第十章 地下遺跡と世界の秘密
ラインフェルト伯爵領での修繕を終えた一行は、三つ目の目的地である大陸中央の廃鉱山に向かった。
しかし、途中で予定を変更することになった。セリアが王都の学院から緊急の連絡を受けたのだ。
「大陸中央のエルデンの古戦場——最初の綻びが発生した場所の地下に、古代遺跡が発見されたそうです。遺跡の中に、綻びに関する重要な記録がある可能性があると」
「古代遺跡?」
「この世界には、現在の文明よりも遥か以前に存在した先史文明の遺跡が各地に点在しています。その多くは未解読ですが、先史文明は現在よりも高度な魔法技術を持っていたと考えられています。綻びのメカニズムの手がかりが得られるかもしれません」
柏木たちはルートを変更し、エルデンの古戦場へ向かった。
エルデンの古戦場は、大陸の中央に位置する広大な荒野だった。
数百年前にこの地で大規模な戦争があり、おびただしい魔力が消費された。その名残で、今でも空気中の魔力濃度が異常に高い。そして三十年前、ここに最初の綻びが現れた。
現在、古戦場の中心部には大規模な綻びが存在する。長さ三十メートルを超える巨大な亀裂で、周囲数キロメートルが瘴気に覆われている。人が近づくことすらできない、最も危険な綻びだ。
その外縁部で、学院の調査隊が地下遺跡の入口を発見していた。
一行が到着すると、学院の調査隊長が出迎えた。
「セリア研究員、お待ちしておりました。遺跡の入口はこちらです」
地面に開いた穴から、石段が地下に続いている。壁面には見たことのない文字が刻まれており、淡い光を放っていた。
「先史文明の魔法文字ですね。まだ完全には解読されていませんが、一部は読めます」
セリアが壁面の文字を指でなぞった。
「『この地の下に……封印を……守りし者の……』——完全には読めませんが、何かの封印に関する記述のようです」
柏木は【鑑定眼】を壁面の文字に向けた。
すると、通常では読めない文字が、柏木の脳内で翻訳された。修繕師のスキル——壊れたもの、失われたものを「元に戻す」力が、失われた言語の解読にも適用されたのだろうか。
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碑文解読:
「この地の下に、世界の基盤たる大封印を設く。
万物を繋ぐ糸の結び目を守りし者の墓所なり。
封印が解かれし時、世界は綻び、虚無が這い出ずるだろう。
これを繕う者を待つ。終わりなき修繕の旅を歩む者を。」
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柏木は息を呑んだ。
「セリア。この碑文——全部読めた」
「え? 先史文明の文字を?」
「修繕師のスキルが翻訳してくれたらしい。内容は——」
柏木は碑文の内容を読み上げた。
セリアの目が見開かれた。
「世界の基盤たる大封印……。万物を繋ぐ糸の結び目……。封印が解かれし時、世界は綻ぶ——」
「三十年前に綻びが出現し始めたのは、この封印が解かれたからだということか」
「可能性は極めて高い。そして——『これを繕う者を待つ』。柏木さん、この碑文はあなたのことを予言しています」
「予言かどうかは知らないが、地下に何かがあるのは確かだ。行ってみよう」
石段を降りると、地下には広大な空間が広がっていた。
天井は高く、壁面は滑らかな石で覆われている。先史文明の魔法文字が至るところに刻まれ、青白い光を放っている。おかげで、松明がなくても視界は確保できた。
通路は一本道で、緩やかに下りながら奥へ続いている。所々に部屋があり、中には壊れた器具や朽ちた書物が残されていた。
柏木は【修繕術】で、朽ちかけた書物をいくつか修復した。紙が蘇り、先史文明の文字が鮮やかに浮かび上がる。
セリアがそれを読み解いていった。
「ここは、先史文明の魔法研究施設のようです。次元間の障壁——つまり、世界と世界を隔てる壁についての研究が行われていた。彼らはその障壁を『糸』と呼んでいます。世界を編み上げる糸——その糸が正しく編まれていれば、世界は安定する。しかし、糸がほつれれば——」
「世界が綻ぶ」
「はい。そして先史文明の人々は、糸のほつれを防ぐために大封印を施した。世界の糸が最も集中する場所——結び目——に封印を施し、糸がほつれないようにした。その封印がここにある」
一行はさらに奥へ進んだ。
途中、遺跡の守護者と思しき石像の兵士が動き出し、行く手を阻んだ。しかし先史文明の魔法文字で「修繕師」の資格を示すと——柏木の持つ修繕師のクラスが一種の鍵になっているようだった——石像は道を開けた。
最深部に辿り着いたとき、柏木たちは息を呑んだ。
巨大な半球状の空間。直径五十メートルはある。天井には星空のような光の粒が無数に瞬いている。
そして、空間の中央に——。
巨大な結晶体があった。
高さ三メートルほどの、淡い白色の結晶。しかし、その表面には無数のひび割れが走り、割れ目からは紫色の光が漏れ出している。結晶の周囲の空間が歪み、小さな綻びがいくつも生じていた。
【鑑定眼】が反応した。
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対象:世界の結び目
状態:封印崩壊中
損傷度:65%
備考:先史文明が設置した次元間封印の中核。
約30年前に外部からの干渉により損傷。
封印の劣化が進行しており、
世界全域に綻びが発生する原因となっている。
修繕難易度:修繕術 Lv.15以上
現在の修繕術レベル:Lv.8
修繕可能:いいえ(レベル不足)
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レベル十五。現在の二倍近い。
「これが……世界の綻びの根源か」
柏木は結晶体を見上げた。
「三十年前に外部からの干渉で損傷した。つまり、誰かがこの封印を壊そうとした」
「綻びの向こう側の存在ですね」セリアが推測した。「彼らは次元の壁の向こう側からこの封印に干渉し、亀裂を入れた。それが世界中の綻びの原因」
「封印を直せば、全ての綻びが止まる?」
「完全に修繕すれば、新たな綻びの発生は止まるでしょう。既存の綻びも、封印が回復すれば自然に閉じる可能性があります。ただし——」
セリアは柏木を見た。
「レベル十五。今のあなたにはまだ遠い」
「ああ。でも、目標ができた」
柏木は結晶体に手を伸ばした。直接触れるのは危険かもしれないが、構造を理解しておきたい。
指先が結晶体の表面に触れた瞬間——。
柏木の意識が飛んだ。
——白い空間の中にいた。
どこでもない場所。上も下もない。ただ白い光に包まれた空間。
目の前に、人影があった。
白いローブを纏った老人。長い白髪に、穏やかな目。しかし、その身体は半透明で、向こう側が透けて見える。
「修繕師か。ようやく来たな」
老人の声は穏やかだった。
「あなたは……」
「わしは、この封印の番人だった者の残留思念だ。二千年前——先史文明が滅びる前に、ここに留まった」
「先史文明は、なぜ滅んだのですか」
「虚無の王に敗れたからだ」
虚無の王。その名を聞いた瞬間、柏木の脳裏にラインフェルトで聞いた声が蘇った。
「虚無の王とは——」
「次元の狭間に棲む存在だ。世界と世界の境界を食い荒らし、世界そのものを飲み込もうとする。二千年前、わしらは虚無の王と戦い、辛うじて封印した。しかし封印は完全ではなかった。虚無の王は封印の中で力を蓄え、三十年前、ついに封印を内側から破り始めた」
「綻びは、虚無の王が封印を破ろうとした結果……」
「その通りだ。封印が割れるたびに、世界の糸がほつれ、綻びが生じる。虚無の王が完全に封印を破れば、世界は糸の一本残らずほどけてしまうだろう」
柏木は拳を握りしめた。
「どうすれば止められますか」
「封印を修繕するしかない。しかし、ただ修繕するだけでは足りない。虚無の王が内側から干渉し続ける限り、修繕してもまた破られる。封印を修繕すると同時に、虚無の王を再度封じなければならない」
「どうやって?」
「かつてわしらは、五人の大魔法使いの力を結集して封印を施した。同等の力——あるいは、それに匹敵する修繕の力があれば、可能だ」
老人の姿が薄れ始めた。
「時間がない。封印は日に日に劣化している。このまま放置すれば、一年以内に完全に崩壊する。そうなれば——」
「一年……」
「修繕師よ。お前に世界の命運を背負わせることを、申し訳なく思う。だが、お前は世界が呼んだ者だ。お前にしかできないことがある」
老人の姿が完全に消える直前、最後の言葉が響いた。
「封印の鍵は四つ。大陸の東西南北に散らばっている。四つの鍵を集め、この場所に持ち帰れ。鍵を封印に嵌め直すことで、修繕の足がかりとなる」
白い空間が崩れ、柏木の意識が現実に戻った。
「——リョウイチさん! リョウイチさん!」
リーナの叫び声で目が覚めた。
柏木は結晶体の前に倒れていた。セリアが魔力回復の術をかけてくれている。
「どのくらい意識を失っていた?」
「二分ほどです。結晶体に触れた瞬間に倒れました。何があったんですか」
柏木は、白い空間で老人から聞いた話を全て伝えた。
虚無の王の存在。封印の劣化。一年以内のタイムリミット。四つの鍵。
聞き終えたセリアは、しばらく沈黙した後、口を開いた。
「辻褄が合います。全て、辻褄が合う。綻びの発生パターン、拡大速度、瘴気の性質——虚無の王という存在を仮定すれば、これまでの謎が全て説明できます」
マルクスは腕を組んだ。
「一年か。厳しいな」
「厳しいが、不可能じゃない」
柏木は立ち上がった。
「四つの鍵を集める。封印を修繕する。虚無の王を封じる。やることは明確だ」
「簡単に言ってくれるな」マルクスが苦笑した。「だが、そういう男が隊長なのは悪くない」
リーナが拳を握った。
「行きましょう。四つの鍵を探しに」
セリアが頷いた。
「アリシア王女に報告し、遠征計画を全面的に見直す必要があります。四つの鍵の手がかりを探すことが最優先です」
柏木たちは遺跡を後にした。世界の命運が、三十五歳の元設備保全員の肩にかかっている。途方もない話だ。しかし——。
壊れたものを直す。それだけは変わらない。相手が機械でも、剣でも、空間でも、世界の封印でも。柏木遼一にできるのは、ただ目の前の「壊れ」を直すことだけだ。
そして、その「だけ」が、今、世界を救う唯一の力だった。




