第十七章 世界の結び目へ
凍てつく山脈を下山し、麓の町で傷を癒す間に、状況は大きく動いていた。
まず、アリシア王女が軟禁から解放された。
きっかけは、柏木たちが各地で修繕した綻びの効果だった。農地が蘇り、瘴気が消え、住人の暮らしが劇的に改善された地域が、修繕師を支持する声を上げ始めたのだ。
「修繕師を捕まえるな!」
「綻びを直せるのはあの人だけだ!」
各地の住民や領主から、第一王子フリードリヒへの抗議が殺到した。さらに、ラインフェルト伯爵が率先して柏木の活動を擁護する声明を出した。かつて柏木が綻びを修繕してくれた恩義を忘れていなかったのだ。
世論の圧力に押される形で、フリードリヒ王子はアリシアの軟禁を解除せざるを得なくなった。ヴィクトル侯爵も、手を引かざるを得なくなった——少なくとも、表向きは。
アリシアは軟禁解除後、すぐに行動を起こした。
「綻び対策特別遠征隊の活動を正式に再承認しました。そして、新たに『世界修繕作戦』を発動します。柏木殿のエルデンの古戦場への帰還を、国を挙げて支援します」
アリシアの手配により、王国騎士団の精鋭部隊が護衛につき、各地の冒険者ギルドが補給と情報提供の協力を約束した。
さらに、思わぬ援軍が加わった。
ブランデルから、ガルドが馬車でやってきたのだ。
「何しに来た、ガルド」
柏木が驚いて訊くと、ドワーフの鍛冶師はぶっきらぼうに答えた。
「お前の装備を整えに来たに決まっとるだろうが。世界を救うんだぞ。ボロボロの革鎧で行くつもりか」
ガルドは三日三晩、鍛冶場を借りて柏木たちの装備を鍛え直した。柏木の革鎧はミスリル合金の板を編み込んだ軽量鎧に生まれ変わり、リーナの防具は一級品に、マルクスの大剣は新たに鍛え上げられた。
「これでよし。これ以上はわしにはできん。あとはお前の腕次第だ」
ガルドは完成した装備を柏木に手渡しながら言った。
「ガルド。ありがとう」
「礼はいらん。直したらとっとと帰ってこい。修理の仕事が溜まっとるんだ」
エルデンの古戦場に向かう道中、柏木のレベルは十四に到達していた。
修繕術のレベルは十三。封印の修繕に必要なレベル十五まで、あと二つ。
道中、柏木たちはかつてブランデルの綻びを修繕した帰り道と同じルートを通った。
あの時は二人だった。今は四人いる。あの時はDランクの新米だった。今は——まだ正式なランクは不明だが、Sランク級の依頼をこなしている。
何より、あの時は綻びを直せるかどうかもわからなかった。今は、世界の封印を直すという明確な目標がある。
「リョウイチさん」
隣を歩くリーナが言った。
「はじめて会った日のこと、覚えてますか?」
「鍛冶場に来て、お父さんの剣を持ってきた日か」
「はい。あの時、私、すごく不安だったんです。剣が直らなかったら、父の最後の痕跡がなくなってしまうって。でも——リョウイチさんが直してくれた」
「うん」
「あの日から、私の人生が変わりました。リョウイチさんに出会えて——本当に良かった」
リーナの言葉は飾り気がなく、だからこそ胸に響いた。
「俺もだよ。リーナに出会えて、この世界で生きていこうと思えた」
リーナは嬉しそうに笑った。太陽のような笑顔だった。
道中で修繕した綻びの経験値に加え、四つの鍵がもたらした【世界修繕】のスキルが、レベル上昇を加速させていた。
しかし、時間は残り少ない。
先史文明の番人が言った「一年以内」の期限。既にそのうちの半年以上が過ぎている。封印の劣化は進み、世界各地で新たな綻びの発生が報告されていた。
古戦場に到着する頃には、レベルは十五に到達しているだろうか。柏木には確信がなかった。
しかし、やるしかない。
古戦場へ向かう最後の行程で、柏木たちは予想外の事態に直面した。
古戦場の外縁部が、以前来た時よりも大幅に瘴気に覆われていた。巨大な綻び——メインの綻びが急速に拡大しているのだ。以前は長さ三十メートルだったものが、今は五十メートルを超えているという報告があった。
「封印の劣化が加速しています」
セリアが計測器で瘴気の濃度を測りながら言った。声には焦りがにじんでいた。
「このペースだと、期限の一年より早く——あと二、三ヶ月で臨界点に達するかもしれません」
「二、三ヶ月……」
柏木は拳を握った。時間がない。
古戦場の外縁部を進む間にも、瘴気に汚染された魔物が次々と襲いかかってきた。虚影の兵士も現れた。以前ヴァルデの森で遭遇した時は一体だったが、今回は三体同時だ。
しかし、柏木たちは以前とは比較にならないほど強くなっていた。
リーナは一体を単独で撃破し、マルクスがもう一体を抑えている間に、柏木が瘴気を浄化して実体化させ、セリアの魔法で止めを刺した。
三体の虚影の兵士を、五分で全滅させた。
そして——戦闘の経験値が、柏木のレベルを押し上げた。
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レベル15到達
スキル更新:
【修繕術】Lv.14
【世界修繕】Lv.3
全スキル強化
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「レベル十五……到達した」
柏木は自分のステータスを確認し、深く息を吐いた。
封印の修繕に必要な最低レベル。ここまで来た。ブランデルの鍛冶場で最初の短剣を直してから、半年以上が経っていた。
「おめでとう、リョウイチさん」
リーナが微笑んだ。
「まだ早い。直してからにしてくれ」
「ですね。でも——きっとできます」
四人は、古戦場の中心部——地下遺跡の入口に向かった。
遺跡の入口は、以前と変わらない場所にあった。しかし、周囲の瘴気は格段に濃くなっていた。柏木が常時【瘴気浄化】を展開しながらでないと、一分と持たない濃度だ。
石段を降り、通路を進む。壁面の先史文明の文字が、以前よりも明るく光っていた。封印の劣化を感知して、警告を発しているのかもしれない。
最深部の半球状空間に辿り着いた。
巨大な結晶体——世界の結び目は、以前よりも状態が悪化していた。表面のひび割れは広がり、紫色の光が以前よりも激しく漏れ出している。結晶体の周囲の空間は大きく歪み、小さな綻びが無数に生じていた。
【鑑定眼】で確認する。
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対象:世界の結び目
状態:封印崩壊寸前
損傷度:78%(前回: 65%)
崩壊予測:約47日
修繕難易度:修繕術 Lv.15以上 + 四つの鍵
修繕可能:はい(条件付き)
条件:四つの鍵を結晶体に嵌め込み、
封印の基礎構造を復元した上で、
【世界修繕】による全面的な修繕を行うこと。
なお、修繕中に虚無の王による妨害が予測される。
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崩壊まで四十七日。猶予は残り少ない。
「修繕を始める。だが、その前に——」
柏木は仲間を見回した。
「虚無の王が妨害してくる。修繕中の俺は無防備だ。守ってもらわなきゃならない」
マルクスが大剣を肩に担いだ。
「それが俺の仕事だ。どんなのが来ようが、お前のところには通さん」
リーナが「暁光」を構えた。
「私も。絶対に守ります」
セリアが魔導書を開いた。
「魔力共鳴で最大出力のサポートをします。それと、防御結界も展開します」
柏木は頷いた。
これが、最後の修繕だ。




