第7話:くわえタバコで帝都散策
鐵道総省の重そうな扉を出ると、石とレンガの街並みが広がっていた。
大勢の人たちが行き交う大通りに、街路樹が続く。
道路の中央では蒸気自動車が白煙を吐きながら走り、歩道の脇では真鍮の装飾を施した街灯が昼間からぼんやりと灯っていた。
「なんか、神戸みたい」
ハルミは辺りを見渡して、そう呟いた。
「コーベというのは、以前あなたのいた街の名前ですか?」
鐵道総省の駅員さんが、保護施設まで案内してくれるそうなので、ハルミはついていくだけで良かった。
「住んでたわけでは無いんだけど、近くの街。港町で古い建物がいっぱいあって、新しい建物もあって、坂ばっかりで、牛のステーキが有名な街」
「港町なのに、魚では無く、牛のステーキが名物で、古い建物が多いのに新しい建物もあるんですね……なるほど、やはり異世界は不思議がいっぱいですね」
二人の頭上を懸垂式モノレールが轟音を立てて駆け抜けていった。
「あの時計塔を超えた先の建物が、その保護施設になっているホテルです。建物は少々古いですが、中々いいホテルだと聞いています」
「へー、なんかいいね」
ハルミは時計塔を見上げた。
巨大な歯車が複雑に噛み合ってそびえ立つ様は、迫力があった。
そのままポケットからタバコの箱を取り出すと、トントンと叩いて、端の一本を取り出した。
「吸っていいですか?」
「ええ、どうぞ」
そう言った駅員の顔は、当たり前のことをわざわざ確認するとは、随分と丁寧な人だなとでも言いたげな感じであった。
周りを見渡すと、そこらかしこで紫煙が立っていた。
歩きタバコ率が実に高い。
特にハルミが驚いたのは、皆、吸い殻を石畳の地面で踏んで消火していたことだった。
それを見たハルミの感想は、
楽でいいな。
であった。
ハルミが深く長く煙を吐いた時だった。
「ん? なんか、うるさ」
ガガガ……ギュンギュンギューーーーーン
行き交う人々をかき分けるようにして、いわゆるブリキのロボのような機械が蒸気と煙を吐きながら進んでいる。
「なんですか、あのなんかかわいいヤツ」
タバコを挟んだままの指で、ハルミはその騒音の元を指差した。
「ああ、街頭用掃除機ですよ。あの足元からゴミを吸っているんです」
「ふーん」
それなら足元の掃除機の部分だけでいいじゃん、と思ったが、
「最初期のものは、水タンクやボイラーがむき出しでしたから、今の型はああいうロボットに見えるカバーをかぶせたんですよ」
ハルミは、少し関心したような表情を浮かべた。
「不思議なもので、以前は蹴られたり、イタズラされたりで、稼働率が低かったのですが、ロボットのカバーをかぶせると、そういう人も減りまして、今ではグッズ化されたりしているんですよ……まぁうるさいことには変わりはないのですが」
お掃除ロボが人混みを抜けて、ハルミたちの方へ向かってくる。
「あ、こっち来た」
ハルミは吸い口付近まで迫ったタバコを試しに路上へ放り捨ててみた。
ガガガ……ギュンギュンギューーーーーン
タバコの火を消すより早く、お掃除ロボットが、その吸い殻を取り込んだ。
「ありゃ」
ガガガ……ブシューーー!
お掃除ロボが甘ったるいベリーの匂いを噴き出す機械になって人混みに消えて行った。
ガラーーーーーン ガラーーーーーーン
巨大な歯車の塔が鐘を鳴らすと、ビル群の向こうから硬式飛行船の巨体が姿を現した。
「うわ、でっか!」
ハルミが目を細めてその大空の巨体を眺める。
「中央大鉄空臨港駅の方ですね、鐵道総省の航空局が所有している飛行船です。私の入省同期がパイロットをしていますので、少し詳しいですよ」
そう言った駅員は少し誇らしそうな顔をした。
「仲いいんですか」
ハルミが尋ねると、
「そうですね、たまに食事に行きますよ。最近はお互い忙しくなってしまいましたが」
と言った。
「今度、彼に会ったら、マル転、失礼……転生者の方が感心していたと伝えておきますよ」
しばらく歩くと、先程大きな鐘の音を鳴らしていた歯車の塔まで差し掛かった。
塔の足元では大きな機械がせわしなく蒸気と煙を吐いていた。
「帝都の大時計塔です。時計塔は各地にありますが、ここまで大きいのはテートシティくらいですね」
ハルミはそれほど時間を気にするたちではなかったので、ただ大きいということにだけ感心していた。
「この大時計塔は、蒸気機関のシリンダーピストンの往復回数で同期を取っていますので、精度を出すのが難しいのです。専門の調律士がいるくらいですから」
その後も駅員は精巧な蒸気機関の話をしてくれたが、ハルミにはよくわからなかった。
よくわからなかったが、この駅員は空ではなく、地面の方が好きなんだなということであった。
「着きましたよ。ここが転生者の皆さんの生活を保護するホテル。ホテルグラン・ヴィアテートシティです」
ハルミは、大阪駅前のホテルみたいだなぁ、と思ったが、口に出すのはやめた。
「私は業務がありますので、ここで。
委細はホテルの担当者に引き継いでいますのでご安心ください」
では、と言いながら、駅員制帽のツバを少し上げた。
「ようこそ、赤石ハルミ様。私は法務省の外局、入国管理局転生対策班のハナダと申します。こちらでは、転生者の皆様の生活基盤が整うまでの生活拠点としてお使いいただけます。
困ったことがあればなんなりとお申し付けください」
にこやかなハナダの後ろには、3階吹抜けの広いロビーが広がっていて、いくつも丸いテーブルと座り心地の良さそうな椅子が配されていた。
「んっ?」
ハルミの視線の先、ロビーの丸テーブルの上にはガラス製の豪華な灰皿が置かれていた。
「えっ、タバコ吸えるじゃん、このホテル、アッチー!」
ハルミが感動していると、背後の大きな扉が開いた。
逆光で顔まではわからないが、背の高いスリムな女性のようだった。
「あの〜……なんか、ここで暮らせるって聞いたんですけど……」




