13 考えてもしかたないこと
「なんでここに、獣人がきてるんだ?」
ドリスは俯いたまま、それを聞いている。
「………」
「おい、口が聞けないのか?それとも人間の言葉が分からないのかなぁ」
さげすむようにビチルは言いい、その後、おゃ?と気づいたように
「おまえ、シルヴァンのところにいなかったっけ?」
と続ける。
ドリスの体はかすかに震えた。
無言のドリスに、ビチルはしばし考えた後、取り巻きたちの方へ向き
「やっぱり街へでてきて良かったなぁ。雨で巡業がなくなって、退屈していた面白い余興ができそうだ。」
「余興といいますと?」
とりまきが、合いの手をいれるように聞く。
「今日やる、魔術くらべの催しの、一番の最初に」
ドリスを指し示しながら言う。
「俺と、獣人とで力術試合をやろうじゃないか。魔術比べなんて、ただ魔術を披露するだけだろう、退屈だと思っていたんだよな」
とりまき達は、一斉にはやし立て、伝令は、すぐに走り出す。
まわりにいる、やじ馬たちもその言葉に、口笛をふくものもいれば、眉を顰める者もいた。
神へささげる祭りの日に、流血沙汰は御法度のはず、何か良くないことがおこるのではと…
ドリスは、まだ目を開けないルートを地面にそっと置くと、あきらめたように立ちがり、そして、その周りをとりまき達が囲み、押し出されるように歩き出したのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(ドリス視点)
ルート殿が蹴られて地面に倒れたのが目に入った時、昔の自分と重ねてしまったのかもしれない。
私の尾を鞭で切り裂き、動かなくさせた、シルヴァン様の従甥であるとビチル・ターナン。
あの時、助けてと、言った自分の声が聞こえたようなきがして、思わず出て行ってしまった。
シルヴァン様がここにいることを気づかれると面倒なことになると、分かっていたのに。
このような時に、目立ってはいけないと分かっていたはずなのに…。
体は勝手に動いていた。
この街の領主の長男ビチル様とは、シルヴァン様にお仕えてしてすぐの頃、会ったことがある。
ビチル様の継母であるビクトリア様の兄ターナン・ビギン様が家族で、領地にこられた時があった。
私の姿は、不快にさせられると、人の目に入らないような仕事をいつもは、割り当てられていた。
その日は、厩舎の掃除を終え、昼ご飯をもらいに厨房の出入り口にいくと、もうすぐ、遅れていた荷物を載せている馬車が着くから、そこにいけと言われた。
今日も、昼ご飯はもらえなそうだ。
思わず尻尾がしょぼんと下を向く。
あぁ、いけないと思い、力をいれて背中にくっつけた。
背中に尻尾をくっつけて小さい温もりを感じると、お父さんと、お母さんのことを思いだせる。
夜の寝る間際、それぞれに櫛を持ち、お父さんとお母さんの三人で、毛づくろいをするのが日課だった。
外がいくら吹雪いていようとも、ゆったりとした時間がそこには流れていた。
「ドリスの尻尾はとかせばとかすほど、ふわふわになるわね」
お母さんは、そう言っていつも櫛を通してくれた。
ちょうど思春期にさしかかっていたからか、心の中では嬉しく思いながらも、それにはなんの返事もせず、素知らぬ顔でお腹の毛をけづくろいしたのだった。
あの時、言えばよかった。
お母さんの髪の毛もきれいだって、お父さんのたてがみのような立派な毛が好きだって、言えばよかった。
ただ三人で毛づくろいしているだけなのに、楽しいねって言えばよかった。
私は、言われた通り、馬車から荷物を運ぼうと、手伝いの輪に入り、渡された箱を慎重に持つ。
力はあるから、重さは余裕だけれど、中の物を大事に慎重に持ち、近くにいた人たちの流れに乗るように動こうと、振り向こうとし時、腰元に衝撃が響き、蹴られた。
もう、そんな暴力は常にあったから、とにかく荷物を守ろうと、しゃがみ込み荷物を下ろした。
傷をつけたらまた、どんな事がおこるか、知っていた。
体を縮めた体制に、暴力は、まだ襲ってくる。
私は、荷物から距離をとろうと、その衝撃に力を抜きわざと飛ばされた。
「僕の荷物をさわるんじゃないよ」
薄めで見上げると、立派な服を着た少年がいた。
年恰好からいって、今日の訪問者ビギン家の方だろう。
「穢れるだろっ」
私は体に尾をまきつけ、ボールのような体勢になった。
尻尾の温かさを確認するかのように必死で小さくなる。
あの頃と違って、汚れが取れないまま固まり、岩のようになったしっぽ。
どうしてだろう。
なにも悪いことなんてしてないのに。
悲しくて針のような感情が体を刺してくる。
私が、ただ耐えているのが気に入らないのか、その少年は馬車から鞭をもってきて、今度はそれで叩いてきた。
服から、はみ出ている尻尾を中心にいたぶってきた。
集中して根元を狙われ、血が飛び散る。
痛い、痛いと思う。
神さま、助けてって思う。
でも、痛いと思ってなんになるんだろう。
助けてって思ってなんになるんだろう。
神さまに祈っても、なにも変わらないのは、もう知っていた。
両親が人目を気にしているのは分かってきていた。
今、思えば母親が人間、父親が獣人というのは、村八分の対象になったのだろう。
事あるごとに、私たちに何かあっても、きてはいけないよ。隠れているんだよ。逃げるんだよ、と言われていた。
人里離れた場所に住み、時々、毛皮や肉を近くの村に売りに行っていた。
近くの村には肉を、少し遠くの町へは肉と、毛皮や蔦で編んだ籠などを売りにいく。
一度聞いてみたことがある。
「近くの村で肉を売っても、町での半分以下のお金しかもらえないのに、どうして村で売るの?」
不思議だった、わざわざ村へ寄って安く売らなくても、2時間は遠くなるが、町で全部売ってしまえばいいじゃないかと思った。
母親は少し、考えると
「お世話になることがあるかもしれないからね」
と言った。
お世話?俺の姿をみると、石を投げてくるあいつらが?
村に何人かいる、同い年位の子どもたちは、俺の姿を見ると、こっちにくるなといって、追いかけてくる。
半分獣人の血が入っているので、追いつかれることはなく、高い木の上に登ってかわしていたけれど。
街への買い出しにはついていけなかった。
父が母と荷物すべてを背負って行くのがいちばん早いらしく、俺は留守番をしていた。
そんな日は、日が昇る前に家から出て、沈む前には、帰ってきていた。
ある日、いつものように留守番をしていた私は、言われた手伝いも全て終え、
手持ち無沙汰になっていた。
もうすぐ日もくれる。
冬の気配はすぐそこにあり、少し冷たい風が通っていった。
虫の知らせというのだろうか、なにか声が聞こえたような気がして、少し、山へ入る道へ足を踏み入れた。
1人で出てはいけないと言われていたけれど、草木で足元が見えずらいとはいえ、まだ一本道だ、迷うことはない。途中まで行って帰ってくればいい。
私は、一本道が終わり、突き当たった道へつくと、また、一歩踏み出す。
まだ大丈夫だ。右へ曲がっただけ、帰り道は覚えている。
そして、私は、暗くなってきているというのに両親の気配がない山道に、いやな予感がしながら歩きつづけた。
かぎなれない匂いだと最初は思った。けれど、両親の匂いが確かに混じっているから、急いで近づく。
道はもう分からないけれど、お父さん、お母さんに会えれば帰れると、自分を振るい立たせる。
自分の呼吸しか耳に入らない。
心の中で、お父さん、お母さんと呼びながら走る。
もう、日が暮れそうだ。
鼻に煤の煙を感じると、火をたかれた松明が目に入った。
慎重に、近づく。
「あー、獣人も大したことなかったなぁ」
「女を人質にとったら、ちっとも動けないんだから、獣人の力っていうのも意味ねえよな」
木の上に登り、そこを見下ろす。落ちないように幹をつかんだ手に力を入れる。
「でも、殺さなくてもよかったんじゃないですかい?女は使いようがあるし、こいつらのもっていた金がすくなすぎて、殺すって、お頭もすごいやぁ」
太い笑い声は響く。
「こいつら、どこに向かっていたんですかね、この辺りなにもなかったような…」
「おまえら、水場まで行くそうだ、出発するぞ」
離れたところから、声がかかると、がやがやとした音は遠くなり、一人ぽつんと取り残された。
なんの夢を見ているのだろうと思う。
血の匂いが立ち込める地面に降りて、そろそろと歩く。
「おかあさん」
喉から血がながれ、動かない。
「おとうさん…」
体は血にまみれ、原型をとどめて居ない顔…。
あぁ、あいつら、お父さんの尾を切ってもっていった。
体温がなくなってきている体に抱きつく。
今日は、月が明るくてよかったと思う。
お母さんは髪の毛を、お父さんはたてがみをいつも持っている小さいナイフで切って布巾に包みながら思う。
遠くから獣の遠吠えが聞こえる。
二人の体を道から外れたところに持っていく。
穴は掘れないから、なるべくたくさんの落ち葉や土を上からかけた。
どうしてだろうと思った。
神様に祈った。
神様に聞いた。
何度も、何度も。
けれど、答えはいつも返ってこない。
二人を葬ったあの場所は、今、どうなっているんだろう。
ドリスは、覇気のない亡霊のような姿でビチルの後ろを歩いている。
「あの魔剣を、試してみたかったんだよな」
ビチルがご機嫌に、誰ともなくに言うと、取り巻き達は、いっせいに話し出す。
「あの魔剣は素晴らしいですものです」
「あの魔剣が使われることを見れるだなんて、楽しみです」
それにまた気をよくしたようにビチルは続ける。
「お父様が、わざわざラナン総帥にお願いしてくださったのだ」
「この国一番の魔術師、そして魔術学校、校長でもあられるラナン総帥にお願いできるだなんて、さすがでございます」
魔剣とは、その剣そのものが魔力をおび、魔力以外の力を無効にさせる。
いくらドリスが強い力と体を持っていたとしても、魔力がない限り、溶けたバターのように容易く切らられてしまう。
「人間は、多少なりとも、魔力がありますからねー、獣人ならちょうどよい試し切りとなるでしょう」
魔剣とは、力で勝てない獣人に対し、人間がその力を無効にする為に作った。
対獣人用のためだけの武器だった。
ビチルは途中で屋敷へ魔剣を取りに戻り。
ドリスは、そのまま闘技場へ連れていかれ、控室であろう半地下の小さい部屋に押し込められていた。
そこは、椅子とテーブルがひとつづつあるだけの簡素な部屋だった。
ドリスは、力なく椅子に座っていた腰をあげ、小窓から外を見た。
目線と同じ高さには闘技場の床がすぐに見え、先ほどまでは静かだった周りが、がやがやと音がましているのに気づく。
観客が入ってきているのだろう。
ビチルの取り巻きたちは、道すがら、獣人との力術試合あると宣伝のように大声でいいながら歩いていたから、それを聞いた人たちが集まってきているのだろう。
シルヴァン様からいただいた、止まったままの懐中時計を手持ち無沙汰に握る。
シルヴァン様は大丈夫だろうか。
リタ殿に、なにかあったら、俺を置いて出発するように頼んでおいたけれど。
あの姉弟なら信用できる。
シルヴァン様を一人にすることがなくて良かった。
久しぶりに尾が動かなくなった時のことを思い出してしまった。
もう感覚も何もなく、だらんと落ちてくるのを常にベルトに挟んでしまっているから、思い出したくなくて、わざと考えないようにしていたのかもしれない。
あの時、途中でシルヴァン様が気づいて、ビチル様の気をそらしてくれて暴力は終わったのだ。
そして、血だらけの私を、シルヴァン様が使っている離れの部屋に運んでくれ、治療してくださった。
傷のせいで熱があがれば、シルヴァン様が氷で冷やしてくださった。
体調がよくなると、シルヴァン様専属の従者にならないかと言われ、私なんかでいいのだろうかと思いながらも了承した。
その時は気づかなかった。
シルヴァン様に、専属の従者がついていない理由が、一人で離れの部屋に住んでいた理由が。
私は毎日、体を鍛えた。
世の中には、理由も答えも分かっているのに、どうしようもないことがあることから目をそむけるように、シルヴァン様をせめて、暴力からは守れるように、それしかできなかった。
けれど、魔剣の前にはそれも無力だろう。
「出ろ」
めんどくさそうに案内人が呼びに来た。
私は、ひとつ大きく息をはくと、その小部屋から出た。
薄暗い通路を歩く。
頭の中は、自分がどうなるかより、シルヴァン様を最後までお守りできなくなるのかもしれないという事だけが埋め尽くす。
案内人は、立ち止まり、俺を振り向くと、鉄製の錆びたドアを開けた。
―― ワァ――!!
私がでると、闘技場は洪水のような歓声が沸き起こった。
誰に言われるでもなく、中心に向かって歩く。
円形の闘技場の観客席はすり鉢状になっていて、300人は収容できそうな場だったが、見渡す限りの席は埋まっていた。
私が、止まったのを確認したかのように、もう一方の入り口から、ビチル様が入ってきた。
動きやすいような服に着替え、手には自分の体と同じ位の大きさの魔剣を持っていた。
「本日は急遽の催しの力術試合に、ご来場いただきまして、ありがとうございます」
司会だろうか、拡声のマイクをつかって、腹の出た男が燕尾服をきて舞台に立っていた。
「皆様、お分かりだとはおもいますが、力術試合とは、人間の魔術と獣人の力のぶつかりあいです。どちらが強いんでしょうか。この疑問の前には、立場など関係ないと、ビチル・ターナン様より通達をいただいております。この試合による咎は双方、一切の不問とするということであります」
盛り上げるためか、分かり切っているだろうことを大げさに言う。
「ルールは簡単でございます。戦闘不能、それのみ。」
歓声はますます大きくなる。
咎なしだなんて、俺がどうなっても罪にはならないと、おためごかしに言っているだけだ。
どうしたらいいんだろう、戦いの為に向かって行った方がいいのだろうか。
どうせ、無駄なのに?
抵抗なく、切られた方がいいのだろうか?
どうしたら…
「ごちゃごちゃ考えるなっ」
その時、声変わりも、まだな少年の声が聞こえた。
濁流の歓声の中で、なぜかその声は耳にまっすぐに入る。
私は、いつの間にか下を向いていた姿勢を正し、まっすぐ正面を見る。
ニヤニヤと笑う、ビチル様の魔剣も目に入るが
そうだ、考えても仕方ない。
考えても、答えはでないのだ。
「開始します」
―― ゴ――ン ――
開始の鐘が鳴り響く。
私は、すぐに膝からはずみをつけ、前に飛ぶように近づくと、魔剣を振り下ろそうとしているスピードに、遅いと思いながら、全身の力をこめて、空いた相手のみぞおちに右の拳を埋め、次に、左で頭を狙おうとしたが、その手は空を切り、
…辺りは、静まり返った。
闘技場の舞台の上には、割れた魔剣の残骸が散らばり、ビチルの体は舞台の下に落ち、人形のように動かなくなったいた。




