欠けたカップ
「またっ!また、あのいまいましいパウンド家なのか」
この国の魔術界の序列1位である、総帥ラナンは、手に持っていたティーカップをテーブルの上にたたきつけるように置いた。
白いテーブルクロスの上には、紅茶がシミのように広がり、カップは転がる。
ここは魔術学校の一角にある、ラナン総帥の私的なサロンであった。
ーこれは、縁くらいは欠けてしまったなぁ。華奢な様式が婦女子の間で人気の西からの輸入品だというのに…
顔を上げないまま、ムヒヒは、頭の中で算段する。
ムヒヒはお抱え商人として、当然のように出入りしていた。
最初は、ムヒヒ以外の商人もいたが、いつの間にか、このムヒヒひとりが、幅をきかせるようになっている。
この部屋にいる、ムヒヒ以外の、お付きの者達も、大きな音が出たとて、驚く様もなく、ただ嵐がすぎるのを待つかのように頭をさげていた。
ーしかし…また、とは何なんだろう?
ここ、五年位前からしか、付き合いがないせいで以前のことは分からない。
ムヒヒは、侍女にお茶の替えを頼み、テーブルクロスさえも手早くはぎとった。
その間も、ラナンは怒りをしずめられないようで、足を小刻みに動かしていた。
王都に現れた、巨大な鳥と契約した者が、パウンド家に縁あるものだという情報は、すぐに広がった。
けれど、なんだ?今にも、つぶれそうなパウンド家に、魔獣の契約者が客人としているからといって、何をそんなに気にかけることがあろうか。
それに…
ムヒヒは、部屋にいる者たちを、これから、重要な話をするからね、と自分が邸宅の主人であるかのように指示し引き上げさせた。
主人であるラナン総帥が、この客人であるムヒヒがくると、いつもそのようにさせるので、疑問に思うことなく、皆でていく。
「総帥、魔獣の契約者なんて、どうってことないでしょう」
ムヒヒは、含みを持たせ、なるべく朗らかに言う。
ラナンは、いらいらを隠すように、飲みたくもない紅茶を口にする。
「あの土地を、手に入れようとする度に、なぜか邪魔がはいる。従魔の住む場所と届け出が出されたら、協会の保護も入り、手を出しずらいっ」
悔しそうに言う。
「まぁまぁ、確かにあの広い土地は魅力的ですが、自から手放すのも時間の問題でしょうし、もっともっと魅力的で、手に入れられるものもあるじゃありませんか」
ムヒヒは、また機嫌よさそうに告げる。
フンッと、気を取り直すようにラナンは息を吐いた。
「最近、いらいらさせることが多いものだ…。ターナン家はその後何か言ってきているか」
「いいえ、総帥の剣のせいにして、怒鳴り込んできましたがね、よくよく聞けば、それ以外のこともあったというじゃありせんか」
「それ以外?」
「ええ、財産はおろか、家具や家畜までも屋敷から盗まれているというんです。そもそも、ターナン家に狙いをつけた者の仕業でしょう。剣うんぬんの話じゃありませんよ。大方、ギフト持ちの盗人に上手くすり替えられたんでございましょう。それに、ターナン家の息子だって見る目があるわけじゃぁ、ありませんからね、間違えた剣でも持っていたんでしょう」
先日、今のように、お茶を二人で飲んでいると、突然ターナン家の当主が怒鳴り込んできたのだ。
剣の不備があったと怒り心頭であった。
その当主を、この後用事があるから代わりに話を聞いておくようにと、ラナンに押し付けられたムヒヒは、落ちつかせるように、まずは話を聞き、矛盾をそれとなく自ら気づかせるように立ち回った。
この国で一番のラナン総帥が作成した剣が使い物にならないなどと、国を揺るがす事態だ。
本当に、そんなことが起こるのかと、聞くと相手は無言になった。
そして、ターナン家の当主は盗まれた出来事のみ王に報告にいったようだ。
「城では、なにか動きがありましたか?」
「…フォーレース家の長男が来たようだが、今さら何をするのか…。父親に別れの挨拶でもしにきたのか…」
ムヒヒは、話を聞くかのように黙ったが、頭の中は自分の算段を巡らせていた。
今まで、蔑まれてきた自分の番がきたのだ。
このまま上手くやっていくのだ。
力は、ラナンに頼るしかないが、もう一連托生であろう。
「今回は、少し、間違えてしまいましたが、ほとぼりが冷めたら、総帥の悲願も叶えられましょう」
そう言うと、やっとラナンの機嫌も戻ったようだった。




