10 慣れた場所
「いゃぁー、ちょっとアクシデントがあってね、また戻ってきてしまったよ」
そう、ボーガンさんは、言って村人たちに話に行った。
俺は、その後姿をみながら、あんな風なコミュニケーションが俺に取れるだろうかと、自分に問いかける。
そういえば、あまり人と話すのが得意じゃない俺だって、ボーガンさんと、いつの間にか楽しく時間を過ごしていたのだ。
小太りのフォルムが、警戒心をやわらげるのだろうか?
俺は、自分のお腹を見た。
「今日は、私たちが食事の準備をしますので」
そう言われ、
「腰を意識して、力をいれる、踏み込んで、手上半身で動くっ」
…俺はまた、馬の世話をするふりをして、姉ちゃんとドリスの稽古をみていた。
「上手です、筋肉もあるから、速さもでてますよ。腕じゃなくて肩に力をいれて」
あっ、肩を持ち上げるように触った。
なんて、ことだ。
ふと、気づけば周りの、いろいろな準備をしている護衛達も、ちらちら見ている。
くっ、警戒すべき相手がふえすぎている。
俺は、後で言われるだろう、姉ちゃんの小言を覚悟しつつ、二人にさりげなく近づく。
けれど、姉ちゃんは目が合うと、意外にも笑顔で、安心する。
「ルート、ちょうどいいところに。あなたも、稽古つけてもらいなさい」
「えっ?」
「ほら、はやく、はやく。昨日から、そう思っていて、ドリスさんにも頼んでおいたから」
「えっ」
戸惑う俺に、ドリスは、
「基本の型からですかね。体力づくりもしたいところですが、まぁそれは終わってから、走り込みをするとして」
「えっ」
「実は、昨日から、トレーニング内容を考えて…」
えらい目にあった。
気をぬけば、喝がとび、なんとか終わったーと思えば、走らせられる。
シルヴァン様まで、ランニングの監視役にかりだされ。
いいのか?雇い主だぞ。
筋肉の前に、そういうことは忖度されないらしい。
ドリスと、姉ちゃんは俺の走り込み、ご近所1周は、最初から相手にされず、置いていかれた…。
つ、疲れた。
俺は、シルヴァン様が、軒先で本を読みながら待っていた場所に戻ってくると、地面に座り込んだ。
「水がそこに置いてあるよ」
俺は、水袋をあけ、ごくごくと飲む。
―ゴホッ、ゴホッ
荒い呼吸のせいで軽くむせる。
「大丈夫かい?」
シルヴァン様は、俺の背中を軽くたたく。
「だっ大丈夫です」
そう言った俺を、それでもシルヴァン様の隣に置いてあった椅子に座らせるように誘導してくれた。
俺は、また水を飲む。今度はスムーズに飲め、一息ついた。
少し離れた井戸は、護衛の人たちが作業をし、どこからともなくいいにおいがただよってくる。
もう少したったら、夕ご飯だろう。
俺たちの元々の予定は、王都に入る手続きに時間がかかるだろうと考え、門外で一泊し、朝をまってから入る予定をとっていた。けれど、ボーガンさんと一緒であれば、王都商人専用の門からスムーズに入れるし、けが人たちを早く休ませたいとのことで、真夜中でもないかぎり、着いたらそのまま、入ろうということになった。
ボーガンさんが王都で泊る場所も用意してくれるとのこと。
明日で、俺たちの旅は終わるのだ。
「私は、本が好きでね。つい、たくさん持ってきてしまった。内容なんて、ほとんど覚えているというのに」
シルヴァン様は、閉じた本をなでながら、つぶやくように話し出す。
「君は、本だけは収納しなかったね。私が言ったわけでもないのに、どうして?」
どうしてって、俺は考えることもなく、ただ頭に思いついたことを口にだす。
「だって、シルヴァン様は、本が一番、大事でしょう?というか、本、以外に興味をもっていなさそうに思っていたよ」
俺は、少し整ってきた息を落ち着けるように言う。
「ドリスの武器も収納してないし、俺だって、両親の形見は収納してない。なんでって言われたらそう、思ったからだけど。まぁ、注文があったら、もちろんそうするけれど。大事なものは目に見えているほうがいいでしょ」
でも、と思う
「ボーガンさんが言っていたことって、そういうのに似ているのかも。大事なものは、見えるけれど、大事にしている心は見えない。きっと、ものがなくなっても、心って残っているのかもね」
「…ものが、なくなったとしても」
少し低い声に、なったシルヴァン様を見上げる。なにか悪いことをいっただろうかと不安になる。
シルヴァン様は、そんな俺に気づいたのか、空気を変えるように、笑いかけてくる。
「馬車での移動は、快適だった。夢が叶えられたと思ったよ。子どものとき思っていたんだ、読書をしながら、行き先も決めずに旅をしてみたいと…。でも、どんな、いい馬車に乗っても振動がひどくてね。長時間、読書できるものじゃないなと分かったんだ」
俺は、ほめられて、うれしくなる。姉ちゃんの目指していた仕事を、認めてもらったのだと思った。
「ルート、君のギフトが何かは分からない。けれど…」
そこで、シルヴァン様は、息を止めるように黙った。
二人の間に沈黙が落ちた後、俺の耳に顔を近づけ、小声で、シルヴァン様は、話し出す。
「お姉さんを、必ず、守れる力がつくまでは、隠すんだ。君、一人だったら、問題はないのかもしれないが、世の中は、力だけで解決できることの方が少ないんだ。からめとるような悪意で、気づいたら、身動き取れなくなっていることだってあるんだ」
俺は、もっていた水袋を、ぎゅっと握った。
「君は、旅の間、なにかしら馬車を、私たちを守ってくれていたんだろう?
最初に気づいたのは、馬車の揺れがないことだ。まわりの景色の方が動いているんじゃとすら思った。そして、盗賊はおろか、夜ですら獣がよってこない…。通り過ぎる馬車は、こちらを気にすることなく、過ぎてゆく…。快適すぎて、今まで黙ってしまっていた」
そこで、申し訳なさそうに、眉を下げたシルヴァン様は、しかし忠告するように言う。
「気を付けるんだルート、必ずその力を狙うものがやってくる」




