞り出すようなアゼルの咆哮が、天井の高いホールに虚しく響き渡る。
そんな狂乱の王子を、優雅に螺旋階段を降りてきたアレクは、冷ややかな嘲笑を浮かべて見下ろしていた。ガウンの裾を揺らしながら、まるで観劇でも楽しむかのように手を叩く。
「やあ、アゼル。相変わらず気荒で強引なお出ましだね。人の邸宅の扉を叩き壊すなんて、フレスベルグ侯爵家の名誉ある『完璧な貴族』様が聞いて呆れるよ」
「戯言を……ッ! アルテナをどこに隠した!! 今すぐ吐かなければ、お前をここで切り刻むぞ……っ!」
アゼルが踏み込み、剣先をアレクの喉元へと突き付ける。
だが、アレクの瞳には恐怖など微塵もなかった。それどころか、今まで見せたこともないような昏く歪んだ愉悦の色が、その表情を支配していく。
「切り刻む? くく……相変わらず短慮だな、アゼル。だが、僕を殺してどうするんだい? 彼女の心は……もう、お前の元には戻らないというのに」
「……なに?」
アゼルの剣先が、ぴくりと震えた。
アレクはゆったりと胸元に手を当て、アゼルに一歩近づくと、耳元へ忍び寄る毒蛇のように囁きかけた。
「聞こえなかったのかい? 彼女はね、自分の意志で僕の腕の中に飛び込んできたんだよ。……お前が冷たくあしらい、『完璧な婚約者』気取りで放置している間にね」
「……ふざけるな」
アゼルは低く掠れた声で呟き、激しく首を振った。
「嘘だ……ッ! 騙されるものか! アルテナが自らお前になんぞ縋るはずがない……っ! 彼女はそんな浅はかで軽い女性じゃない! お前が何か卑劣な罠に嵌め、言葉巧みに騙かしたんだろうッ!?」
必死に自分に言い聞かせるように、アゼルは青ざめた唇を震わせながら叫ぶ。
アルテナの純粋さを誰よりも知っているからこそ、彼女が自分を裏切り、アレクの手を取ったなどと認めるわけにはいかなかった。
だが、アレクは待っていましたとばかりに心底可笑しそうに目を細めると、アルテナと過ごした甘い夜の記憶を、見せつけるように言葉にして吐き出した。
「罠? くく……相変わらずプライドの高い男だね。いいや、彼女はね、涙を流して僕を求めたんだよ。僕が『アゼルの陰でずっと辛かった』と少し涙を見せてやっただけで……あの子は僕の手を強く握り返してくれた。『私にとってのアレク様は、世界で一番素敵なお方です』……ってね」
「っ……嘘だ……アルテナが……そんなことを言うはずが……ッ!!」
「嘘だと思うかい? 今も……ついさっきまで、彼女は僕の胸に顔を埋めて震えていたよ。お前が扉を壊す前、僕はあの子をベッドに寝かせ、おでこと……その可憐な唇に、何度も熱いキスを落としてやった。あの子は真っ赤になって僕に抱きつき、『私にはアレク様しかいない』と甘く微笑んだのさ」
アレクはうっとりと瞳を閉じ、自らの指先を滑らせて見せる。
「お前が『配慮』だの何だのと賢しらに理屈を並べて触れることすら躊躇っていた、あの無垢で愛らしい体を……僕は今夜、隅々まで僕の温もりで満たしてやった。お前のことなんて、あの子の頭にはもう微塵も残っていないのさ」
「黙れ……黙れぇッ!!!!」
信じたくないという理性の防波堤が、アレクの残酷な言葉によって音を立てて崩壊していく。
アルテナの健気さ、脆さ、そして「自分は必要とされていない」と思い詰めた時の危うさを知っているからこそ、アレクの吐いた毒が完璧な真実味を帯びてアゼルの胸を抉る。
アゼルの瞳から溢れ出すのは、絶望と狂気の血の涙。
怒りと後悔で胸が張り裂けそうになりながら、アゼルは凄まじい力で剣を振り上げた。
「死ねええええッ、アレク!!!!」
「くく……ははははッ! そうだ、その顔が見たかったんだよ、アゼル!!」
暗闇の中で火花が散る。
一人は奪われた絶望と激怒に狂い、一人は惨めな王子を嘲笑いながら――長年の劣等感と執着が激突する、地獄のような対決が幕を開けた。




