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第69話

 誕生日の美絵も、ずっと可愛かった。


 何度も思うことだが、彼女の二十歳を隣で祝えるのが自分だなんて、中学生の自分が知ったら、文字通りひっくり返って驚くに違いない。


 一緒にいられる幸せを改めて噛み締め、これからも大切にしていこうと胸に刻む。


 美絵にも伝えた通り、僕は教師の道に進むことを決めた。

 彼女を守れる一人の男として自立するために、ここからしっかり頑張っていこうと決意を新たにしていた。


 ◇


 今日はキャンパスに来ている。

 美絵の授業が終わるのを待って、お互いバイトに向かうまでの隙間時間を一緒に過ごす予定だ。


『カフェテリアにいるよ』


 空いている丸テーブルの席につき、メッセージを送っておいた。


 教職課程の課題を進めようとノートに向かっていると、「お疲れっ」と頭上から声をかけられた。


 見上げると、今年から同じクラスになった志乃しのがいた。


「おお。お疲れ」


 彼女とは先日、クラスの親睦会で隣の席になり、そこで初めて会話した。


 彼女も教師を目指しているのだが、「一般企業に勤める経験がないまま、社会に出ていく子供たちを導くことができるのか?」という懸念を抱いているらしく、卒業してすぐ教師になるか、まずは企業で社会経験を積んでからにするかで迷っていると話していた。

 僕は気づいていなかったような深いところまで考えていることに感心した。


 それ以降、キャンパスで会った時などに少し情報交換をする仲になっている。


 志乃が「ここいい?」と横の椅子に座った。


「あの授業の課題、こうらしいね」「そうなんだ」など、軽いやりとりをする。

 彼女は性格がさっぱりしていて、男友達と話しているように気楽でいられる雰囲気の子だ。


 ふと視線を上げたら、入り口から美絵が歩いてくるのが見えた。


 彼女の姿を見つけると、いつも反射的に顔が綻んでしまうのを自覚している。


 だが、その顔は少し曇っていた。


(……女子と一緒にいるからか? あとで、ただのクラスメイトだとちゃんと説明しておこう……)


 志乃も、近づいてくる美絵の存在に気づいた。


「あ、彼女さん……だよね? こんにちは!」


 控えめに微笑んだ美絵が「こんにちは」と小さく会釈を返すと、志乃はすぐに立ち上がった。


「それじゃあ。私、行くね」


 邪魔をしないようにと気遣ったのか、足早にその場を立ち去ろうとする。


 そのとき、テーブルの上に志乃のテキストが置きっぱなしになっているのに気がついた。


「あ、志乃。忘れてる」


 僕がテキストを差し出すと、「あー危ない! ありがとう」と笑いながら受け取り、「またね」とひらひらと手を振って去っていった。


 美絵と二人きりになる。

 向かいに座った彼女は、やはり曇り顔のままだ。


「……同じクラスの人? 篠……なにさん?」


 少し遠慮がちな声で尋ねられる。


「……あ、『志乃』は下の名前で。苗字は『伊藤』なんだけど、クラスに伊藤がもう一人いて……みんなから下の名前で呼ばれてる」


 そう説明すると、美絵は小さく「名前で呼んでるんだ」と呟き、視線を落とした。


「……美絵もサークルの男子とか、名前で呼んでる人もいるし、あんまり気にしないかなと思ったんだけど……」


 沈んだ反応に少し焦って、つい言い訳のような口調になってしまった。


「うん……そうだよね」


 力なく返され、二人の間に気まずい沈黙が流れる。


「……美絵?」


「…………」


「……志乃も教師目指してて、教職課程のこととか詳しくて、色々と教えてくれてるだけだからね」


 慌ててフォローすると、美絵は小さな笑顔をつくった。


「あ……うん。大丈夫だよ」


 なんだろう。

 以前なら、もっと素直に、軽い感じでやきもちを焼いたり不満を伝えてくれたりしていた気がする。


 最近は、気になって問いかけても『なんでもない』とか『大丈夫』という言葉で、自分を納得させているように見えることが増えた。

 僕としては、溜め込まずに何でも言ってくれたほうがいいのだけれど――。

 知らず知らずのうちに何か無理をさせていないか、心配になる。


「……私、もうバイト行くね」


 まだ会えたばかりなのに、彼女はそう言って立ち上がった。


「……あ、わかった。……いってらっしゃい」


 そのまま、急ぎ足でカフェテリアを出て行ってしまった。


 明らかに「大丈夫」じゃなさそうだったけれど――バイトに行くというのを引き留めるわけにもいかず、ただ見送ることしかできなかった。


 遠ざかっていく美絵の小さな背中を見つめる。

 胸の奥に、じわじわと嫌な不安が広がっていくのを感じていた。



 しばらくして、僕もバイト先のファミレスへと向かった。


 バックヤードに着いても、やはりさっきの様子が頭から離れない。

 ロッカーの前でスマホを取り出し、『バイトのあと、少し話せる?』とだけメッセージを送っておいた。


 画面を閉じ、ふうっと深呼吸して、なんとか気持ちを入れ替える。

 制服に着替え、喧騒が渦巻く店内へと出て行った。

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