第9話:死をばら撒くだけの風船
草原を吹き抜ける風は、馬の歩みと共にやがて、焼けた石炭の匂いと煤煙の混じり合ったものになっていった。
「なんか荷馬車の上で深呼吸って感じじゃないんだよな」
オレにしては珍しく、余計な一言が口をついてでてしまった。
「そりゃ帝都が近いからのぉ」
荷馬車の老人がのんびりした口調で答えた。
「あ、なんかすんません」
妙な居心地の悪さを感じて、つい謝ってしまった。
しかし老人はそんなことは当たり前といった風に言葉を続ける。
「この国はなんでも蒸気で動かすんじゃ、
列車や工場だけではない。
発電所も……ほれ、あのでっかい時計塔も
蒸気機関で動いとる」
老人が指差す方向を見ると、巨大な歯車が複雑に噛み合った鉄塔がそびえ立っていた。
まだテートシティまでは随分距離があるはずだが、この威容は相当な大きさなのであろう。
「そうなんですね。しかし蒸気機関というのは随分と応用が効くものなんですね」
オレは言葉尻にお世辞を染み込ませて老人に問いかけた。
「そうかね。まぁ便利なんじゃろうが……
ワシはどうにも馴染めんでな。
こうしてコーガイ村なんぞという片田舎に住んどるんじゃ。
まぁコーガイ村に好きで住んでいるものなんぞ、ワシみたいな変わりもんばっかりじゃがの」
はっはと老人は豪快に笑ってから、大きく痰の絡んだ咳をした。
なるほど。
ここはオレが想像していた剣と魔法の異世界とはかなり違うらしい。
剣と剣がぶつかり合い、ドラゴンの豪炎が村を灼く世界ではない。
工業製品である鉄と鉄がぶつかり合い、石炭の炎が世界を動かす世界だ。
そんな中、この老人が住まうコーガイ村という異端を残してあるあたり、中々捨てた世界じゃないようだ。
「おぁ?」
急に辺りが暗くなる。
空を仰ぎ見ると、柔らかな陽射しを届けてくれていた太陽はそこになく、代わりに青黒い鋼鉄の外皮をまとった硬式飛行船がゆうゆうと空を渡っているところであった。
「すげぇ……なんてデカさだ。こんな物、元いた世界にもないぞ」
産業革命は巨大な機械や工場を生み出した。
けれどオレのいた世界は、やがて小型化と効率化を追い求めるようになった。
この世界は違う。
巨大なものを、もっと巨大にしようとしている。
そこにはオレたちがはかりし得ない技術があり、恐るべきエンジニアがいるに違いない。
小柄な馬はトコトコと、老人とオレとたくさんの野菜を乗せてテートシティへ近づいていく。
「帝都にはよく行かれるんですか?」
オレが話を振ると老人は、空を行く飛行船を眺めながら答えた。
「そうさな、月に二、三度じゃな。市場で野菜を売るんじゃ。
帝都は工業製品は作れるが、食べ物を作れんからの……まぁワシらも帝都で作った電気を送電してもらっとるがな。
持ちつ持たれつというやつじゃ」
郊外は農業、都心部では工業を担っているのか。
もしかしたら漁業が盛んな村もあるかもしれない。
「あ、ようやく飛行船が通り過ぎましたよ。随分と全長があるんですね。
おじいさんは乗ったことがあるんですか?」
はるかなビル群に吸い込まれていく飛行船を見つめながらオレは言った。
「ふむ……鐵道総省の旅客飛行船ということなら無いな。アレは運賃が高いからな」
「そうなんですね……あれ? ということは他の船があるんですか」
老人の言い方が気になってオレは尋ねた。
「ふむ、若い頃にな……陸軍航空局の飛行船ならあるぞ。まぁ軍じゃ飛空艇と呼ぶんじゃがの、まぁロクなもんじゃ無いわい」
「ありゃぁ……死をばら撒くだけの風船じゃ」




