10 言うがやすし
「要は、この鏡を、ドリスとシルヴァン様しか使えないようにするんだ」
俺は、ドリスから、鏡をいったんかえしてもらって説明する。
「今、この回路は、持っている物を対象としてつないでいる」
俺は、背面にうかんでいる模様を触りながら言う。
「それに、条件をつけたせば、その条件を持っている人以外は発動しなくなる」
そう、なにか条件を。
その人しか持っていないものを条件にすれば…
「汗か、血か、魔力、かなぁ」
「俺には、魔力はない」
再び、しゅんとしそうなドリスにあわてて言う。
「大丈夫、汗か血で十分できると思う」
言っといて、あれ?大丈夫かな?と少し、疑問がでてくる。
なんせ、やったことがない。
理屈的には、できると思うのだが…
そもそも、このままじゃ渡せないのだ。
「ほんとうかっ!」
と、疑いのない目で俺を見つめるドリスに
「うん、まぁ、やってみようよ」
と気楽に答えたのだった。
でも、言うんじゃなかったなぁと、シルヴァン様と同じテーブルに座っている俺は、少し後悔している。
汗か、血か魔力(唾液でも可)と聞いて、一番もらえやすいのは、唾液だろうと、ドリスが言うから一緒にご飯を食べることになった。
あー、ご飯ねと、頭でまだ、いろいろな事を考えながらドリス言われるままについていき、待つようにいわれた場所で待っていると、そこは、宿の食堂で、姉ちゃんにはいろいろ聞かれるし、言い訳のように答えなきゃいけないし。
あー、なんだか少しめんどうになっちゃたかなぁと思っていたら。
シルヴァン様が目の前にいたのだった。
「ルート、こちらがシルヴァン様だ」
シルヴァン様は音もなく立っていた。
庶民的な食堂に、皆に忘れられて、ひっそりと置かれている観葉植物のように思えた。
「シルヴァン様、こちらがルートです」
俺は、急いで頭を下げる。
「ドリスが、お世話になったって聞いたよ」
おせわ?なんて話したんだよ。
俺は、詳しく話を合わせておかなかったことを後悔しつつ、えへへへと笑っておく。
「ドリスが、財布を持っていないことに気づかないまま注文した、ご飯を君にごちそうしてもらったって。
あやうく無銭飲食になるところを君に助けてもらい、お返しに夕ご飯を一緒に食べたいって」
他のお客さんからは見えない食堂の端の席に座りながら話す。
「ドリスがそんなこと言うのは、すごく、めずらしいんだ。誰か人の事を話すこともね」
シルヴァン様は、俺をさぐるように見てきた。
さぐられる覚えしかない俺はまた、えへへと笑っておく。
ドリスをチラッと見ると、てれたように笑っている。
てれる要素が、どこにあったんだよ。
あぁ、どうしよう。
地団駄ふみたくなるのを、足の指先を動かすだけでやめておく。
そして、注文を聞きにきた姉ちゃんに、ご迷惑おかけしないようにね、きれいに食べるようにねと、また何度も、何度もくぎを刺される。
それを、ほほえましく見られている俺。
なんてことだ!!
調べればむこうから教えてくれる魔法とちがって、人とのやり取りは、とんでもなく難しい!
俺は、頭をかきむしりそうになるのを、必死でおさえた。
「あ、ありがと」
お茶を木のコップにいれてくれたドリスにお礼をいう。
食事も、もう終わりそうだ。
飲み物は三人とも、ここら辺で普段から飲まれている、お茶をのんでいた。
繁殖力が強く、わさわさと生えてくる薬草を、軽く干してお湯で沸かす。香りづけ程度のお茶だ。
シルヴァン様は15歳で、あまりお酒は好きじゃないとのこと。
シルヴァン様は、野菜が好き。
自分で、畑を作り、薬草なども育てていて、学校には行かず家にある本で薬草術を勉強するのが楽しみらしい。
ここは明日、立つ予定とのこと。
俺は、ドリスと明日でお別れな事を、さみしがればいいのか、時間がないことを焦らなけれならないのか、感情が迷子になる。
ドリスが、シルヴァン様が使ったコップを目線で尋ねてくる。
いゃ、コップはダメだ、他の要素がまざっている。
木の成分、洗剤の成分があるような…
それは、でも俺の空間に取り入れて分けちゃえばいいのか?
いや、だめだ、なんとなく量も少ない気がする。
俺は、会話を、ほぼそっちのけで、シルヴァン様の口元をみる変態となっていた。
ぺっで、いいんだ。
ぺっ、ぺっで。
「ぺ?」
俺はいつの間にか、それを声にだしていようで、シルヴァン様が不思議そうに、動かした口元に、しまったと思い
「ぺ、ペースが速いですね」
「ペース?」
「ぺ、ペースっが、ドリスのペースが早いなぁなんて?」
自分で言っといて疑問形になった言い訳をして、ますます身の置き所がわからなくなった俺は、もうお腹がいっぱいだというのに、お茶をまた、ごまかすように飲むのだ。
その後、食堂は急な大雨に降られた人たちが一斉に入ってきて騒がしくなり、俺は、姉ちゃんに入ってきたお客さんの雨具をきれいに整える手伝いを頼まれ、結局、シルヴァン様の汗か、血か魔力(唾液でも可)が手に入ることはなく食事会は終わった。
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外は夜になるほど、風は強く吹き、雨は建物を叩き、勢いをましている。
俺はそんな外を、雨戸の隙間から見た。
しかし、本当に見ているのは、厠だ。
いよいよ切羽詰まってきているようだ。
さ、最終手段にしようかな…。
ヤーマンさんが、この天気で家に帰るのは危険だからと、倉庫の端に泊るのをすすめてくれた。
姉ちゃんは、床の上に二枚のラグを重ねて敷き寝る準備をしている。
俺は、雨戸から離れ、寝床に近づく。
「今日は、いろいろなことがあったわね」
敷物に座った姉ちゃんは、つぶやくように言う。
姉ちゃんの隣に腰を下ろしながら、うん、うんと俺もうなづく。
「家、大丈夫かしら」
心配そうに姉ちゃんは言う。
ガタガタと、風は倉庫を揺らす。そう遠くない場所で雷が落ちる音もする。
嵐だ。
俺は、三角座りした膝を見ながら、つぎはぎのように修繕しながら住んでいる家を思い出す。
ぼろいけれど、姉ちゃんが余り布を夜な夜な縫ってパッチワークで作った色々なカバーをおもう。
寒さがやわらぐようにと、俺に編んでくれた耳あてのついた帽子も。
あれは、ベッド横のタンスの中、一番上の引き出しを開けたらおいてあるはずだ。
俺たちの家。
目線をあげる。
俺は、そのタンスの前に立っていた。
まぶたを何度か、しばたかせて、俺はとりあえずタンスから、その帽子をとりだしてかぶってみる。
それにしても、ずいぶん薄暗い…。
そして、振りむいて家全体を見た俺は、急いで姉ちゃんの所へ戻らなきゃと思い、さっきのイメージと、同じように姉ちゃんを思い出すのだった。
「姉ちゃん、大変だ!」
俺は、姉ちゃんの瞳いっぱいを見る視界にもどってきた。
「消えてたよ!」
戻ると姉ちゃんが同時に話し出す。
「消えてたのは、魔法のおかげ。そんなことより大変!」
「そんなことより、って、え、これ以上に大変なことって、え」
混乱している姉ちゃんを、俺は掴んで、急いでもう一度、家に戻る。
「あ、あ、家に、家に戻ってきてる、え、私も?え、もう、寝て夢見てるのかな?」
「姉ちゃん、しっかりして!」
俺は、姉ちゃんの腕を揺さぶって、家の天井をみるようにいう。
テーブルの上の倒された明かりの魔石が、衝撃のせいか勝手に灯っていたおかげで、家はなんとか目視できるくらいの明るさがあった。
それを見ると姉ちゃんは、一気に現実にもどされる。
「大変!天井から、木がはえてる!」
そう、俺たちの家は、天井に風で飛ばされたであろう、太い木が屋根を突き抜けてきていて、青々とした枝ぶりのいい木が天井から下がっているのだ。
こう言っている間も、穴があいてしまった場所から雨は滝のように落ちてくる。
「ど、どうしよう」
「とりあえず、物を避難させたほうがいいよね」
「うん」
俺は、周りを見わたす。見渡すと言っても狭い家だ、苦労しなくても全て目に入る。
「お父さんと、お母さんの形見をまずは、一番に」
姉ちゃんは、そういうと、さっき、俺がひらいた箪笥から、小さい包みを取り出す。
俺は、姉ちゃんが形見をしっかり持ったのを確認すると。
「じゃぁ、収納しちゃうね」
そう言って、まずは箪笥を収納する。
「す、すごい。ルート、便利」
俺は、褒められてうれしくて、ちょっと、手をとめそうになるのを耐え、次々と物を収納していく。
台所の食器、姉ちゃんの作ったいろいろなファブリック、ベッドそして最後に明かりの魔石が倒れたままのテーブルだ。
俺は明りとりの魔石を手にとり、テーブルを一瞬で収納した。
家は、空っぽになる。
家具がすべてなくなった家は、物があった時より狭くかんじた。
雨は変わらず天井からはいってくる。
耳に聞こえるのは、暴風雨の音だけだ。
「よし、いいよね。もう帰ろうか?」
俺は、確認するように、もう一度家を見渡して、姉ちゃんを見る。
姉ちゃんは、気がぬけてしまったような目をしていた。
急に、うす明かりの中に立つ、姉ちゃんが遠くにいるように感じ、存在を確かめるように、そっと服のすそをつかむ。
やっと俺がいたことに気づいたかのように、姉ちゃんは俺の肩に手をまわし、二人で、荒れた部屋の中をみるのだった。
そして、深呼吸を一つして、うなずく。
「うん、行こうか」
俺たちは、また、倉庫の片隅へ戻った。




