9 趣味談義
姉ちゃんに、そろそろ上がると言われ、俺はみんなの元へ戻った。
もう、ほとんどの人たちは、水浴びをやめ、思い思いにくつろいでいるようだ。
負傷した人たちも、荷台から外へでて、横になっている。
そんな中、シルヴァン様と、ボーガンさんは、泉の方を向いて、ちんまり敷物に座り、楽しそうに話していたのだった。
ボーガンさんは俺が来ているのに気づくと、近くの護衛に、目線で合図する。
もう、すでに泉に裸で入っている人は、いなかったけれどきちんとしてくれるのは好感がもてた。
「ポーションを作るのは、材料と魔力、それだけでは造れないんだと、我が家では言われています」
「それ以外で、ポーションに入っているものがあるということですか?」
俺は、近くの敷物に座らせてもらうと、護衛の人が冷たい水をカップに入れて渡してくれた。
これが、岩からしみ出る水かな。
一口飲んだら、キンと冷たい水が全身にしみわたった。
さっき、泉の水をちょっと飲んでしまったんだけれど、断然こっちの方がおいいしい。
俺は、またカップに口をつける。
二人は、ポーションの話をしているようだ。
シルヴァン様は薬草がお好きだし、話が合うんだろう。
「そうですね、何が入っているとは、言えないんです」
「……」
「いえ、これは、隠しているとか、そういうことではなくて、私たちがそう信じているということなんです…。例えば、さっき、血の付いた体と服を、泉で直接洗わず、少し離れた場所にタライを置き、桶に水をくんでそこまで運び、洗っていたでしょう。水を入れかえる時は、地面に汚れた水は撒かせてもらいましたが」
「はい」
シルヴァン様は思い出すように言った。
「血は不浄の物として扱い、そして火もここでは、私たちはおこしません」
「火は、なぜですか」
ボーガンさんは、少し悩みながら答える。
「多分、借りものだと考えているからだと思います。ここの泉もポーションを作る時も、私たちは借りていると考えています。お借りしているのに、精霊の属性がちがうといわれているものを、そこに持ってくるのは、失礼なことだと考えているんです。そして借りている物は見えていても、借りていることは目には見えません」
「……」
「なので、ポーションを作る時に入るのは、魔力、材料の他に、そういう目に見えないものを借りて作っているんだと、家では教えられております」
ボーガンさんは、そこで話を区切るように黙り、シルヴァン様は、深い考えにとらわれたように、あごに指をかけた。
「私の兄はよく、ポーションではなく、ポーションによって引き起こされたものに目を向けろと、言います。ポーションと、人間の体の中に、全く同じものがイコールで入っていることはありません。けれど、ケガや病気が治ったりします。なにかを補ったわけではないのに…。なので、両方にイコールで入っているものがあるとすれば、それは、借りていること。そうだとしたら、人間の体そのものが、借りものなのではないかと」
「……」
「まぁ、全て、兄の受け売りなんですけれどね」
ボーガンさんは、ふふと笑う。
「それに、実は、この泉も、変わっておりまして、ここに来てもいい者を選んでいるようなんです。こさせたくないものは、あるはずの道を隠したり、さんざん歩かせた後、元きた道に戻っていたりと。私は、そんな目にあわされたことがないので、眉唾ものだと思っておりますが」
「…どのような方が?」
犯罪者とかだろうか、すこし、気になる。
「それが、兄なんです」
ははは、とおかしそうにボーガンさんは笑う。
「あ、そうそう、」
ボーガンさんは、ポーチに手を入れると、一冊の本を取り出した。
「兄が書いた本です。無理やり買わされたのですが、良かったら差し上げます」
「よろしいのですか?」
シルヴァン様は、目の前に差し出された、少し分厚い本を緊張しながら受け取り、本の著者名に目をやると
「お兄さまは、シュガー・スィーツ先生だったんですか?」
一気に目を輝かし、シルヴァン様は言う。
「ご存じでしたか。いゃぁ、長男だというのに家は、私に押し付け、魔術学校に就職してしまいました。パウンドケーキが嫌いとの理由で、勝手に表向きには苗字を変えてしまっているんです」
興奮したように、シルヴァン様は、少し早口で話し続ける。
「薬草と魔力≠ポーションを読ませていただいたことがあります。てっきり≠は、それ以上の効力がでるという意味で記しているのかと思っていましたが、違ったのですね!私は、シュガー先生のファンなのです」
「ほほほっ。迷惑ばかりかける兄ですが、そう聞くと嬉しいですね。魔術学校には通われないのですか?兄も、あなたのように熱心な生徒が来てくれたら、喜ぶことでしょう」
シルヴァン様は、それを聞くと、静かに目線を本に戻し
「…シュガー先生に習うことができたら…ほんとうに…どんなにいいことでしょう」
ボーガンさんの問いには答えずに、寂しそうにそう言った。
俺は、こっちに向かってきている姉ちゃんに気づき、立ち上がる。
手に持っている汚れ物を、受け取ってあげるのだ。
ドリスは入り江から少し離れたところに立っているのには気づいていたが、
あれくらいは許容範囲だ。
旅の途中は、カモフラージュとして、俺はみんなの洗濯を(姉ちゃんのは別)タライでちゃぷちゃぷと洗っっているが、誰も見ていないと分かると、急いで自分の空間に取り入れ、服から、汚れを分け取り出す。
そして乾かしていると見せかけるために、わざと少し、濡れた洗濯物を干して置き、頃合いがよくなるとまた、収納し、きっちり乾燥したものを取り出し、たたむのだ。
俺は、いつものように洗濯物を受け取る。
今日は、洗う時間もなさそうだから、そのままカバンに入れる。
姉ちゃんは、さっぱりとした顔をして
「気持ちよかったねぇ」と言う。
俺は、それに、うんうん頷く。
姉ちゃんの髪を目立たない程度に乾かす。
繊細な魔力の操作も手馴れてきている。
「さぁ、出発の準備をしましょうか」
ボーガンさんがそう声をはりあげると、みんな、きびきびと動き出すのだった。
俺はまた、御者席でボーガンさんの隣にすわっている。
ボーガンさんの護衛たちは、俺たちの水袋にまで、さっきの場所で水を入れかえてくれていた。
なんて、気がきくんだろう。
俺は、まだ冷たさの残る水を飲んで、お礼を言う。
「いぇ、ちょっと、その場所は泉から離れているものですから、私たちも、いつも分担して、汲んでくるんで、ついで、ですよ」
荷運びの事をはじめるのなら、こんな風にいろいろな地理を覚えなきゃいけないのだろう。
俺は、気合を入れる。
「あの泉は別として、途中で休憩できる場所って、やっぱり、みんな下調べしてから、行商してるの?」
今回の旅は、ドリスが、泊まる場所を選定していたり、道を決めていたりした。
これからは俺も、ただ進んでいるんじゃなくて、考えなければいけないんだろうと思う。
「そうですね、時間配分や、よい野宿場所などは、基本ですが…、目的地までのルートは、何通りかの候補を、必ず頭に入れておきます。休憩場所も、一つではなく、何個か候補を考えています」
「ボーガンさんは、何通りくらい考えてるの?」
「最低、三通りですかね…でも、忘れないようにしているのは、そこに着くことだけじゃなくて、目的は何なのかということです」
「目的?」
「私たちは、商売でお金を稼がせてもらっていますがね、そのお金はなんのために稼いでいるのか、と言うことです。商売をしていると、有象無象な仕事が来ますが、中には、物凄い大金を提示されているけれど、よくない話がくるんです、そういう時は、初心を自分に言い聞かせます」
「えぇ、本当に、旅をしていると、いろいろな事がたくさん起こります。きっとルートさんなら、それをも楽しめるでしょう」
俺は、期待でどきどきしてくる体に、鼻息をはいて落ち着かせる。
「今日、泊まる予定の場所も、パッと見ればなんてことない村なんですが、井戸が、他の村より多くあったり、共同炊事場が二つあったり、私たちが泊ったとしても、迷惑がられない設備があります。どんな時に、お客様になるか分かりませんからね、誰かの日常をくずさないように、と考えるといいですよ」
そう、ボーガンさんは、商売のイロハを教えるように言った。




