15 今日はもうおわり
ひそやかな闇の中、ぱちぱちと、火にくべられた枝のはぜる音が響く。
その焚火の周りに、円になって四人は座っている。
周辺は同じような旅の途中の者たちが、ぽつりぽつりとお互いの邪魔をしないような、それでいて危険があったらすぐに分かるような距離で、くつろいでいた。
「すごかったんだよー。ばーんって一発で、のしちゃってさ」
茶葉を小鍋に入れて沸かした、食後のお茶を、俺は両手で持ちながら、すでに何度も言っている言葉を飽きることなく繰り返す。
「ね、ドリスっ」
興奮を分かち合いたくて、熱いお茶に気を付けながら、ドリスに顔を向ける。
「いゃー、なにがなんだか分からないまま終わってしまったような」
首をかしげながら、答えるドリスに、シルヴァン様は
「リタに、突然、出発の準備をと、言われた時は、なにがあったんだろうと心配したけれど、とりあえずは無事でよかったよ」
「後で、なにか不都合になるでしょうか…」
ドリスは、不安そうに言う。
「いゃ、私とドリスが一緒にいることは分かってないだろうから、家の方になにか言ってくることは、ないだろうし…。気にすることはないよ」
シルヴァン様は、ドリスを元気づけるように言う。
そう、気にすることはない、向こうは、きっとそれどころじゃなくなっているから。
俺は小さく、笑うと、ゆっくりとお茶を飲む。
俺たちの近くには、足の太い鹿毛の馬が草を食んでいる、賢そうな黒目をしたこの馬は、もちろん領主の屋敷からいただいてきた。
整備済みの馬車とセットにして、宿屋へギフトの力を使って運んだ後、俺はドリスの元へ戻ったのだった。
ドリスがあいつを、ダウンさせた後、場内は静けさと、爆発的な騒音がまじりあった。
そんな中、俺は、さも元々そこにいたかのように、ドリスから見やすいであろう観客席から、少しのずるをして、耳元へ声を届けた。
呆然としていたドリスは、それに気づくと、時が止まったように動かない取り巻きどもの間を通り抜け、急いで闘技場を出て、無事に宿屋で合流し、すぐに出発したのだった。
あんな場所、長居すべきじゃない。
当初の予定通り、王都への道を進み、ちょうどよい野宿場所があったのでここに腰をおろした。
着くとすぐに、ドリスとシルヴァン様は、少し離れた場所にあるという小川に、馬を連れて水を汲みに行き、姉ちゃんは火をくべるのによさそうな枝を周辺で探し、俺はカバンから出したように見せかけて、食事や寝床の物を準備する。
打合せなんてしてないのに、それぞれがスムーズに動く。
実際、何をどれほどもらったか覚えていない。
最初は、目立たない程度には気を付けていたとは思うんだけれど。
次から次へと移動した、豪華な部屋の中は、目を引く物がそれぞれあった。
触らなくても分かる、ふかふかな布団やベッド、椅子もテーブルも絨毯も、いつの間にか目の前からは消えてしまう。
だって、これ、いいなと、思うと、収納してしまっているんだ。
牧場に離されていた馬達は、柵の外へ解き放たせた。
たまたま入った場所は、壁も天井も金で模様造られた大広間で、まぶしさに思わす目を閉じ、開けた時には、天井にかかっていたシャンデリアは消えていた。
焦ってしまい、戻し方を思い出せなかった。
うん。
慰謝料だし、いいだろ。
それくらいですんで、よかったと思ってもらわないとね。
地下の宝物庫のドアも開けっ放しにしておいた。
あぁ、その後のやつらの姿が見たいものだ。
街を出るときは、気を付けた。
シルヴァン様と、ドリスは幌をはった馬車の中に座らせ、二人には気づかれないように空間を展開し姿をみられないようにした。
そして、御者台に座った、俺と姉ちゃんの姿は、そこらへんを同じように走っている御者の姿を、映す反射板を作り、慎重に門を通り過ぎる。
街を出る時の、確認は何もないと知っていたけれど、念には念をいれた。
結果、あいつは、まだ目を覚ましてないらしく、何事もなく通りすぎれた。
ふぅーと息をお茶に吹きかける。
その時、ドンッと上空に音が響く。
その方向を見上げると、花火が次々とあがっているところだった。
街から遮るような建物もなく、なだらかな道だけが続く平地では、大きさはともかく、遠くの夜空に小さく見える花火は、一瞬のきらめきを残した後、花びらのような火花をゆっくりと落としてゆく。
さざめくような驚きの声が、周りに広がる。
祭の最後を告げる花火だろう。
俺と姉ちゃんは、同時に顔を見合わせて、笑いあう。
「綺麗ねー」
そう言って、また視線を元に戻し、瞳に花火を映すのだった。
どんどんと空に上がる花火は数を増し、勢いづく。
フィナーレが近いのだろう。
「どうして、最後に花火をあげるか知ってる?」
シルヴァン様が、目線をカップに下げたまま、聞いた。
俺は、首をかしげる。
どうして?
「きれいだからかなぁ」
ドリスをカンニングするように見てみると、俺の答えに、うんうんとうなずいているから、心強くなる。
「きれい、だからでは、ないんだ」
ちがったようだ。
ドリスは、そ知らぬふりをするように、俺から顔をそむけて花火をみる。
シルヴァン様は、そんな俺たちの攻防なんて知らないまま、話続けた。
「天上に住んでいるアルミリア神は、人間に時々、慈悲を与えてくださるという。そう、いま、見ている花火も、最後に、火花が降ちていくだろう。天から落としてくださった慈悲を模していて、感謝を表しているんだ。その慈悲を人間はギフトと呼んでいる」
シルヴァン様は、カップから目線を上げ、花火を見上げる。
「そして、時々、慈悲ではなく、アルミリア様の力そのものが降りてくるときがあると言われていて、聖書には、こう書いてある」
波のようなざわめきと、規則的に響く音に、俺は心地よくなる。
少し目を閉じてみよう、少しだけちょっとだけ。
そっと、姉ちゃんが手からカップを取ったような気がするけれど。
大丈夫、すぐに目を開けられる。
花火が終わったら、お茶を飲んでいたカップを片付けよう。
馬にも、おやすみの挨拶をして、寝る準備をしよう。
そう、思っている時には夢の中、だから、シルヴァン様が最後に言った言葉は俺には届かなかった。
『その力は 人智の範囲に非ず ひれ伏すのみ ただひとつの希望は――』




