重い扉と嵐の前触れ
私の部屋へ戻り、私をふかふかのベッドへ横たえさせてくれたアレク様。
ナイトドレスを着た私は、まだ不安を残した瞳でじっとアレク様を見つめていた。アレク様は私の手を両手で優しく包み込むと、まるでガラス細工でも扱うかのような愛おしそうな眼差しで、甘く微笑みかけてくださった。
「さあ、ゆっくりお休み、アルテナ様。僕がずっとそばにいて、君を抱きしめているからね。もう寂しい思いなんてさせないよ」
そっと伸ばされた指先が、私の頬を、そして唇をなぞるように触れていく。そのあまりにも甘やかな手つきに、胸が熱く痺れていくようだった。
「アレク様……ありがとうございます。本当に……お優しいのですね。私のような者を、そんなにも大切に思ってくださるなんて……」
「君だからだよ、アルテナ様。僕の心をこんなにも狂わせるのは、世界中で君だけなんだから」
そう囁くと、アレク様は身を乗り出し、私の前髪を優しくかき分けておでこに温かな唇を落としてくださった。
じんわりと広がる体温に、胸の奥がキュッと締め付けられる。
「ん……っ」
愛おしさに満ちた触れ合いに安堵し、深く息を吐いてまぶたを重く落しかけた、その瞬間――。
――ドガンッッ!!!!
静まり返っていた館の遠く下層で、落雷でも落ちたかのような凄まじい衝撃音が響き渡った。
重厚な扉が力任せに打ち破られたような破壊音。それに続いて、荒々しい馬のいななきと、館の召使い達の悲鳴が遠くから聞こえてくる。
「っ……!? な、なに……今の音……!?」
せっかく落ち着きかけていた私は、跳ね起きるように体を起こした。青ざめた顔で胸を押さえ、怯えた目で部屋の入口を見つめてしまう。
アレク様は私を安心させるようにぎゅっと抱き寄せ、私の頭を胸元に包み込んでくださった。トクトクと聞こえるアレク様の心臓の鼓動が、私のパニックになりかけた心を繋ぎ止めてくれる。
「大丈夫だよ、私の愛しいアルテナ様。恐れることはないよ。……ちょっと、不躾な『お客様』が強引にお見えになっただけのようだ」
「え……? お客、様……? こんな夜更けに……?」
こんな山奥の別邸に、あんな激しい音を立てて踏み込んでくるなんて、一体誰なのかしら。治安の悪い山賊か、あるいは凶暴な暴漢かしら……。
恐ろしい想像ばかりが膨らみ、私はアレク様のガウンの胸元を強く握りしめて震えた。
「君はここにいなさい」
アレク様は私を愛おしそうに見つめると、そっとベッドの上に横たえ直してくださった。かけ布団を胸元まで丁寧に掛け直し、私を安心させるように、今度は唇へとしっとりと深い熱を込めたキスを落としてくださる。
「ん……っ……アレク様……」
吐息が触れ合うほどの近さで、アレク様は甘く、けれど揺るぎない声で囁いた。
「外は少し騒々しくなるかもしれないけれど、僕が命に代えても君を守るから。僕の愛しいお姫様……決してこの部屋から出てはいけないよ? いいね?」
「でも……アレク様! もし恐ろしい人たちだったら……アレク様にお怪我があったらどうするのですか……っ! 私、アレク様に何かあったら……っ!」
「僕を信用しておくれ、アルテナ様。君という宝物を、僕から奪わせたりは絶対にしない」
アレク様は私の涙を指先で優しく拭うと、愛おしさに満ちた微笑みを残して私の手をそっと離された。
おでこと唇に残る甘く温かな感触に顔が熱くなり、私はアレク様の強いお言葉と深い愛情にすがりつくように「……はい、アレク様……」と小さく頷くことしかできなかった。
(アレク様がいらっしゃれば、きっと大丈夫……。私をこんなにも愛し、守ろうとしてくださる強い方だもの……)
ベッドに残された私は、予期せぬ暴挙への恐怖と、アレク様から注がれた熱い愛情に対する絶対的な依存と信頼を胸に、彼から与えられた温もりに包まれながら布団を握りしめていた。
アレク様は私に最後にもう一度愛おしげな視線を向けると、部屋の扉をそっと閉めた。
廊下へ出ていかれるアレク様の後ろ姿を見送りながら、私はただ、この恐ろしい嵐のような騒音が早く過ぎ去ることを祈るばかりだった。
まさか、下の階で扉を破り、狂気と激怒を撒き散らしながら暴れている「不躾な客」の正体が、あれほど愛し、そして必死に手放そうとしたアゼル様だなんて、この時の私は思いもしていなかった――。




