14 あるものはうばえない
出店の通路にとどまっていたやじ馬たちは去り、日常は再び始まる。
俺は、姉ちゃんの拘束を解き、体を起こす。
姉ちゃんは、すぐそばにくると、確認するかのように俺の体をさわる。
「痛いところない?」
俺は、安心させるように、ぴょんと飛び跳ねて立ち上がった。
「大丈夫」
なんだか、大事になったなぁと思う。
「力術試合だって」
つぶやくように言うと
「なにかあったらシルヴァン様を連れて、とにかく王都へいってくれって言われたわ」
姉ちゃんは考え込むように言った。
姉ちゃんの真似をしてみようと思っただけだった。
吹き飛ばされて嵐が過ぎるのを待つ方が、楽だと思った。体は、魔法で覆って防御できてたし、歯向かっていったところでよい方向へ行くとは思えなかったから。
姉ちゃんが来ないようにとは考えたけれど、ドリスの事は、忘れてたなぁ。
後ろめたさを感じる。
ドリスだって、危険なことは分かっていたはずだろうに…そして、気にするのは、自分のことじゃなく、シルヴァン様のことか…。
姉ちゃんは散らばった荷物を回収しだした。通行人に踏まれないように、そそくさと拾っている。
汚れた服たち。
俺も倒れたせいで、服は泥だらけになっていた。
全てを拾い集めると姉ちゃんは、俺の元へ戻り、ドリスが最後に置いていった荷物を背負う。
嵐は通り過ぎるのを待つのが、楽だと思った。
嫌なことがあったら、暴力的な嵐に向かっていくよりも、ただ通り過ぎるのを待つ方が。楽だと思った。
でも、通りすぎるのを待つだけだからといって、傷ついていないわけじゃないのだ。
耳には暴力的な風が入り込み、身を守るために小さくなった体の上には切り裂くような刃がすぎていく。
見上げた姉ちゃんの顔は曇っていた。
朝は、あんなに嬉しそうに笑っていたのに。
俺は魔力をこめて服を軽く叩き、汚れを落とす。
パラパラと落ちていく砂を感じる間もなく、姉ちゃんが持っている包みも叩き、砂を分離させるように力を使う。
俺は、ひとつ息をつく。
物が元通りにきれいになったからといって、体の中にある怒りは消えないようだ。
「姉ちゃんは、出発の準備をしてて」
姉ちゃんのうつむいた目に、しっかりと目線を合わせながら言う。
「荷物の、心配はしなくていいから」
俺は、頭の中で段取りを考えながら早口で言う。
「馬車も、俺が準備するから、俺たちが戻ったらすぐに出発できるように宿で待ってて」
ほうけたようになっている姉ちゃんの手を握る。
「…ばかなことを考えちゃったのかな?姉ちゃんが王都に行こうって言わなければこんなことにならなかったのに」
「ねえちゃんっ!!」
俺は強く手をひっぱる。
「そんなわけないっ」
俺は、ますます怒りがわいてくるのを感じた。
新しい日のはじまりだったのに、だいなしにされた。
俺は、手をのばし、姉ちゃんの頬を、ひっぱたく。
姉ちゃんにとっては、蚊がとまったようなものだろうけれど、それでも、ほうけた姉ちゃんの目には光が戻ってくる。
「俺が全部できるんだ。なにもかもうまくできる」
「…………」
「俺には力があるんだ」
うなずいた姉ちゃんを、俺は確認すると、ドリスを追った。
ドリスを追うのは簡単だった。魔道具の片割れをもっていたから、その反応を目印にして、空から追って行った。
緊急事態だからなのか、ギフトの使い方すべてが手に取るように分かった。
空を飛ぶのだって、体を周りから見えないように空間で包み、それを持ち上げへ空に浮かべればすぐにできた。
歩くよりも走るよりも、馬車よりも速くすすめる。
ドリスが闘技場に入ったのを確認し、途中、馬車で離れたビチルを追う。
こちらも簡単だ、空から自分の魔力で目印をつけておいてそれを追うだけだ。
街全部をサーチしながら動かなければならないかと考えたけれど、簡単な方法があって良かった。
この街いちばん大きい屋敷へビチルは入る。
ここが、ビチルの家なんだろう。
俺は、高度を落とし、ビチルの屋敷へ空いていた窓から入っていく。
ビチルは、屋敷に入ると、取り巻きたちとは離れ、一人、歩いていく。
俺はその後ろを、ひっそりとついていく。
何枚かのドアをくぐり、ある一枚のドアの前で止まる。
ビチルは、戸惑いもなく指の爪下の皮膚を持っていたナイフをあてて傷をつくり、その血をドアノブにつけ、ゆっくりとドアを開けた。
きっと、認証している人しかはいらないようにしているのだろう。
ビチルは、魔術灯に声をだして明かりをつける。すると地下にあるせいで真っ暗だった、部屋の全容が一気に見えだした。
そこは、庶民の部屋が三件は余裕でおさまりそうな広さだった。
几帳面に合わせられた棚が列になってのび、金塊なども無造作に山のようにおいてある。
俺はビチルが魔剣がはいているらしき箱を苦労してとりだそうとしているのを横目に、部屋を飛びまわる。
金塊は慰謝料として拝借するのは決定として、他に価値のあるものはないかなと思いまわっていると、いつの間にか、俺の収納にはいろいろな物が収まっていたようだ。
目にはいっただけで収納してしまうだなんて、まだまだ俺も修業がたりないのだろう。
そんな事にも気づかずに、ビチルは箱と格闘していたが、一通り見た俺は、もう気になるものはないなと思ったこともあり、その箱を開けてあげた。
そう、俺が箱を開けれないように細工をしていたのだ。
ビチルは、やっと空いた箱から魔剣を取り出し、明かりにかざす。
黒一色でうめられたその太い剣は、鈍い反射をもっている。
ビチルは満足したように、確認すると、鞘をつけ魔剣を腰に差す。
重さで少しよろめいたのは見なかったことにしておこう。
俺は、またビチルの後ろをついていき、その部屋をでる。
階段を上っていくビチルの後ろをついていくと、どこからか、おいしいそうなにおいがしてきた。
祝祭のパーティの準備でもしているんだろう。
俺は、少し、考えると、匂いの元へと急ぎ、たどり着いた厨房で、少しごちそうをいただいておいた。
ビチルの反応が屋敷を出ていくのを感じる。
俺も、すぐにその場にいこうと思ったが、まだしなくてはいけないことを思い出し、急いで方向を変えた。
―― ワァ――!!
つんざくような歓声が急に響いてきて、間に合ったなと思う。
俺は、闘技場にいるドリスに気づくと、そのそばに降り立った。
もちろん姿は消したままだ。
ビチルも入場し、司会者は説明をはじめる。
ドリスの大きい体は、空気が抜けたかのようにしぼんで見えた。
あんなに輝いていた黒い瞳は洞のように虚ろだ。
ドリス、って心の中で呼ぶ。
貴族のことなんて、世の中の仕組みなんて分からないよな。
どうして、真面目に生きているだけなのに、俺たち路傍に落ちたゴミみたいにけられるんだろう。
ドリスが俺を馬車からかばったとき、周りがいなくなれば、少しはすっきりするだろうにって、思っていたところだったんだ。
だって、偉い人ってそうしてるだろ。
ギフトが発現して俺の中身は少し変わったみたいだ。
そんな風に考えている奴を、ドリスは助けたってわけだ。
今だって、この会場にいる人全部を、一瞬でどこかへやってしまえる気がするよ。
でも、今回は姉ちゃんが王都に行こうっていう旅のはじまりなんだ。
王都に行ったらなにがあるか分からないんだけれど、姉ちゃんが決めたくらいだから何かはあるんだろうと思う。
きっと、そういうものをなくしちゃいけないから、なるべく殺さない方がいいんだろうな。
安心してくれ。
魔剣についた無効にする魔術は取り外しておいたから、あれは今や、ただのなまくら。
どうして人間は、もともとないものに、つけただけというのに、あるものだと思ってしまうんだろう。
もともとないものなら、なくなるのが、当たり前だろうに。
ビチルは防具を着ようか迷っていたけれど、重いのがいやでやめてたよ。
だから、だから
「ごちゃごちゃかんがえるな」
同じ動作を何度も、何度も繰り返していた姿を俺は覚えているよ。
ドリス、お前には、誰にも奪えない力がある。




