8 遊びかたが分からない
俺は胸ポケットにいれた小銅貨3枚をギュッと握っていた。
小銅貨1枚は100ゼニーだから、300ゼニーのお金を、もっているということだ。
ヤーマンさんにイノシシ肉を渡すと、今日も宿屋の手伝いをしてもらえないかと姉ちゃんが言われ、二つ返事で引き受けた姉ちゃんは、俺にお金を渡し、これで昼過ぎまで、遊んでおいでと言われて外に放り出されたのだった。
俺も手伝うと言おうかと思ったけれど、俺の体力だと、じゃまになるな、と思い素直に出てきたたわけだけど。
どうして、いいか分からず。
とりあえず、出店のある道を歩いているのだった。
馬車がすれちがえるくらいの道には、ぎゅうぎゅうと屋根だけのテントをった出店がつらなっている。
お祭りのせいか、いつもより、あきらかに混雑している。
時々しか、街に来ない俺は、目移りするような出店の商品を一歩引いてのぞくように見ていた。
俺の格好は、あまりいいとはいえないから、下手したら水をかけておいはらわれるかもしれないと思った。
そんな中、色とりどりの目を引く布地を、グラデーションのように立てかけてディスプレイしている店が道の向こう側にあった。
俺は思わず近づく。
姉ちゃんは、裁縫が好きなのだ。
綺麗な布でスカートを縫ったり、ゆったりとしたソファに座って、刺繡をしていたのを覚えている。
なにか、姉ちゃんに買えるものがないかと思った。
それにしても人が多い。
神へのまつりなら、教会で祈りをずっと、ささげておけばいいものを、なにをさわいでいるのだろう。
俺は、反対側にある出店に近づく
「ガンッ」
耳にいきなり響いた音と衝撃に驚き、体は一瞬にして固まる。
隣を勢いよく走っていく、馬車の通り過ぎる音と風が耳に響く。
舞い上がる砂埃に思わず目をつぶってしまった俺は、焦りながら体を、きつくしめているものをかんじながら、目を開けた。
「大丈夫か」
上から落ちてきた声を見上げたると、マントのフードをかぶっていても、この
距離ならはっきりと分かる。
黄褐色のなかの小さな黒目は俺をまっすぐに見つめ。丁寧に手入れされているとわかる顔を覆う灰色の髭。
俺がぼーとしていると、もう一度、問いかけられる。
「大丈夫か?馬車に当たる前には間に合ったと思ったんだがな」
下から見上げる、口からは鋭い犬歯がちらりと見える。
獣人だ。
俺は、急いで自分を立てなおす。
「大丈夫ですっ。助けていただたいて、ありがとうございますっ」
ずっと、もたれかかってしまっていた体の、足に力を入れて、その人に、きちんと向き合う。
さっきの馬車に俺が轢かれそうになっていたのを助けてくれたんだ!
中腰になっていた、その人も安心したように立ち上がると
「よかったな」
と、にこりと笑う。
その人の、体の影におれはすっぽりと、つつまれてしまう。
「あの馬車も、あんなに、飛ばさなくてもいいというのにな」
少し、顔をしかめて俺をなぐさめるように言う。
「いや、ちょっと気をぬいて歩いていました」
俺は、ぽりぽりと頬をかきながら答えた。
ここでは、貴族が庶民を、馬車でひいたって、なんの罪にはならない。
せいぜい、良い貴族だったら少しのお金がもらえるくらいだし、かえって、貴族の進みを邪魔したと、罰を与えられる時すらある。
庶民の命の価値は低いのだ。
少しのやりきれなさを俺から感じたのか、その人は雰囲気を変えるように
「ぼうず、おつかいか?」
少しずれた、薄茶色のマントのフードをなおしながら言う。
俺は、さっきの出来事の興奮がさめていなかったせいで、ぺらぺらと、姉ちゃんの仕事の終わりを待っていることを、話してしまう。
助けてもらったことも、あいまって心を許してしまったようだ。
遊ぶってなにをしたらいいんだろう、と俺のつぶやきを、あきれることなく聞いたその人は
「俺の買い物に、少しつきあってくれないか?」
よければと、付け足す。
「買い物?」
その人は、うなずいた。
ドリス・ブオク
その人は、そう名乗った。
思った通り狼の獣人だった。
でも、獣人だったら、尾があるんじゃと思った俺のぶしつけな目線に気づいたのか、尾は、けがをして動かなくなったから、服の下に隠していると言われた。
今、主人といっしょに王都に行く途中で、今までの感謝を込めて、なにかいいものがないかと思っていたという。
都会では、獣人への差別は、表立ってはないけれど、田舎の方はまだまだ、あからさまにあるそうだ。
獣人の自分を差別することなくつきあってくれた。
もう、10年の付き合いだと。
あまり、俺もお店には詳しくないんだけれど、と言ったけれど、、まぁ、ぶらぶらと見るだけだと言われ、喜んで付き合うことにした、が
「そうか、これは、そんな作用があるのか!」
目を輝かせ、今にも懐から財布をだそうとしているドリスの腕をひっぱって俺は、止めさせる。
ドリスは不思議そうな目で俺を見る。
キョトンとした目は、意外に幼さを感じ、そういえば姿に合わない18歳という年齢だったなと思う。
「また、いろいろ見てきます」
俺は、空気がよめていない子ども特有の元気さを演じ、そのままドリスを、その出店から動かした。
「どうしたんだ、ルート殿」
そそくさと、店から離れさせる俺に、とまどったように言う。
「にせものだよ」
俺は、前を向いたままつづける。
「だいたい、あんなところに魔道具があるはずないじやないか。店主が言っていたのは、子どもの占い道具みたいなものを、おおげさに言っているだけだよ」
俺は、言葉を選びながら答える。
「恋のキューピット!この鏡を満月の夜、月と自分を一緒に映したら、未来の恋人がみえるかも!」
なんて売り文句を、本当に信じてしまうやつがいるとは思わなかった。
「え、にせもの?」
ひっぱていた腕が重くなったのを感じ、振り向くと、ドリスさんのショックを受けたような顔がのぞいて……。
「実は、あまり、買い物というのはしたことがないのだ。行くと言っても武器や食料の店くらいで…こんなにも、世の中は、いろんな物が売っているのかと驚いていたのだが…」
シュンとした姿に、俺は悪いことをした気になった。
立ち止まってしまったドリスさんに俺はいいわけのように
「あの鏡だって、騙すだけってわけでもなくて、身だしなみを気にするようにさしむける意図だってあるだろうから…」
だんだんと尻つぼみになる俺の言葉。
俺ですら、姉ちゃんと出店を歩いてみたこともあるのに、ドリスは、そういうことがなかったという事とか、騙されたって、あんな、くもった鏡くらいドリスにとったらたいした値段じゃないんだろうから買わせたらよかったのかもとか、いろいろ考えてしまった。
そうだっ。
「ドリスさんは、魔道具が欲しいのか?」
物そのものより、売り文句の言葉にひかれていたのを思い出し言った。
「うむ、そうだな、俺、個人での魔道具は持っていないのだが、何度見ても、その不思議さに感嘆している」
ドリスは、自分の中にある感情を確かめるかのように考えながら答えた。
「よし、分かった。」
そう俺はいうとドリスさんをひっぱって歩き出した。
今日は、お祭りのせいもあり、玉石混交の出店が出ている。
さわがしい活気のある通りを俺は、ドリスさんの服の裾をつかみながら歩く。
しばらく歩き、中心から離れていくと、日よけの布すらつるしていない、道に布をしいて、商品をただ広げている店が並び始める。
中心から離れひっそりと広げているあたり、街からの許可も貰っていないもぐりの店だろう。
俺は、そこも一通り、通り過ぎると
「言うとおりにしてくれる?」
そう、ドリスさんにしか聞こえないように言う。とまどったように、うなずくドリスさんを確認して、少し道を戻る。
俺たちが店の前に止まると、ちらっと、地べたに座ったままのおじさんが見上げたが無言のままだった。
人形から、食器まで雑多の種類を並べたその店を、冷やかしのようにみながら、俺は、子どもらしく、その布の上に置かれている鏡を指して言った。
「これ、どうかなぁ、お姉ちゃんに?さわっても、いい?」
俺は、店主がうなずくのを見ると、しゃがみこみその鏡を両手で持ち上げた。
俺の手では、両手で丁寧に持ち上げなければ少し重いその鏡だが、ドリスの手だったら団扇のように持てるくらいの大きさ。
すっかり錆びていて彫られていた模様も分からなくなっているざらざらした背を軽くなで、鏡面にひっくり返した。
そこは、少しひび割れ真っ黒になり、反射すらなく、なにも映さない面があるだけだ。
「どうかなぁ。おじさん、いくら?」
「…10000ゼニー」
「えー高いよー。なにも映らないじゃないか」
俺がすねたように言うと、
「磨けば映るだろうし、つぶせば、ちょっとは金になる素材だろう」
少し酒臭い息をはきかけられ、俺は少し顔をしかめる。
このおじさん、もしかしてちょっとした鑑定持ちなのかもしれない。
俺は、えーとか、ぶつぶついいながら、立ち上がり、ドリスさんの目を見て言う。
「10000ゼニー、出せる?」
俺が、真剣な目をしたからか、ドリスさんは、とまどいながらも小銀貨1枚を払ってくれる。
「ん。」
店主は、そういってお金を受け取って俺は、持ってた布巾で鏡を包み両手で抱くように持ったのだった。
その店から歩き出し、距離をとれると、俺は深く息をすった。
少し、緊張していたのかもしれない。
とまどいながらも俺の後ろをついてきてくれるドリスさんを、振り返って見上げる。
「これ、きっと魔道具だよ」
流行り廃りというのが、どこの国にもあって、例えばさっきの、恋のキューピット鏡も、もとはと言えば、遠く離れた同士が鏡で連絡を取り合える魔道具が開発されて騒ぎになり、それを庶民は、子どものおもちゃとして、鏡の売り文句を考えたのがはじまりのようなものだった。
俺は、露店の商品を、薄く自分の魔力をまとわせて調べてみたのだ。
俺の空間にはいれば、その物がどういうものなのか分かるのではないかと思って。
実際には、その物の名前までは分からないけれど、魔力があるかどうかは気づけたし、それを回路のように意図的に、焼き付けているのが分かった。
俺は、この鏡に魔力がはいっているのが分かり、触ってよりよく調べてみると、背面にほどこされている回路はまだきれいにのこっていたのだ。
そして、なにも映らない鏡面を見て思いついたことがあった。
「魔力の存在がなんとなく分かるんだ」
ドリスさんが、買ってくれたパンを膝に置き、ジュースを手に持ち、市場の喧噪から少し離れた、川べりのベンチに俺たちは座っている。
鏡は、ドリスさんのマントに深いポケットが付いていたので、そこに入れてもらった。
「えっ!」
と、目をまんまるくするドリスさんに
「小さい子は、気づく子が多いらしいよ。一種の感かな、でも、成長すると自然に、なくなるみたいだけど。まぁ、秘密にしている家族がほとんどだけどね」
と、俺は嘘をついておく。
「そうなのかっ。子どもは純真だからなぁ。物に騙されずに、魔力がみえるのかなぁ。そんな子は狙われてしまうからな、かくすのは当然だ!」
感心したように言うドリスさんの隣で、俺はジュースをごくごく飲む。
やましさで、心が痛くなるのをごまかす。
「獣人は、魔法がつかえないからなぁ」
すこし悲し気に、ドリスさんは言った。
そう、獣人は魔法が使えない。
なぜか、ギフトが現れるのは人間ばかりだった。
「獣人は、でも、身体機能が段違いじゃないか」
俺は、話がそれたのを、助かったと思いながら話す。
「うーん。そこは、ギフトが現れる人間と、現れない人間がいるように、体の弱い獣人もいることはいるんだ…」
ちょっと、しょんぼりしてしまったドリスさんの気を、俺は気をそらそうとして言う。
「この鏡も、そのまま磨いて渡すのでもいいかもしれないけれど、ちょっと、試したいことがあって、買ってもらったんだ」
「試したいこと?」
ジュースを飲んで俺に問いかけるドリスさんの、まんまるな目から顔をそらし「お金、無駄になったら、ごめんね」
頭の中では、いけると思っていても、実際やるのは初めてだから、自分の勢いで、つい買わせてしまったけれど、いまさらながら不安になる。
「いい」
そう言い切ったドリスさんを見上げると、俺をみてにっこりと笑う。
「いいんだ。失敗しても、俺は、今日はじめてのことばかりした。出店をふらふら見ることも。友達と買い物を目的として歩くことも。こんな川べりで、のんびりジュースを飲むことも。ぜんぶ、はじめてだ」
そう言うと、川に目線を戻し、
「楽しいなぁ」
「友達?」
俺が、つい、言葉をだしてしまうと
「あ、いや、すまん。ずっと、人間を見てうらやましいなと、思っていたことだから、つい口にだしてしまった。困るよなぁー友達なんて」
あたふたたとしながら、大きい体を、しょんぼりとしたように縮めて言う。
「俺も、俺も、友達だったら、いいなと思う。年齢が違うから、ドリスさんの方が嫌なんじゃないかと思っていたんだ」
あせったように言う俺に、また、ぱちぱちと、ドリスさんは、まんまるく目を開けると。
「そうか、そうか!じゃぁ。今日は、はじめて友達と出かけた日だ」
そういうと、どちらからともなく、お互いのジュースのカップを軽くぶつけ、笑いあった。




