2 目覚め
ぱち、と目を覚ます。
けれどすぐに、体の下から響く不愉快な振動に気づく。
俺は土臭い麻袋をまくらにして姉ちゃんが引っ張る台車にのせられていた。
上を見れば、うすい水色の空が広がっている。
朝早く家をでてきたから、まだ昼をすぎたくらいだろう。
身じろいだ俺に気づいたのか、姉ちゃんが振り向いた。
「気づいたの?」
うん、と、もごもご返事をして、止まった台車から降りる。
家に帰る途中のいつもの道は、両側に畑が広がり、お祭りの喧噪から遠く離れ、いつもより人通りが少なく静かだった。
姉ちゃんの隣にいくと、ゆっくり台車の取ってから手を放し、俺のほっぺを確認するかのようになでる。
「どこか痛いところない?」
大丈夫、と俺は返事をすると逆に姉ちゃんの頬が赤みをおびているのに、ひゃっと小さく悲鳴をあげる。
「姉ちゃんこそ、ほっぺ痛いんじゃないの?」
姉ちゃんはうっすら笑い…
ぐーとお腹がなる。俺は思わず腹を両手でおさえる。
今度は姉ちゃんは、ふふふと声を出して笑うと、近くのちょうどよい木陰まで移動して、台車にかけてあった袋からパンを取り出し俺に渡す。ついでに皮袋に入った水も。
ぱさぱさと硬いパンはそれでも、なんども噛めば甘みを感じ、大事に食べる。道の端に座り噛みながら思う。
なんだか周りの景色が、今までと違って、はっきりと見える。
見えすぎるくらいの、視界は、遠くに飛んでいる鳥の羽すら数えられそうだ。
自分の中に、何かが混ざったような。
ただ、自分の中にあるものが先鋭化したかのような、もしかして、ギフトが発現したんだろうか。
いろいろな事が頭に浮かんで整理する。
俺に、親はいなくて、姉ちゃんと二人暮らし。
今日は、姉ちゃんの仕事にのついでに連れて行ってもらい祭りの街に行ったのだ。
これから続くお祭りのにぎやかさを俺に感じさせてあげようと思ったのかもしれない。
そこで会ったのがあの男だ。
俺は、俺は12歳で、住んでいるここは、ここは…
急にぐらぐらと動きだした頭が痛くなって、ぎゅっと目をつぶる。
そんな俺を姉ちゃんは勘違いしたようで
「やっぱり、まだ痛いんじゃないの?」
と言い、布巾を皮袋からの水で濡らし絞って俺に渡す。
俺は素直に受け取り、額につけた。
息苦しくなり、姉ちゃんにくっつくと、ふふふふと、姉ちゃんは笑う。
はっ!と気づき
「もう、いらない」
といって、濡れた布巾を姉ちゃんのほっぺにくっつける。べちゃという音で無造作の自分の行動に、しまったと思ったけれど
姉ちゃんは、一瞬戸惑った後、
「ありがとう」
といって、布巾を受け取ってくれた。
そしてまた気づく、俺だけしかパンを食べてないことを。
俺は、半分になったパンを姉ちゃんに、んっ、といって渡す。
「お姉ちゃんは、いらないのよ」
いつも姉ちゃんは、そう言うと、俺は覚えている。
でも、一方で、俺と5つしか離れていない女の子が、お腹が減っていないはずはないと、分かっているのだ。
急にクリアになった頭に、今までの感情がうずのようになって俺を襲う。
平気なわけないのだ、少しでも高くかってもらえるからと、お祭りに休むことなく働き。
そして、小さな弟を、にぎやかな街をみせてあげるかと連れてゆき、なにひとつ買うことなく空の台車を引き、家に帰っている。
たまたま会った元婚約者には、見世物にされ…
音もなく流した涙だけではたえきれなくなったように、俺の体は、わんわんと大声をだして泣きはじめる。
「どうしたの、やっぱり食べたいんでしょ」
そう言って、俺の手にパンをつかませようとするけれど、俺は首をふりながらひたすら泣く。
さえぎる物のない道での泣き声は、反響することなく、空に全て、すわれていく。
俺の中での暴力的なほどの感情なんて、かまうことなく、この世界は進んでいるのだ。
姉ちゃんは困ったように、俺をそっと抱きしめると背中をさする。
僕の体はとまどいながらも震える体で姉ちゃんにすがりつく。
姉ちゃんの優しい体温が俺にも移ってくるように。
いつもの、そういつもの姉ちゃんの日向の匂いにつつまれる。
「さっきの男の人が怖かったの?」
姉ちゃんの、いたわるような声が上からふってくる
俺はそれにいやいやいやと首をふる。
あんなかっこ悪い男なんてこわくない。
「あいつからは、好き勝手言った分くらいの迷惑料は受け取れたわよ」
ふんっ。と鼻息あらく、姉ちゃんは力づけるように、俺の背中をぱんぱんとたたくと、姉ちゃんは俺から手を離し、自分のお腹に手をあてる。
「さっき、ちらっと見たら金貨が入っていたわ」
姉ちゃんは、泣き声が止まったかわりに、しゃっくりのような呼吸をする
俺の顔をあげさせてぬれた布巾で涙と鼻水をぬぐう。
「でも、ちゃんと数えるのは家に帰ってからよ。どこに人の目があるか分からないからね。」
俺と視線を合わせた姉ちゃんは、俺にあきれるそぶりも見せず、にこりと笑って言う。
「覚えておくのよ、ルート」
そしてまた、俺をさっきよりも力強く抱きしめた。
自分の体に、得体のしれないものがはいりこんで、勝手に変えられた疑問があるけれど、いつだってそう、世界は俺にかまうことなく進んでいく。
俺を囲う姉ちゃんの腕が、俺をこの世につなぎとめている唯一のもののように感じた。
ぽんぽんと俺の背中をたたきながら、姉ちゃんは今日の夜は何を食べようかと話し出す。
とっておいたドライレーズンでパンでも焼こうかという
「ねぇ、ルート」
そして、俺はうなずく。
うん。そう、ぼくは、ルート。
姉ちゃんの弟、ずっと覚えておこう。
あやふやな自分が不安になるけれど
そんなことは小さなことだ。
俺が大切にしたいものは、ここにある。
いま、俺はここにいる。
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この世界は多かれ少なかれ魔法が使える人がいる。
それを管理するためなのか、国のすべての子どもたちは10歳になると、教会へ行き、水晶に手をつけ、判別された能力を司祭が書きとめる作業を行うようにと建国からの発令があった。
しかし、それは長い年月がたったことで形骸化されたようで、今では貴族や、金持ちの子どもたちのお披露目会のようになり、平民が多少時期が遅れたり、行っていなかったりしていても、そもそもの出生記録がしっかりしていないせいもあってか、問題になることはなかった。
しかし、この世界で魔法が使え、なおかつその力が高いとあっては、養子や就職で引く手あまたとなって、その家族ですら潤うこともあり、教会へ行かないという選択をとる人間はほぼいないといってよかった。
しかし、零れ落ちるかのように、行かない子もいた。
両親が亡くなった後、姉ちゃんがただ一人、この世の理不尽や悪意から俺を守るように過ごしていた時が、俺が10歳になった年だった。
俺はそのとき、何を考えていたのだろう。
ただただ、外からの脅威を恐れ、目をつぶり姉ちゃんの背中に隠れていた。
まだ身に起こってもいない悪意すら勝手に想像して、耳をふさぎうずくまっていた。
もう、大丈夫だと、自分に言う。
確かに一歩、外へ出れば恐ろしい世界が広がっている。
わざと、俺を傷つけようとする人もいるだろう。
人を踏みつぶして喜ぶ人もいるだろう。
だから、どうした。
傷つきもし、笑いものになっても
それ以上の、目的がある。
そもそも俺が、傷ついて、笑いものになったとして、世界は何も変わらないのだ。
冷たい世界に、俺は期待しない。
俺は、そんな世界を気にしない。
なんで俺が世界を気にしなければいけないんだ。
俺こそが世界だというのに




