7 商売の事
「私の家は、今でこそ、いろいろな物を取り扱っておりますがね。最初は、お菓子のお店からはじまったんですよ」
ボーガンさんは、キャンディを気に入った俺に、次は一切れのパウンドケーキをポーチから差し出しながら話し始めた。
あのポーチ、収納カバンかもしれない。
「パウンドって、いうのもそこから取ったって言われています」
俺は、いそいそと、そのパウンドケーキの包み紙をはがして食べる。
またしても、とびっきりの美味しさに、髪の毛が逆立ちそうになる。
その様子を、ボーガンさんは楽しそうにみて
「それも、私が作ったんですよ」
俺は、尊敬のまなざしでボーガンさんを見た。
「ボーガンさん以外のお店の人たちも、お菓子作ってるの?」
こんなに、おいしいお菓子があふれるお店があるんなら、夢のようなお店だろう。
「いぇ、お菓子のお店は、もうやめてしまったんですね」
ボーガンさんは、悲しそうに言う。
「どうして?こんなに、おいしいのに?」
俺の、あまりに悲壮感のある声に、ボーガンさんは、優しく笑う
「お菓子のお店を辞めたのは、私が生まれるまえだそうで…。私の祖母が、足を悪くし、店に立てなくなり、その時は、家族に、お菓子作りが得意なものが誰もおらなかったので、信頼している人に任せたらしいんですが、今はもう、そのお店もなくなってしまって…。なので、祖母のレシピを独占しているのは私だけってことです」
「おばあちゃん、亡くなったの?」
「えぇ、私が、13歳の頃、ちょうど、五年前ですね」
俺は、味わうように動かしていた口を止めた。
「ボーガンさんって、18歳なの?」
「ええ、そうです。ヒゲを、生やしていると、年上にみられるんですよね。でも、商売では、大人に見られた方がいいから、勘違いされても、そのままにしてあります」
確かに、もみあげと、口を一周している、黒々としたヒゲは、貫禄がありすぎる。
「さぁ、これは、どうですかな。シフォンケーキです」
そう言うと、またポーチから、空気のように軽いシフォンケーキを取り出す。
「これなんて、一息で食べれちゃいますよ。まぁ、そんなことをしたら、祖母には怒られましたがね」
俺は、包みをはがそうとした手を、ぴたっと止める。
「姉ちゃんに、食べさせてあげたい。これ、姉ちゃんに、あげてもいい?」
パウンドケーキは、思わず全部食べてしまった。少し、落ち込む。
「いいんですよ、まだまだ、ありますから、たくさん食べてください」
俺は、その言葉に首をふる。
「もう充分。ありがとうございます。僕もこういうのが、作れたらいいのになぁ」
そう言うと、俺は、斜め掛けバックの中にに入れる。
微笑ましそうにボーガンさんは、それを見ると
「お姉さんが、好きなんですねー」
と言う。
俺は、当然だろうと、うなずく。
「姉ちゃんと、二人で荷運びか、辻馬車の仕事をこれから、もっとたくさんしたいと思っているんだ。ボーガンさんは、商売に明るいんだろう。どんなことに気を付けたらいいかな?」
「うーん、そうですね。ギルドの単発以外の仕事でってことですよね」
「うん、お店みたいにするのってどうすればいいの?」
姉ちゃんと二人で、いろいろな場所へ行くのだ。
知らない土地、見たことのない景色、始めて食べる食べ物を、想像する。
それは、どんなに楽しいことだろう。
ボーガンさんは、少し考える。
「そうですね、まずは、運送協会に入った方がいいと思います。入会金と仲介金がかかりますが、そこで仕事を受ければ、まず一般的な契約をしたものとみなされて、荷物を破損した場合や、お金を払ってくれない時に、保証や交渉をしてくれます。新規のお客様を獲得していくんだったら、入っておいたほうがよいかと。大手の店は独自で契約書も、交渉人も用意しているんですが、最初はやっぱり少しお金がかかりますが、入っていた方がいいでしょう」
俺は、ちょっとわくわくしてくる。
姉ちゃんと、ずっと一緒に働く。現実味がおびてくるのだ。
「協会って、行ったらすぐに入れてくれるものなの?」
また、しばしボーガンさんは考える。
「お金は確か、入会金が50000ゼニーだったはず。あとは、紹介人ですね」
「紹介人?」
ボーガンさんは、優しい顔で俺を見る。
「王都で入るようでしたら、王都で10年以上は商いをしている人が紹介しないと入れないんです。王都では、地方へ行き何日もかかる仕事が多いので、信用が大事なのです。町中の配達くらいならそんなことは気にされないんですけれどね。けれど、王都の協会所属だと分かれば信用もあるので、地方での仕事も取りやすくなるので、目指すべきではあるんです」
「紹介人かぁ…」
俺の心はたちまちしぼんでしまった。
王都じゃない場所で仕事を探すべきか、でも、いろんなところを見れるといったら王都の仕事をした方がいいんだろな…。
「なので、良かったら、私が紹介人となりましょう」
俺は、顔を勢いよくあげると、ボーガンさんのつぶらな目と合う。
「家の店、年数だけは、たっぷりありますからね」
「ほんと!!」
「えぇ、うちは、つぶれそうな老舗で、後ろ盾にもならないとは思いますが、いないよりはましでしょう」
そういうと、笑った。
「ありがとうございます」
「こうして助けていただいたのも、何かの縁です、王都に着いたらお姉さんも一緒に、申し込みに行きましょう」
予定では、王都まであと、二日もあれば着くという。
はじめての王都だ。
少し、不安だった心が明るくなる。
「ボーガンさんは、ポーションも持っている、すごい商人なのに、どうして盗賊は、お金がないって思ったんだろう」
俺は、キャンディーが入っている白い巾着袋を、のぞきながら言う。
最後だ、これが今日、最後の一個として選ぼう。選んだら、カバンに入れよう。
「ポーションを扱っているところは、一目、置かれてるんでしょう?」
何色にしようかな?
俺は、キャンディの誘惑に勝てない。
「…そうですね。ポーションは家で作っているんで買うよりは安いんですね。
幸運なことに、護衛の傷も、そのポーションの範囲でなおったのですが。今の貴人の方たちは、いろいろな付加価値のつくポーションをお求めで、うちのように、ケガ用、せき用、痛み用と、効果が分かれているのは、買っていただけなくて…でも庶民の方たちに、高く売るわけにもいかず。まぁ、貧乏暇なしになってますよ」
「庶民分を高くしたら、もうかるのに?」
「えぇ。安くはできませんが、高くはしません。」
「俺たちは、助かるけれど、いいの?」
高く売れば、儲けは増える。それくらいは俺も分かる。
「商売をしている土地には、商売人も、その家族も住んでいます。その場所で、ケガや病気が流行ったらどうなるでしょう、お金がたくさん儲かったとしても、自分たちが暮らす環境が悪くなったらそれは、自分の首をしめるだけです」
「でも、自分だけ儲かっている人っているよ」
俺は、ビチルを思い出した。
「そうなんですよね、そして、そういう人の方が上手くいっているんですよねー。私の力が足りないところです」
少し曇った顔になったモーガンさんは、それでも、吹っ切るように言う。
「家の家訓で、なるべく、いいことをする。っていうのがあるんです。絶対にっていうんじゃなくて、なるべく、っていうのが、私は気に入っておりましてね」
そう言うと、笑う。
「ボーガン様」
馬に乗った護衛の人が遠慮がちに声をかけてきた。
「出発したばかりですが、この先の水場で休憩を入れた方がいいと思うのですが」
「あっ、そうだね。そうした方がいいね。よく教えてくれた。前の馬車たちにも聞いてみてくれるかい?」
「はっ」
護衛は頭を下げると、すぐに前に馬をかけださせた。
「馬も、ストレスを感じただろうに、失念していたよ。お連れの方も急いでいないといいが…」
そうボーガンさんが心配してると、前に行った護衛が、ハンドサインを送ってきたのを見て、
「よかった、大丈夫みたいだね。ルート君、今から行く水場は、道から少し離れているが、きれいな水がこんこんと湧き出る泉があったり、冷たい水が岩場から流れているところもあるんだ。穴場だよ」
俺は、緑色のキャンディを口に入れ、またしても、おいしさでふるえていると、うれしそうにそう言うボーガンさんに、うなずいた。




