8 水辺にて
そこはボーガンさんが得意気にいうのがわかるくらい、きれいな場所だった。
馬車一台がやっと通れるくらいの道を行き、木の間から光がさしたと思ったら、森はひらけ、目の前におだやかな泉があったのだ。
もうすでに着いていた馬車は、日影に止められ、ハーネス等を外された馬は、手綱を人に引かれ泉の縁に連れていかれて、水を飲みながら、体をふかれていた。
「どうです、いい場所でしょう」
そう言ったボーガンさんは、馬車を止めると、自ら、馬と馬車をつなげている馬具を取り外し、馬を水辺に連れ出す。
俺も、役にたったのかたってないのか微妙な手伝いをし、一緒に泉へ向かう。
「足をいれてみるといいですよ。護衛なんかは、ここで水浴びするのが常ですが、今日は妙齢の女性もいらっしゃいますから、がまんしているようですね」
太もももまであげたズボンで馬の手入れをしている人たちを見る。
そこに、シルヴァン様が、近づいてくるのに気づいたボーガンさんは、馬を別の物にたくし、むかってゆく。
俺も、姉ちゃんはどこかなぁ、と思うまでもなく、確認済みな場所へいく。
ちょうど、シルヴァン様がいらっしゃった後ろの方向で馬を世話しているのだ。
ドリスと二人でっ。
俺は、シルヴァン様に、軽く頭を下げると、速足でそちらに近づこうとした時。
「あ、ルート君、人目を避けれる場所が、あそこの奥にあるんです。よかったら、お姉さんを連れて行ってあげるといい。馬は、見ていてあげるし、他の皆には、近づかないようにいっておくから」
ボーガンさんが、示した方向を見る。
俺は、少しとまり、ボーガンさんを振りかえって答える。
「ありがとうございます。これから行こうと思います。姉が出てくる前に、俺が戻ってきますので、それまで皆さん、気にせず水浴びしてください」
ボーガンさんは、少し驚いたように
「それは、すまないね。そうさせてもらうかな」
シルヴァン様も、うなずいているからそれで合っているのだろう。
俺は、また急いで姉ちゃんの所へ歩いていった。
ボーガンさんが教えてくれた場所は、陸をえぐるようにできている、小さな入り江だった。
少し、足場の悪いところを歩かなければならなかったが、周りは大きな石や、木が囲むようにあってちょうど目隠しになっている。
俺は、細心の注意でそこを、安全な場所として、空間を張り、その入り江からでた、少し離れた場所に、俺も、服を脱いで泉に入った。
はいったとたん、気持ちの良い冷たさが体をつつむ。
気がゆるみそうになるが、隣にいる、ドリスから目は離さない。
ついてこなくて大丈夫だよと、言ったけれど、獣がでてくるかもと、心配されれ、ギフトの事なんて言えないから、うなずくしかなかった。
獣がこないか見張るドリスと、そのドリスを見張る俺。
一応、ドリスは姉ちゃんのいる方向に背を向けているから、よしとしておこう。
俺は水浴びを終え、タオルで体をふく。
一足先に、水浴びを終えたドリスは、地面にある折れた幹に腰をかけて、泉を見つめていた。
けして俺が、遅かったわけじゃない。ドリスがはやいんだ。
ここの水は、そんなに冷たくなく、長く入っても体が冷えることがなかった。
潜ってみれば、透明度は高く、泳いでいる魚が、すぐにつかまえられそうなくらい近くで泳ぐ。
けして、遊んではいないけど。
けして、小魚を手ですくってみようなんて、考えていないけど。
時間がたってしまっていたようだ。
俺は、着替えをカバンから出すついでに、そうそうと、思い出し、ドリスに渡す魔道具を取り出した。
「これ、できたよ」
俺は、ドリスに差し出す。
ドリスは座っているから、俺を見上げていて新鮮だ。
ドリス、耳の内側がうっすらピンクでかわいいじゃないか。
ドリスは、それを受け取ると、物思いにふけっていた表情を一瞬でかえ
「シルヴァン様の、何を、使ったの?」
と、前のめりで聞いてくる。
俺は、気になるよな、気になるよな、と内心思いながらたいしたことないように
「髪だよ」
と言った。
そう、汗か、血か魔力(唾液でも可)じゃないんだ。
髪でいいんだよな。
俺は、それを、姉ちゃんが髪を切ってきた時に気づいたのだ。
気づいてみれば、あんなことで悩んでいたのが、ばからしい。
ドリスは、しげしげと二つの魔道具のミラーを見る。
「結構、前にできていたんだけどさ、タイミングが、なかなかなくて。まさかシルヴァン様の、目の前で渡すわけにはいかないだろ」
俺は、ドリスの隣に座る。
静かな波紋が、泉をゆらしている。遠くでは、楽し気な声と、馬の鳴き声。
いつまでも、いたいなぁと思う。
「髪ですか…」
ドリスは、ただのミラーに見える物を、を大事そうに、手のひらに置きながら言う。
「うん」
いつもと、雰囲気が違うドリスに戸惑っているのに気づいたのか、ドリスは、首にかけているペンダントを外して俺に見せた。
それは、傷だらけで、けして綺麗とは言えない懐中時計のような大きさだった。
ドリスは、それを、そっと開く。
「ここに、死んだ私の親の髪の毛をいれてあるんです」
止まった時計の針で、動かないようにされた、髪の毛が見えた。
直ぐに蓋をドリスがしめると
「なんだか、親の事を思い出していた時に、髪の毛と言われて、不思議な気がしました」
懐中時計は、動かなくなったシルヴァン様のものを、もらったらしい。
「ドリスの親は、どうして亡くなってしまったの?」
「私が小さいころ、盗賊に襲われてしまったんです」
ああ、俺は、悪い選択をしてしまったのかもしれない。さっきの出来事で過去を思い出させてしまったのかもしれない。
俺は口をつぐむ。
「そんなに悲しい顔しなくてもいいんですよ」
ドリスは笑う。
「実は、仇をとりましてね。それで、騒ぎになった時に、ちょうど通りかかったシルヴァン様が、牢屋にいれられそうな私を、引き取ってくれたんですよ」
俺は、古びた懐中時計を見る。
「それ、さわってみてもいい?」
「ええ、どうぞ」
俺は、ぼこぼことへこみが目立つ表面を両手でなでる。
「両親と、暮らしていた山から、時々、物を買いに村へ行くんですが、行く途中に、大きな湖が見えるんですよ。それを見るのが好きだったことを思い出しました」
ドリスは、泉をまぶしそうに見ながら言う。
「どこの湖か、覚えてるの?」
「いや、それが、土地名もなにも知らなくて、シルヴァン様に拾ってもらった時も、シルヴァン様は、領地へ帰る途中、私は護送されている時で、分からないんですよね」
「…そうか。……懐中時計の鎖に、そのミラー付ける?手の小さい俺の方がうまくできるでしょう」
「あぁ、そうですね、そうしようかな」
俺は、渡されたものを鎖に通しつなげる。
「ついでに、首に、つけてあげるね」
俺は、そう言うと、ドリスの後ろに立ち、首に着ける。
まちがって外れないように、誰かに奪われても、必ずここに戻ってくるように祈りをこめた。
懐中時計の針を、動かすように直すのも、表面に輝きを取り戻させるのも、簡単にできるのに、それは、やっちゃいけないことだと、分かっていた。




