8 するすると
「あなた、この子と契約してみたらどうかしら?」
エルズさんは、フェンリルをなでながら俺に言う。
「契約?」
「ええ、そうよ」
いつの間にか、俺たちのそばには、白いテーブルと椅子が置かれ、そこに座るように導かれる。
クロムさんは、いつの間にか、いなくなり、エルズさんに仕える騎士が二人いるだけだ。
こんなにも広い敷地には、俺たち以外の姿はなく、遠くから流れる噴水の音だけが聞こえてくる。
座ったテーブルの上には、ティーセットと、いろいろな種類のお菓子が置かれ、エルズさん自ら、お茶をいれてくれた。
「待っている間に聞いていたの、鳥が街に降り立った時、あなたがいたって。街の騎士たちは、たまたまだと言っていたけれど、この様子じゃこの鳥は、あなたを目がけて来たと思う方が自然ね」
俺の後ろに控えるように座っている鳥を見て言う。俺もつられて振り向き、鳥を見る。
「契約したいのかな?」
そうつぶやくと、鳥がバサバサと翼を動かす。
「あら、喜んじゃって、かわいいわねー」
俺は、お茶を一口飲む。
ハーブティーだろうか、少し清涼感のある香りが通り抜けた。
「契約ってどういうことなんですか?やっぱり、食費って結構、かかるものなんですか?」
「ほほほほ。基本、魔獣は食べ物は食べなくても生きていけるのよ。でも嗜好品みたいな感じで好きなものはあるみたいだけれど」
エルズさんは、横に座っているミルクを優しい目でみつめながら言う。
「そうね、現実的な流れを言えば、ルート君がその子と契約したら、二人とも、うちの会員になってほしいの」
「会員になると、お金ってとられるんでしょうか?」
「あら、ごめんなさい。私ったら、前提を言っていなかったわね。従魔協会は、組織としてはギルドに似ているの。国の垣根を越えて、設立したのね。だから、国に会員は縛られてないし、そこがいやになったら、引っ越したりしているわね。そもそも、従魔が移動したいって言ったら、否という選択を人側はできないんですもの。あと、メリットとしては、ここに、衣食住無料で生活できるわ。他で住みたいと言う事であれば、家賃補助もあるし。でも賃貸だと、遊ばせてあげられる場所を探すのも一苦労でしょ。お留守番させるときも安心だし。大型の魔獣と契約した人は、最初は、ここで生活する人が多いわね」
どうりで、敷地が広いはずだと思った。
「家族もですか?」
「えぇ、家族も一緒でいいのよ。それと、協会からの仕事の斡旋もあるし、もちろん受けたくなかったら受けなくてもいいし」
考えこむように、俺は、両手で持ったカップを見つめた。
「正直、一般の人たちは、そんな大きい鳥が野放しになっているのを、不安に感じてしまうのよね。だから、ルート君が、契約してくれれば、と思っているのは本心だけれど」
さわ、っとした感触がしたと思ったら、フェンリルが俺の足もとにきていた。
見上げている青い瞳と目があう。
「…あら、…そんな風に、ミルクがするだなんて初めてよ…」
俺は、なでていいのかなと思いながら手を動かそうとすると、
―ドスン
と音が響き後ろを向くと、鳥が、イライラしたように足を踏み鳴らしている。
「嫉妬しているのね、きっと」
うふふ、とエルザさんは笑う。
俺は、なんとなく手を元に戻す。
「契約前は、魔獣も気が立ってる子がいるのよね。契約後は安心するのか他の魔獣と触れ合っても気にしなくなるわ」
「俺、そういうこと学んだ方がいいんでしょうか?」
エルザさんは、小さくうなずき俺に言う。
「そうね、学んだ方が理解しやすくなるわ…。ルート君は今、何歳かしら?」
「12歳です」
「そう、その年齢だったら、魔術学校に入るのが一番いいかもしれないわね」
「魔術学校…」
「そう、協会からの推薦で入学できるし、それに…」
「それに?」
「学費は無料よ」
「無料!」
俺は、つい声をはりあげてしまい恥ずかしくなる。
「試験も特に必要ないの。従魔協会からの派遣みたいな形になっているから」
「派遣?」
「そうね、留学生の扱いって言った方が分かりやすいかしら?」
「留学生?」
「そう、こちらで選抜を終えているから、学校での入学試験は必要ないのよ。でも入ったらみんなと同じ扱いにはなるわ」
俺は、また考える。
思ってもいなかった事が、次から次へと目の前に出てきて…勢いにのまれるようにすぐに返事をしそうになっている自分をストップさせた。
もちろん、俺自身が考えて答えを出すんだけれど、こんなことになるだなんて、今日、朝起きた時、考えていなかったし…。条件はとてもいいんだろう。
黙りこんだ俺を、エルザさんは、優しく待っていてくれた。
騎士の人が、新しいポットと、ティーカップを持ってきてくれて、エルザさんは、またお茶を入れてくれた。
さっきとは違う香りが、周りにただよった。
姉ちゃんに決めてもらいたいという気持ちが俺の中にはある。
ぐずぐずと、まだ、誰かに頼りたい。
それでいいんだよ、って言ってもらいたい。
俺は、ただの子どもでいたいのだ。
けれど、逆に、それは、だめだと言われて、その言葉通りに動くのを俺は望んでいるんだろうか。
そして、誰かが言った、だめな事が、俺にとって、だめな事だとは、かぎらないんじゃないだろうか。




