忍び寄る檻と閉ざされた扉
薄暗くなった学園の裏門。
冷たい夜風が吹く中、そこには立派な紋章の入ったアレク様の馬車が待機していた。
「さあ、お乗り、アルテナ様。もう大丈夫だよ。ここを出れば、アゼル様の手も届かない」
アレク様がどこまでも優しく私の手を取り、馬車のステップへと導いてくれる。
アゼル様に捨てられたという深い絶望と傷心の中、私にはアレク様の差し伸べてくれた手が、暗闇の中の唯一の救いのように思えていた。
(さようなら、アゼル様……。どうか、ディアドラ様とお幸せに……)
そう心の中で別れを告げ、馬車へ足を踏み入れようとした――まさにその時。
「――あらあら、随分とすばやいお乗り換えですこと!」
静まり返った裏門に、嘲笑を含んだ甲高い声が響き渡った。
振り返ると、扇子で口元を隠した伯爵令嬢マヌエラ・リーガン様と、その取り巻きたちがゆっくりと歩み寄ってくるところだった。
「マヌエラ……様……?」
マヌエラ様は底意地の悪い笑みを浮かべ、見下すような視線で私とアレク様を交互に見つめる。
「サロンでアゼル様とディアドラ様の仲睦まじいお姿を見て、自分には勝ち目がないと悟られたのかしら? だからって、アゼル様がダメならすぐに別のお方に乗り換えるなんて……まあ、なんて見境のない男爵令嬢なのかしら!」
取り巻きの令嬢たちが、くすくすといやらしい嘲笑を漏らす。
「あのアゼル様に捨てられた哀れなご令嬢を、今度はグロスタール様が慰めて差し上げていらっしゃいますの? ふふ、男爵家の分際で学園の魅力的な男性を次々と惑わすなんて、本当にお怖ろしい女ですわね」
マヌエラ様たちは、私を傷つけるための心ない言葉を次々と浴びせてくる。
「……っ、違います、私はただ……」
胸がギュッと締め付けられ、私は俯くことしかできない。
その時、アレク様がすっと私の前に立ち、マヌエラ様たちを遮るように庇ってくれた。
彼の顔には、どこまでも穏やかで頼もしい「慈愛の微笑み」が浮かんでいる。
「いい加減にしなよ、リーガン伯爵令嬢。これ以上、傷ついている彼女を苛むなら、グロスタール伯爵家としても黙ってはいられないな」
「ッ……! グ、グロスタール様……!」
アレク様の毅然とした対応と家格の圧に、マヌエラ様たちが怯えて後ずさる。
「さあ、アルテナ様。こんな心ない言葉に耳を傾ける必要はないよ。僕が君を安全な場所へ守り届けてあげるからね」
アレク様は私の腰に優しく手を添えると、私を促すように馬車の中へと乗せてくれた。
そして自身も滑り込むように乗り込み、バタンと重い扉を閉める。
「御者、急いで出してくれ!」
アレク様が指示を出すと、馬車はガタリと音を立てて夜の街へと勢いよく走り出した。
マヌエラ様たちの嫌悪に満ちた声が遠ざかっていく。
暗い馬車の中、私は座席に深く身を沈め、膝の上で握りしめた自分の手に涙をこぼした。
「ありがとうございます、アレク様……。私、どうしたらいいか分からなくて……」
「いいんだよ、アルテナ様。君は何も悪くない。僕がずっと……君の味方だからね」
そう言ってアレク様は、私の手を両手でそっと包み込んでくれた。
その手はとても温かく、声はどこまでも優しい。
(アレク様がいなければ、私はどうなっていたか分からない……。アレク様だけが、今の私の救いなんだわ……)
逃げ切れたという安堵から涙をぬぐう私。
だが、向かいに座るアレク様が、暗がりの中で**「完璧な救世主の笑み」**の奥に、密かに黒く歪んだ勝利の微笑みを浮かべていることに、私はまだ全く気づいていなかった。
(フフ……うまく行った。これでアルテナ様は完全に僕のものだ。追いつけるものなら追いついてごらん、アゼル……)
暗闇の中、馬車はガラガラと音を立てて、アレクの用意した「逃げ場のない罠(別邸)」へと向かって突き進んでいくのだった――。




