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第79話

 今日もなんとか作り笑いを保ってバイトの時間を乗り越えた私は、やっとの思いで家に着いた。


 もうすぐ夕飯どきだし、接客でそれなりにエネルギーを使ったはずなのに、まったくお腹が減らない。

 手だけ洗って、すぐにベッドに腰を下ろした。


「…………」


 静まり返った部屋の空気が、息苦しい。

 気を紛らわすように、無意味にテレビをつける。


 スマホの画面を確認しても、祥ちゃんからの連絡は相変わらずなかった。


 代わりに、千尋さんからのメッセージが届いていた。


『越智さんとのOB訪問、すごく有意義だったよ! 教えてもらったことを活かして、〇〇商事の内定もらえるように頑張る。美絵、本当にありがとう!』


 千尋さんの役に立てたことは、純粋に嬉しい。


『いつもお世話になってばかりなので、お礼です。就活応援してます!』


 返信をしたあと、最低限の礼儀として修平くんにもメッセージを入れておくべきだろうか、と思い立った。


『千尋さんのOB訪問、ご対応ありがとうございました』


 そう送ると、すぐに返信が来た。


『そういや、彼氏大丈夫だったの?』


(大丈夫じゃないけど……)


 そう思いながらも、波風を立てたくなくて『はい。気にしないでください』と返した。


 その直後、スマホが震えた。

 メッセージの返信かと思いきや、画面には着信の表示。


「……っ」


 ビックリして肩が跳ねる。

 また戸惑いながらも、電話に出た。


「……はい?」


『それ、絶対大丈夫じゃねーだろ』


 いきなりの一言に、面食らってしまった。

 図星を突かれて焦りつつも、やや語気を強めて言い返した。


「……ご心配ありがとうございます。でも、修平くんには関係ないことなので!」


『まあ、そうだけど。どうせ相変わらず肝心な話できてねーんだろうなと思って』


 見透かしたようにフッと笑われ、心に引っかかった。


 自覚はないけれど……修平くんと付き合っていたとき、私にそんなところがあったんだろうか。

 つい、聞いてみたくなってしまう。

 私の身近にいる優しい人たち――祥ちゃんや、親友のいずみ――は、きっと私を気遣って、言葉をオブラートに包んでくれる。

 でも、この修平くんなら、痛いところをストレートに突いてくれそうな気がしたのだ。


 今はキツくてもいいから、客観的で、正直な意見がほしかった。


「あの……私のダメそうなところ、わかれば教えてください」


『……はい?』


「なんか、わかってるのかなと思って……違ったらいいんですけど」


 そう言うと、修平くんは電話の向こうでしばらく黙り、やがて呆れたように話し出した。


『お前さ。必要以上に自分を下げて、勝手に相手の気持ち決めつけたりしてね? 向こうの気持ち、ちゃんと聞いてんの?』


「…………っ」


 的確すぎて、何も言い返せない。

 すると彼は、沈黙の理由まで察したように重ねる。


『あ。今「聞こうとしなかった私、最低」とか思ってるだろ』


「……エスパーですか?」


 思わず目を見開いて呟くと、電話越しに声を出して笑われた。


『反省は後でいいから。一緒にいたいんだったら、自己完結しないでちゃんと聞け。言ってもらえなかったら、言ってもらえるような努力しろ』


「……相変わらず、厳しいですね」


 痛い指摘への感謝と恥ずかしさを滲ませながら言った。


『お前の先輩に協力もしたし、六年越しの文句くらい言ってもいいだろ』


「……六年越しの文句?」


『……お前、俺と付き合ってるとき、一度も自分から連絡してこなかったよ。自分の気持ちも、最後まで言わなかったし』


 はっきりとは覚えていないけれど、中学生で付き合い方がわからなかったとはいえ、酷いな私……と反省する。


 私なりに好きな気持ちは、多少なりともあったとは思うけれど。

 それは今更、言わないでおこう。


「……話せてよかったです。色々なご助言、ありがとうございます」


 素直にお礼を伝えると、修平くんは少しトーンを落として言った。


『おー。じゃあ、もう連絡すんなよ』


「? はい」


 平然と返事をしたら、『即答すぎて失礼だろ』とまた笑われた。


『……じゃあな』


「……はい。ありがとうございました」


 通話を切り、スマホをベッドに置く。


 修平くんに対して未練があったわけではないけれど、心のどこかにあった長年のモヤモヤのようなものが、綺麗に晴れた気がした。


『自己完結しないでちゃんと聞け。言ってもらえなかったら、言ってもらえるような努力しろ』


 その一言が、ストンと胸に落ちる。


 さっきまで、「祥ちゃんに嫌われたかもしれない」と地獄みたいな気分で殻に閉じこもっていた。

 「幻滅されるかも」「嫌われるかも」と、半ば彼の気持ちを決めつけて怖がっていた自分に、改めて気づかされた。

 今は不思議と、自分が傷つくかどうかではなく、「他の誰でもない、祥ちゃんの気持ちを聞きたいんだ」と前向きになれた。


 お腹の虫が、小さく鳴った。

 私は立ち上がり、ごはんを食べて、お風呂に入った。


 その夜は久しぶりに、ゆっくりと深い眠りにつくことができた。

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