9 ためしてみる
俺達は、その後、しばらく別れることにした。
「鏡をちょっと、加工してから渡したいんだよね」
「加工?」
「うん、レンタル工房で加工してから渡したいんだ」
そう言った俺に、ドリスは(友達だから呼び捨てでいいと言われた)ついて来ようとしたけれど、見られるわけにはいかないから、なんとか言いくるめ、後で会いに行くことを了承させる。
なんと、泊っているところはヤーマンさんの宿屋だった。
「ヤーマンさんのところだったら、姉ちゃんを迎えにいくから、ちょうどよかったよ」
そう言うと、まだ、うじうじしているドリスから、足早に離れた。
俺は、布に包んだ鏡を抱きしめながら進む。
あまり人がいない、でも治安の悪くない場所を探す。
そうは、言っても土地勘なんて、そこまでないから、角を曲がって立ち止まる。
ゆっくりと、角から今きた方向を覗く。
うん、もう、ドリスはいないみたいだ。
俺は、道を戻る。
結局、安全そうな場所は思いつかず、ヤーマンさんの宿屋へ戻ることにしたのだった。
「ふむ」
と、俺は声を出した。
馬の糞がかすかに匂う厩舎におれはいた。
使われていない、奥の部屋に隠れている。
ここなら、安全だろう。
そっとおいた鏡の包みの布をはがす。
さっき見たままの、暗い鏡面が出てくる。
俺は、優しくつかみ、集中する。
出店で使った魔力を、なでるようにと表現したら、今度は、深く自分の空間に取り入れる。
魔力の回路をじっくり確認して、それを自分の魔力を使ってコピーする。
理解できた。
それから、その鏡を、二つに割った。
もわっとした匂いに眉をひそめる。
体がちくちくしているような気がして、動き、目をまばたかせて気づく。
寝ていたみたいだ。
今日は、朝から街へきたり、路をうろうろ歩いたり。
普段と比べると、格段に歩いている。
体力が持たなかったんだな…。
急いで厩舎の出入り口を見る、まだ、入ってくる光は短く、眠っていたのは短い時間だとあたりをつけた。
体を軽くほろいて、俺は、その場所を出た。
喉が渇いたなと思い、井戸を拝借することにする。
裏庭にある、井戸から水を、力をいれて引きあげていると、急に軽くなる。
ひっぱていた鎖を見上げ、大きな手がそれをつかんでいるのに気づき、振り向く。
「ドリスー」
俺は、思わず手を離すが、ドリスはそのまま軽々とつるべを引き上げ、桶から柄杓に水を移すと、俺に手渡した。
「ありがとう」
俺は、ごくごくと水を飲み、ドリスの姿をまじまじと見る。
整った筋肉を堂々とだしている上半身裸のドリス。
「ルート殿、そんなに、力がいる加工だったのか?ずいぶん疲れているようだ。力仕事だったら、私にまかせてくれれば…」
ドリスは心配そうに、言う。
いや、加工に体力は、全く使っていない…。
俺はそれを、はぐらかすように聞く
「ドリスは、何してたの?」
「体を動かし足りないと思って、訓練をちょっとしていた」
そう言うと、俺が飲み終わった柄杓に、自分の水をくむとごくごく飲んだ。
「これから、最後に走ってこようかと思っていたんだ。すれ違いにならなくてよかった」
そう、微笑むドリスに、俺は負けた気になりながらも、さっき出てきたばかりの厩舎にに誘うのだった。
俺はそっっと、包みを開けた。
さっきと同じ厩舎の場所、藁の上に俺たちは向かい合って座っている。
「2枚になっているっ」
ドリスに俺は、1枚鏡を渡す。
そして、俺は残りの1枚を持ち、鏡に向かって問いかける。
「ドリス」
ん?と、ドリスは俺の顔をみるけれど、ちがう、と言って、鏡を見るように、指示する。
「ドリス」
俺はもう一度言う。
ドリスは、俺と同じように鏡をのぞきこむと、一瞬の間があいた後、
「っっわ!!」
と、毛が逆立ったかのように全身を震わせた。
「ちょっとー、落とさないでよね」
俺は、少しぷんぷんしながら言う。
さっき勝手についた、心の傷はまだ癒えていないのだ。
「ルート殿が、俺じゃなくて、ルート殿が、うつっている!」
大きな声に、厩舎にいる馬たちが、一斉に、騒がしくなる。
俺は、しー、と静かにするように注意する。
ドリスは、全身を縮こませるように小さくなって、上目遣いに俺を見てくる。
黒目が大きいドリスの、つやつやした目に、俺は悪いことをした気分になって「まぁ、びっくりするのも分かるけどさ」
とフォローしておく。
うんうん、とドリスは何度もうなずくと
「すごい!!」
さっきよりも小さい声でいう。
「ルート殿っ!すごいっ!!」
俺は、唇を、によによさせて、そうだろ、そうだよね。と、ドリスの称賛をおかわりする。
「でも、仕組みが分かれば簡単なんだけどさ」
俺は、鏡を裏返しながらいう。
「この、模様が魔力の回路なんだ、きっと、対になっている片割れが無くなってしまったから、鏡面が暗くなっているんじゃないかと思ったんだ」
俺は、ドリスが持っていた鏡を受け取ると、2枚並べて説明を続ける。
「だから、鏡を二枚に割って、模様がついていない面に、魔力の回路を同じように付けてみたんだ」
2枚に割った鏡は、手の平に乗るくらいの大きさになっている。
「そして、ちょっと周りをきれいに削って、裏面もきれいになっただろう?」
うんうん、うなずく、ドリスは、声をださないようにする為か、大きな両手を自分の口をふさぐようにしていて、少しかわいい。
「ほら、ここに、ちょっと、穴をあけといたから、紐でもつけてペンダントにでもしたらいいよ」
俺は、そう言うと、布の上に鏡を戻した。
ドリスは、両手で口を覆ったまま、俺に言う。
「こんなに、すごいものを、もらえない」
「え、ドリスが、お金を払ったんじゃないか」
今度は、ぶんぶんと音が出るくらいに、ドリスは横に首を振る。
「いや、小銀貨1枚の価値じゃない」
うん、まぁそれもそうかもなとは思う。
けれど
「それを言うんだったら、ドリスが俺を馬車から助けてくれたのは、すごい価値なんじゃないか?俺と、友達になったことだって、それは、価値じゃあ測れないけどさ」
俺は、気恥ずかしくなり、鏡の縁を触りながら続ける。
「しかも、これは失敗するか成功するかも分からなかったのに、ドリスは、俺にまかせてくれた…。それに、いちからは、作れなかったよ、元々の鏡がなければ、どうしていいか俺にも分からなかったし」
そして、それを買ったのはドリスだ。
俺は、2枚の鏡をドリスに渡そうと、持ち上げた。
ドリスは、おそるおそる俺から鏡を受け取る。
そう、いちからじゃぁ、造れなかった。
あの、回路…。
対象と、対象をつなげる命令がついていた。
でも、理解した。
そして俺は、また、作ることができるのだ。
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「はい、今日のおすすめです」
とん、とん、とん、とテーブルに湯気がまだでているスープパスタが勢いよく3皿おかれた。
俺は、まだ少しすいている食堂の、誰からも見られないような引っ込んだ席に座っていた。
「それと、パンと肉串です」
てきぱきと、給仕してくれているのは、俺の姉ちゃんだ。
全てを配膳し終わると、俺たちの席にとどまり、
「あの、本当に、すみません、うちの子までお世話になってしまって」
と、さっき何度も繰り返した言葉を言う。
「いえ、こちらが頼んだので、お気になさらず」
ドリスは、俺の前とはちがう、落ち着いた態度でこたえる。
まだ、姉ちゃんは何かを言おうとしたけれど、ちょうどお客さんが入ってきたから、ちいさく頭をさげて席を離れた。
「さぁ、いただこうか」
そう言ったのは、シルヴァン・フォーレース
ドリスの主だ。
光を放っているかのような、金髪は肩の下までのび、かたちの良い額から、高い鼻梁はまっすぐに線で描けるようだ。
白くほっそりとした指でフォークをつかみ、パスタをくぐらせる。
長いまつ毛が天井からの明かりで、濃く頬に影をつくり。
そして、薄い桃色の唇を小さく開けそっと口にいれると、小鳥のさえずりのようにあごは動くのだ。
そして、
「ん?」
グレーの瞳が、まっすぐに俺をみつめ、俺の視線に気づいたシルヴァン様は、尋ねるようにおれに微笑む。
「あ、…俺、こんな料理はじめて食べるから、どうやって食べるのかなと思って」
へへへ
俺は、そそくさと、フォークをもちパスタをからめる。
「ルート君の、好みを聞かずに勝手に頼んでしまったからね。食べられるかな?」
「はい、なんでも好きです」
俺の変な態度を、とがめることもなく優しく聞く。
ちらっと、ドリスを見る。
シルヴァン様に気づかれない位置で、すがるように目で圧をかけてきていた。
汗か、血か、魔力(唾液でも可)
さっきから、ずっと、頭の中で巡っている言葉をもう一度、心の中でつぶやく。
それが、欲しいだなんて言ったら、変態としか思われないよな…。
けれど、それが、俺がここに座ることになってしまった理由でもある。
「ルート殿、これは素晴らしいものだっ」
鏡を手に取り、しばらく無言の後、もう一度言うドリス。
でも、さっきの興奮はなりを潜め、深刻そうだった。
「これは、素晴らしいものだからこそ!主には、差し上げることができない」
「えっ?」
鏡を胸に抱え、落ち込んように頭をさげているドリスは、おおきいボールをイメージさせた。
しばし、とまどった後、ドリスは話はじめた。
「私が仕える、シルヴァン・フォーレース様は、複雑な環境におかれているんだ」
膝に顔をうずめたドリスからの声はくぐもり、注意してきかないと聞き取れないほどだったが、要するに。
シルヴァン様の第一夫人だったお母様は外国の出身の方だったが、もうお亡くなりになり、第二夫人は、この国の大貴族。国で長子が家を継ぐと定められているというのに、それをよく思わない周りが、あれやこれやと妨害してくるらしい。
時には、命を狙ってくることも…。
今回、王都に行くことも、詳しくは言えないが、人質のような形になるだろうと。
「そんな中、このような物を持っていたら、よくて取り上げられるか、または、反乱の疑いありと疑われてしまうかもしれないっ」
「買ったとかは?」
「私が、知る限り、この魔道具は、領主が一つ持っていたら自慢できるほどの物…そして、シルヴァン様には、そのような費用が用意できない環境…。疑われるのがおちだ」
うーん。俺も悩み、2人とも黙ってしまう。
ガタガタと強い風が厩舎をゆらす音だけが、その場を支配する。
「………道で歩いていて、馬車に轢かれそうだったのを助けた人がお礼にくれたって、本当のことを言ったら、ますます怪しいよねー」
なんとなく言うと、ドリスはうつむいていた顔を勢いよくあげ
「ルート殿!これは、隠しておくべきことですぞ。絶対に軽々しく人にいうべきことではない。悪い人に知られたら奴隷のように一生使われますぞ!」
俺は、ドリスの勢いに押され思わず身じろぐが、また馬がうるさくなったので、しー、とまた注意する。
「俺だって、人を見て判断しているからっ。大丈夫だよ」
ちょっと、照れて口に出すが、それには気づかず、ドリスは、興奮したまま、それならいいんですがね。と言った後、また顔を腕に伏せる。
…ま、いいんだけどさ。
俺は、ちょっとの恥ずかしさに蓋をするように考える。
うーん。
貴族の事は、よくわからないけれど、鏡を、ドリスが安心して渡せるようには考えれるんじゃないかと思う。
うーん。
路上に並べて売られていた状態の鏡を思い出す。
誰にも見向きもされない。
そうだ!
「ドリスとシルヴァン様しか使えなかったら誰にもバレないんじゃないかな?」
つい早口になってしまった俺の言葉に、顔をあげたドリスに言う。
「貴重だからだろ、貴重じゃないものになったらいいんだよ」
ドリスは、ぽかんとした顔で首をかしがるのだった。




