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綻びを繕う者 ~三十五歳の設備保全員、異世界で唯一の修繕師になる~  作者: のむ


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第十一章 四つの鍵

王都に戻った柏木たちは、アリシア王女に全てを報告した。

 虚無の王の存在。封印の劣化。一年のタイムリミット。四つの鍵。

 王城の東の塔にある王女の執務室で、柏木は番人から聞いた言葉を一言も漏らさず伝えた。リーナ、セリア、マルクスの三人も、補足を交えながら柏木の報告を裏付けた。

 アリシアは報告を聞き終えると、しばらく窓の外を見つめていた。地図の上に散らばる赤い点——綻びの位置を示す印——が、彼女の視界に入っていたはずだ。やがて、振り返って言った。

 「遠征計画を全面的に書き換えます。四つの鍵の探索と回収を最優先任務とし、その過程で可能な限り綻びの修繕も行う。柏木殿のレベルアップも並行して進めなければなりません」

 「鍵の場所の手がかりは?」

 「先史文明の遺跡に関する文献を学院で徹底的に洗い出します。大陸の東西南北に一つずつということは、ある程度の絞り込みが可能なはずです」

 セリアが学院の資料室に籠り、三日間不眠不休で文献を調査した。柏木は心配して二度差し入れを持っていったが、セリアは「研究者にとって最大の苦行は、情報があるのに調べられないことです。今は情報が目の前にある。これ以上の幸せはありません」と言い切って、差し入れの茶だけ受け取り、すぐに文献の山に戻っていった。

 三日後、セリアは目の下に深い隈をこしらえながらも、四つの鍵の候補地を特定した。

 東の鍵:大陸東端の「嘆きの海岸」にある海底遺跡。

 西の鍵:大陸西方の「永遠の砂漠」にあるオアシス遺跡。

 南の鍵:南方の「翡翠の密林」にある樹上遺跡。

 北の鍵:北方の「凍てつく山脈」にある氷の遺跡。

 「どれも辺境の危険地帯ですね」

 リーナが地図を見て呟いた。

 「当然だ。先史文明が重要な鍵を隠すなら、簡単には辿り着けない場所を選ぶ」

 マルクスが言った。

 「ルートを決めよう」

 柏木が地図を指でなぞった。

 「王都から最も近いのは南の翡翠の密林。次に東の嘆きの海岸、西の永遠の砂漠、最後に北の凍てつく山脈。この順番で回れば、途中の綻びも修繕しながら進める」

 「賛成です。南から始めましょう」


 出発前の一週間、四人は入念に準備を行った。

 柏木は学院の図書館に通い、先史文明の遺跡に関する文献を読み漁った。セリアの翻訳を借りながら、古代の魔法技術や次元間理論について理解を深めた。

 「先史文明は、今の文明よりもはるかに高度な魔法技術を持っていたんだな」

 「はい。しかし、その文明は虚無の王との戦いで滅びました。技術力だけでは、世界を守れなかったということです」

 「技術力だけじゃ足りない、か」

 「ええ。彼らに足りなかったのは——もしかすると、あなたのような人だったのかもしれません」

 「俺?」

 「壊れたものに共感し、その声を聞ける人。力で押し潰すのではなく、寄り添って直す人。先史文明の大魔法使いたちは、圧倒的な力で虚無の王を封じた。しかし、力による封印は不完全だった。あなたの修繕——共感による修繕なら、もっと完全な封印ができるかもしれない」

 セリアの言葉は、柏木の胸に深く残った。

 リーナは学院の訓練場で、毎日剣の稽古に明け暮れた。学院の教官から上級者向けの技を教わり、暁光の扱いにさらに磨きをかけた。

 マルクスは遠征の行軍計画を練り、必要な物資のリストを作成した。元騎士団中隊長としての経験が、ここで存分に発掮された。食料、水、薬品、野営道具、予備の武器——漏れのない準備が、遠征の成否を左右する。

 「俺が現役の頃、遠征で一番多い死因は戦闘じゃなくて飢えと病気だった。準備を怠る者が死ぬ。それだけの話だ」

 マルクスの言葉には、実戦に裏打ちされた重みがあった。


 アリシア王女は、遠征に必要な物資と護衛を手配してくれた。さらに、各地の領主への通行許可状と、冒険者ギルドへの協力依頼状も発行された。

 出発の前日、アリシアは柏木を個人的に呼び出した。

 「柏木殿。一つ、お伝えしておくことがあります」

 アリシアの表情は硬かった。

 「ヴィクトル・レーヴェン侯爵が、独自の動きを見せています。彼は私の特別対策班に対抗して、貴族連合の綻び対策委員会を設立しました。表向きは協力を謳っていますが、実態は——」

 「修繕の利権を確保しようとしている?」

 「はい。そして、柏木殿の能力を彼らの管理下に置くことも狙っています。遠征中にヴィクトル卿の息のかかった者が近づいてくるかもしれません。注意してください」

 「わかりました」

 「もう一つ。兄——第一王子フリードリヒも、この件を快く思っていません。兄は現状維持派で、綻び問題に王室が積極的に関与することに反対しています。国内の政治情勢は複雑です」

 柏木は頭を掻いた。

 「やっぱり政治は面倒だ」

 アリシアは初めて見せる弱い笑みを浮かべた。

 「面倒です。でも、避けて通れない。私が政治面を守りますから、柏木殿は——」

 「壊れたものを直す。それだけに集中する」

 「はい。お願いします」


 翌朝、四人は王都を出発した。

 南方の翡翠の密林まで、馬車と徒歩で十日ほどの道のりだ。途中、いくつかの町で綻びの修繕を行い、柏木のレベルは十に到達した。

お読みいただきありがとうございました!

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