第33話
アパートへの帰り道。
秋の虫が鳴き始めた夜道を一人歩きながら、僕は定食屋での自分の発言を反芻していた。
『初めて明かすのは、本人がいい』
正人の勢いに押されて、自然と口を突いて出た自分の言葉。
――それってつまり、彼女に「告白する」ってことだよな。
ただの同級生という安全な立ち位置を捨てて、自分の気持ちを相手に突きつけるということだ。
自覚した途端、心臓がドクンと重い音を立て、胃のあたりがキュッと縮み上がるような感覚に襲われた。
◇
その日の夜。
疲れているはずなのに、なかなか寝付けずにいた僕は、浅い眠りの中にいた。
夢の中の景色は、夕暮れの河川敷だった。
オレンジ色の光の中、僕は美絵と向かい合って立っている。
意を決して、ずっと胸に秘めていた想いを口にする。
『……好きだ。俺と、付き合ってほしい』
すると、美絵は少しだけ驚いたように目を丸くした後、ひどく困ったように眉を下げた。
そして、どこまでも優しく、残酷な声で口を開く。
『あ……ごめん』
夕風が、彼女の栗色の髪を揺らす。
『祥くんのことは、「同郷の同級生」としてすごく安心できるし、信頼してて。友達としては、すごく好きなんだけど……』
彼女は申し訳なさそうに視線を落とし、小さく首を横に振った。
『そういう、恋愛対象としては見られないの』
胸の奥が、冷たい氷水で満たされていく。
『……ごめんね、《《瀬川くん》》』
せっかく名前で呼んでくれるようになったはずの彼女の口から、再び他人行儀な『瀬川くん』という苗字がこぼれ落ちた瞬間――。
「――……っ!」
ハッと息を呑み、勢いよくベッドから跳ね起きた。
暗い部屋の中。
額にはびっしりと冷や汗が浮かび、心臓が警報のように早鐘を打っている。
荒い呼吸を整えながら、両手で顔を覆った。
……夢、か。
あまりにもリアルすぎる夢だった。
そして何より恐ろしいのは、あの返事が「絶対にありえない」とは言い切れないことだ。
彼女が僕に向けてくれる優しさや笑顔は、ただ「地元が同じで、昔から知っている信頼できる友達」に向けられたものだとしたら?
あの夢の通り、恋愛対象として見られていない可能性は、十二分にある。
「……告白、怖ええ……」
誰もいない部屋の暗闇に向かって、思わず本音がこぼれ落ちた。
今まで野球の試合でどんなピンチのマウンドに立っても、ここまで足がすくむことはなかったのに。
恋というものは、人をここまで臆病にさせるのか。
僕は自分の情けなさにため息をつきながら、再び重い頭を枕に沈め、タオルケットを頭から被った。




