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第57話

 彼の隣で目覚めてからずっと、甘い余韻の中にいるようだった。


 爽やかに晴れ渡った朝。

 誕生日の主役であるはずの祥ちゃんが作ってくれた朝食で、幸せいっぱいの一日は幕を開けた。


 昨晩コンビニで買った食パンをトーストして、手際よくバターを塗る。

 その上に目玉焼きとカリカリのベーコンを乗せ、仕上げに塩コショウをパラリ。


「簡単なものだけど、どうぞ」


 そう言って差し出してくれたのは、シンプルだけど食欲をそそる香りが漂うワンプレート。


「祥ちゃん、料理できるんだね」


「えっ、いやいや。安くて簡単で、それなりに栄養が取れるものなら、自分用にたまに作るってだけ」


 実家にいた頃は台所に立つことなんてなかったらしいけれど、バイト先のファミレスで人手不足のときにキッチンを手伝わされるうち、自然と抵抗がなくなったのだという。


「……美味しーい」


 サクッとしたトーストと卵のまろやかさが、口いっぱいに広がる。


 私も、自分のための適当な自炊くらいはしているけれど、今度、手間暇かけた特別なものを彼に作ってあげたいと心に決めた。

 なんだかずっと、私のほうが幸せをもらってばかりな気がするから。


 食後には、祥ちゃんが自分用にブラックコーヒー、私用にカフェラテを淹れてくれた。

 ふと思い立って、彼のマグカップから一口だけもらう。


「……あれ?」


 ブラック特有の苦味はいまだに得意じゃないはずなのに、不思議と「これなら好きになれるかも」という予感がした。


「これは酸味が少なくて苦いタイプかな。探してみたら、美絵の好きなブラックが見つかるかもよ」


 そう教えてくれる大人っぽさに、また少しだけ背伸びをしたくなる。


 ◇


 誕生日デートの行き先は、祥ちゃんの希望に合わせようと思っていたのだけれど。

 提案されたのは、家でくつろいだり、近隣を散策する「まったりデート」だった。


 朝、確認された時は「大丈夫だよ」と答えたけれど――もしかすると、初めての夜を過ごした私の身体を気遣ってくれたのかもしれない。

 ……そう気づくと、なんだか顔が熱くなった。


 昼過ぎまでは、懐かしい曲を流して「これ、流行ってたよね」と話したり、昨晩のトランプの続きをやったりして、家でのんびりした。


 その後、遅めのランチをとるために、前から気になっていた近所のカフェへ向かった。

 植物に囲まれたお洒落な空間。

 二人が選んだオムライスは、卵がふわふわですごく美味しくて、「また来よう!」と約束した。


 店を出た後は、スーパーに立ち寄った。

 祥ちゃんは生クリームがそんなに得意ではないらしいので、誕生日ケーキの代わりになる何かを買おうと思ったのだ。

 けれど、冷蔵ケースに並ぶ焼きそばの麺を見た彼が「急に食べたくなった」と呟いたのをきっかけに、夕食は一緒に焼きそばを作ることにした。


 狭いキッチンに並び、野菜を切る。


(なんか……夫婦みたい)


 そんなことを考えて、勝手に照れてしまった。


 小学校低学年の時、転んで顔が血だらけになった私を見てお父さんが気を失った笑い話。

 五つ下の弟のことを「野球やってるよ」「なんだかんだ可愛いんだよなー」と目を細めて語る祥ちゃんの横顔。

 お互いのルーツに触れるたび、心の距離がさらに一歩、近づいていくような気がした。


 ◇


 明日は二人とも朝からバイトのため、夕食をとったあとは早めに祥ちゃんが家まで送ってくれた。

 昨晩から今日にかけて、私たちはこれまでで一番長く一緒にいた。


「……今までで一番幸せな誕生日だった」


 帰り道、繋いだ手に力を込めながら祥ちゃんが言ってくれたとき、私の幸せもまた最高値を更新した。


 マンションに着く。

 いつもならエントランスの前で「バイバイ」なのに、今日は少しだけ違った。


「……部屋まで送っていい?」


「……うん」


 玄関の扉を開けるとすぐ。

 寂しさが込み上げてぎゅっとしがみつくと、彼は大きな両手で私の頬をそっと持ち上げ、大切にキスをしてくれた。


 ゆっくりと唇が離れ、祥ちゃんは私の肩にこつんと頭を乗せて、消え入りそうな声で呟いた。


「……離れたくないな」


 いつもなら私が言う台詞を今夜は彼が口にしたことに、つい舞い上がってしまう。


「じゃあ……本当に離れられなくなる前に、帰るわ」


 自分に言い聞かせるように苦笑いして、「戸締まりしっかりね。おやすみ」と、甘い熱を残して帰っていった。


 ◇


 週が明けて、月曜日。


 昨日は朝から夕方までのバイトのあと、家でゆっくり休んだはずなのだけど。

 なんだかまだ夢見心地でぼーっとしてしまい、午前中の授業はあまり集中できなかった。


 いずみとカフェテリアでランチをとっていると。


「んんっ!? ちょっと待って」


 彼女は急に言葉を止めて、世間話をしながらもどこか心ここにあらずの私をじっと凝視した。


「美絵、なんか……ピンク色のオーラが出てない!?」


「えっ!? な、なにそれ……!?」


 意味もなく自分の頭や顔を触って確かめながら、激しく動揺する。

 

(何が出てる!? 私、どんな顔してるの!?)


「ハッ! そういえば週末だったか……! 祥太郎くんの誕生日! ちょっと、何かあったの!? ……もしかして!?」


「…………!!」


 直球すぎる質問に、言葉が詰まる。


 二人きりで過ごした、特別な時間。

 彼の香り。低い声。触れた手のひらや、唇の熱。

 それらが次々と思い浮かび、頬が火照って、視線が泳いでしまう。


 観念して、恥じらいを隠せないまま、こくりと頷いた。


「……!! キャーーッ!!」


 いずみはテーブルの下で足をパタパタパタッと激しく鳴らし、ひとしきり悶絶したあと、私の両手をガシッと掴んだ。


「美絵…………先生!!」


「な、なに……先生って……」


 その瞳は、鋭く、かつ真剣に輝いていた。

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