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第63話

 バレンタインから数日が過ぎた頃。


 私は、最後のテストが終わった解放感も手伝って、美容院で鎖骨下まで伸びていた髪を肩のラインまでばっさりと切ってもらっていた。

 床に落ちた自分の髪を見つめながら、頭も、そして少しだけ沈んでいた気持ちも、ふっと軽くなったような気がした。


 今日はこれからキャンパスに向かい、最後のレポート課題を提出して、いずみと会う予定だ。


 ◇


 無事に課題を提出し終え、待ち合わせのサークル部室のドアを開けると、先に着いていたいずみが、パッと顔を上げた。


「お疲れーっ!」


「いずみは今日が最後だったんだよね。お疲れさま!」


「うん、やっと解放された! ……ってか美絵、髪切ってる〜! かわい〜!」


 駆け寄ってきて私の髪を触るいずみに「へへ、ありがとう」と笑い返す。



 部室には私たち二人しかおらず、持ち寄ったお菓子を広げてのお喋りが始まった。


 ホワイトボードには『一年お疲れ様でした! バレーを観に行こう!』と、来週末のスポーツ観戦イベントの告知がデカデカと書かれている。


「ねえ、美絵。あれ行けるのー?」


 ポテトチップスをかじりながらいずみが指差した。


「うーん……バイトは入ってないんだけどね。どうしようかな」


 祥ちゃんは少年野球のコーチのバイトが忙しくなるらしく、不参加だと言っていた。

 私が決めかねて曖昧に返事をすると、いずみは少し心配そうな顔になった。


「……バレンタインのこと、まだ引きずってる? だからあんまり遊ぶ気になれないとか」


「えっ……」


 彼女には、あの日祥ちゃんの部屋で起きた『クラスの子からの義理チョコ(多分本命)事件』を軽く相談していた。

 結局あのチョコは、翌日丁重にお返ししたらしいけれど。


 それでも、私の中に芽生えた『祥ちゃんは、彼女がいてもアプローチされるのか……』というモヤモヤは、完全には消え去っていなかった。


「うーん、そうなのかな……」


 自分でもはっきりとしない気持ちを持て余している。



 その時。

 突然、ガチャ、と乱暴に部室のドアが開いた。


「おー! お疲れー! 二人ともテスト終わったー?」


 入ってきたのは、見慣れた大きなリュックを背負った正人くんだった。


「終わったよー! まさとんも?」


「おうよー! 二年以降にヘマして単位落としてもいいように、今年めっちゃ多めに取ったからマジで疲れたわー!」


 ドサッと大袈裟な音を立て、「うちの大学、試験日程ほんと長いよなー」とぼやきながら、ソファに座り込む。

 そして、私の方を見てパチリと瞬きをした。


「あれ? ヨッシー、髪切った?」

「うん。さっき切ってきたの」

「おー、似合ってんじゃん!」


 そう褒めてくれたあと、「あ。そういや」と、何かを思い出したようにポンと手を打った。


「祥太郎は明後日が最後のテストだってな。俺は取ってない授業のやつだけど。あいつ、テスト終わってもコーチのバイトで忙しいらしいけど……ヨッシーを不満にさせたりしてないかー?」


 明るく茶化すような問いかけに、不意を突かれた。


(忙しいことで不安を感じてるわけじゃないんだけどね……)


 心の中でそっと呟きながら、「あっ、うん! 大丈夫だよ」と笑顔をつくって返す。


 けれど、彼は私の表情から何かを感じ取ったらしい。

「んんっ?」と目を細めたかと思うと、数秒間何かを考え込んだあと、勢いよく立ち上がった。


「よし! 二人とも、今日このあと予定あるか?」


「二人でご飯行こうかって軽く話してたけど」


 いずみが答える。


「じゃあ、今から三人で飲みに行こうぜ!」


 正人くんは親指でクイッと出口のドアを指した。


「えっ、今から!?」


 驚いて時計を見ると、まだ夕方の四時台だ。


「五時になれば、駅前のどっかは開いてるっしょ! ほら、行こうぜー!」


 強引な彼のペースに巻き込まれ、私たちは慌ててお菓子のゴミを片付け、鞄をひっつかんで部室を後にした。

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