2 格闘はできないけど
「そう、足を後ろに引いて、そこに重心をいれ、いいですね。筋肉がしっかりしているから、ブレてない」
ドリスに、そう褒められて、はにかんだように動いた頬のかすかな動きを俺は見逃さなかった。
俺は、ギフトが発現してから、視力がとても良くなったらしい。
旅は三日目になり、何事もなく進んだ俺たちは、だいぶ早めに今日の予定地点に着いていた。
火も起こし、食事の準備は終わり、後は煮込むだけだ。
木と木の間に張られたロープには洗濯物がはためく。
しばしの休憩時間。
姉ちゃんは、ドリスに格闘の手ほどきをしてほしいと頼み、俺は、少し、離れた場所で、馬の手入れをしていると見せかけて、二人を監視していた。
ここは、日陰もあり、少し下った場所には、川も流れていた。
俺は、その水を、汲んでに馬に飲ませたり、体を拭いたりしてあげていた。
シルヴァン様は、川にそって行ったりきたりして歩き、体をほぐすように動いている。
王都に近づくにつれ空気が温かくなっているのを感じる。
最初、シルヴァン様も、いろいろな事を手伝おうとしてくださったけれど、姉ちゃんは、雇ってもらっているだけで、ありがたいのに、自分が女のため気遣われているのは、嫌だと、はっきりと言った。
安全、快適に王都まで送る。
それが仕事だからと。
それ以来、そわそわしている気はするけれど、好きなようにさせてくれている。
「ちょっと、距離が近いんじゃないかな?」
「あっ、どこ触ってんだよっ」
小さくつぶやきながら、俺は、手に持ったブラシに力を入れる。
―ブルッブルッッ
馬はあきれたように、鼻を鳴らす。
「お前だって、そうおもうだろ」
馬だって、若い雄雌が一緒にいたら…。
なんてことだっ。
思ってたより事態は深刻かもしれない。
――ブルブルブルッ―
「えっ馬にも好みがあるって?」
それはでも、意識されたら終わりってことだ。姉ちゃんのすばらしさに気づいたら、みんな好きになってしまう。
俺は収納から、リンゴを一つ取り出し、素早く馬の口元に出す。
馬は、騒ぐこともなく当然のように一口で持っていく。
そりゃあそうか、元はいえば、お前のものだものな。
馬と一緒に、拝借した、飼葉や、果物を思い出す。
馬を探しに行った時、この馬だけ厩舎にいた。
他の馬は、外の広い牧場に出ているのに。
理由はすぐに分かった。
この馬の後ろの左脚関節に、大きな葉っぱが巻くようにほどこされていた。
ケガでもしているのだろう。
よく見れば、毛布が一枚と薄汚れた外套が壁にかけられている。
寝ずの看病でもうけているのかな?
大事に世話をされているようだ。
俺が、その場を出ようとした時。
「ヒヒーン」
急に馬は、いななき前脚を上げる。
「おい、おい、おい」
俺は焦って、思わず声をだしてしまう。
お前、脚、痛いんじゃないのか?
ちょっと、ちょっと、落ち着いて。
音がもれないように空間を展開し、俺は姿を現すが、お構いなしに馬は、いななき続ける。
「どうどう、どうどう」
と繰り返していると、やっと静かになった馬は、俺になにか伝えたそうに前足の蹄をならす。
「向かいの桶とか勝手にもらったのは悪かったよ」
俺は、収納していた水桶だったりエサ箱だったりを、元通りに直す。
「これで、いいだろ」
それでも馬は納得してなさそうだ。
「暴れるなよ、脚、治らないぞ。大事に世話してくれている人がいるんだろう」
俺は、かけられた外套をみながら言う。
「じゃぁね」
俺が再びそこから離れようとすると、さっきよりも増した勢いでいななき始める。
俺は、しばし考え、
「…おまえ、ここから出たいのか?」
そう聞くと、そうだと答えるように馬は、首を動かす。
「ほんとうに?お前、ここから、いなくなるってことなんだよ?」
言葉が分かるわけないだろうけどいってみる。
馬はまた、首を動かす。そして、別れを告げるように外套に鼻を付けると、その後ぐいぐいと柵から体をだそうとする。
「わかった、わかったよ」
でも、と、俺は、ちょっと考えてから、馬の前髪を切り、金貨を一枚それに包むと外套のポケットに入れた。
馬のケガは、俺のギフトで補助するようにした。
関節は、冷たい水を常にまとわせ、足はまわりをサポートするように空間でつつむ。
そもそも、馬車だってひかせてないのだ。
俺の魔力で動かしている。
馬も、最初はそんなに歩けないから、なぜか馬も俺が少し浮かせて進ませていた。
ずっと冷やしていたのがよかったのか、馬の脚は具合が良くなってきたらしい。途中で脚に巻かれてあった葉を見つけ、それを細かく粉砕して水に混ぜておいた。もちろん外見はただ変哲のない馬の脚が動いてるように見えている。
過保護なのかもしれないが、まだ荷車はひかせていない。きっとこのままいくんだろう。
俺たちの世話をしてもらおうとしていたのに、逆に手間がかかっっている気がしないでもないが…。
まぁ、御者の姉ちゃんの言うことは聞いているし、よしとしよう…。
今はそれより、と馬にブラシをあてながら考える。
俺だって姉ちゃんの役に立てることは、あるはずだ。
姉ちゃんが、一生懸命に稽古しているのを見る。
俺だって、俺だって、姉ちゃんに出来ることが、あるはずだ。
格闘は、無理だけどさ…。
俺は少し、いじけた気分になって、その場を離れた。




