10 商会長のお仕事
ボーガンの朝は、早い。
日の出と共に起き、部屋に備え付けの湯沸かし器で紅茶を入れると、早速、仕事をはじめる。
夜に仕事をすると、灯りをつける分、魔石の消耗をもったいなく感じるのだ。
その分、朝は、いい。
いつもの朝の中、聞きなれない声を聞き、机の横に開いている窓から外を見た。
朝日が昇ったばかりの空気の中、リタが従業員に挨拶をしている姿が見えた。
旅の疲れもあるだろうに、はやいものだと、自分のことを棚に上げてボーガンは思う。
ふと、リタが上を見あげ、目が合った。
三階といえども、私だと分かったようで、かるく膝をまげて挨拶をしてくれた。
ボーガンも、手をあげそれに応じる。
リタは、にっこりと笑ったように見えたが、それはボーガンの願望だろうか。
そうこうしていると、カインが朝食と共に現れ、今日一日の予定を告げるのだった。
短いとはいえ店を空けていたのだ。こまごまとした仕事が山積みだった。
とは言っても盗賊に物をとられなかった、もっと言えば命があるのだ、どうとういうこともない。
だいたいの仕事が片付き、休憩がてら、階下の店へ顔でもだそうかと思った時、カインがフォーレース家の調査結果の件を報告したいと部屋にはいってきたのだった。
「もう調べたの!」
ボーガンは、カインの仕事の速さに感嘆の声をあげるが、この男は、すました顔で、すべきことをしたまでですと答え、話を続ける。
「フォーレース家は、家長の姿がしばらく見えないと噂になっておりました」
少し、目をまばたかせ、ボーガンは立っているカインを見あげた。
「そして、家長が最後に目撃されたのが王城だということです」
そう言うと、一枚の用紙をテーブルに置く。
「ボーガン様と一緒にいた方は、前妻の長男でありました。後妻の力が強く、次男である自分の子供を跡継ぎにしたいのを隠すことなく行動しているようです」
「父親はどう言っているの?」
「次男を押す発言は今のところありませんが、長男の立場を守ることもしていないとのことです」
「…何考えているんだろうね」
魑魅魍魎がうごめく貴族社会で、お家騒動で体力を減らす余裕はどこの家にもないと思うのだが。
「宿の方から連絡がきたのですが、昨夜、王城から使いの者が来て、長男はそのまま連れていかれたそうです」
姿を消した父親が最後にいたという城に、息子も呼ばれるとは。
「そして、まだシルヴァン様は帰ってきてないんだね?」
固い顔のまま告げるカインに予想を付けていうと、うなずいた。
ボーガンは紅茶を置くと、考えに沈む。
何が起こっているのだろう。
いや、そもそも、なぜ調べようと思ったのだ。
そうだ、本だ。
本を渡されたのだ。
でも、重要なのはそこではない。
あの時の、表情だ。
美しいから気になったのだろうか。
「商人が、何も頼まれていないというのに動くとは、あきれたものなんだろうね」
何が力になるか分からないというのに。
そして、それが望まれていないかもしれないのに。
「でも死ぬ予定だった私が、おめおめと生き残るだけなのは性に合わない…」
あの時の笑顔は、美しすぎた。
全てを受け入れ、あきらめた顔は、心が痛かった。
ポーチに入れたままの本をおもう。
あれは、お母様の形見ではないだろうか。
それを託された意味を考えずにいれないのだ。
カインは、ボーガンにたっぷり考える時間を与えた後、続ける。
「そして、ドリス様が、ここへ訪ねてきています」
カインの目は静かにボーガンを見つめていた。
ーッコンコンコン
勢いよくドアが叩かれた、こんなに音を立てるとは、後でカインに怒られるのではないかと思ったが、応えをかえすと、これまた勢いよく入ってきたトーマスの姿に何事かがあったのだと分かった。
「ルートが、ルートがっ、連れていかれました」
トーマスは、息を整える間もなくそう告げたのだ。




