第6話:赤石ハルミは困っていた
「あっ……あの……これって死刑ですか?」
帝国鐵道総省帝都中央大起点駅、通称グランドセントラルの駅事務所の一角にハルミが震えながら座っていた。
「いえ、お気持ちはわかりますが、我が帝都は法治国家です。スリで死刑にはなりませんよ」
物々しい制服の駅員が、ハルミの前にお茶を置いてやりながら優しい声で言った。
「あ、良かった……死刑にはならないんですね」
「ええ、なりませんよ」
駅員は怪訝そうな顔をしたが、ハルミは、少なくとも駅員には真剣な面持ちに見えた。
「良かった……良かったです」
ホッとしたからか、ハルミはボロボロと涙をこぼした。
「大丈夫ですか? お客様?」
「はい、大丈夫です……ぐすっ……あの」
「なんでしょうか?」
「タバコ吸ってもいいですか?」
「……いいですよ。灰皿お持ちしますね」
「ありがとうございます……もしかしたら最後の一服になるかもって思っちゃって……ぐすっ」
ハルミがパチっとタバコのカプセルをつぶしながら言った。
「もしかして、お客様が死刑になるみたいな話になってます?」
「違うんですか?」
潤んだ瞳で駅員を見上げるハルミ。
「違いますよ」
「だって、急に知らないところで目が覚めて、ケーサツの人が来て、駅にいっぱいケーサツの人がいて、駅もなんかいつもの駅と違うし……切符持ってなかったから捕まったわけでしょ」
ハルミは一気にまくしたてた。
「ケーサツでは無いですが、切符やスマホなどをスリにやられたということでしたよね」
ハルミがピシッと駅員を見つめた。
「はいそうです。スリにあいました
……たぶん」
「そうですよね、お客様は被害者なんですから、お気の毒ですが、まずは落ち着いて」
そう言って、駅員はハルミの前に灰皿を置いた。
ハルミはライターでラッキーストライクに火をつけた。
チリリと小さな音がして、紙の焦げる匂いと煙が先に立つ。
スッとくるメンソールと甘いベリーの匂いを肺まで目一杯吸い込むと、不安な気分は徐々に晴れてきた。
「ごめんなさい。なんか知らないとこまで乗り過ごしちゃったみたいで……」
言いながらハルミが指で弾くと、長くなった灰が灰皿に落ちた。
「そうですか、この辺りは初めてですか?」
「はい……いつもは太融寺や堂山で遊んでるんで」
駅員は深刻そうな表情を崩さないようにしながら、しかし聞いたことのない地名に首を捻った。
「だからいつもはあんまり阪急を使わないんです」
「ハンキュウ?」
「あ、でも喫煙車、あれはアツいですよね。
メトロでも早く取り入れるべきっていうか」
ハルミが一気に喋り出したので、駅員が一旦遮った。
「すみません、どうにも小官の預かり知らない単語や地名ばかりが出ますもので……」
駅員が額に手を当てて頭を振った。
「あ、良かったら吸います?」
ハルミはラッキーストライクの箱から一本だけ飛び出させ、駅員に差し向けた。
駅員は一瞬ためらいを見せたのち、それを受け取った。
「……いただいたます。本来なら勤務中なのでタバコはのみませんが、今回はお言葉に甘えます」
そう言いながら駅員は、慣れた手つきでフィルターを咥えると、ハルミが伸ばしたライターの火で火口を灯した。
一呼吸置いて、駅員が驚いたように煙を吐いた。
「……っ?! なんですかコレ? 吸うとなんだかスースーします。こんなの初めてやります」
駅員は火口から燻る紫煙を見つめながら言った。
「あ、普段メンソール吸わない人ですか?
ふふっ、じゃぁびっくりするかもですね。
そこ、そのピンクのところ潰してみてください」
ハルミが指差す部分を駅員が噛むと、パチっと音がした。
「むっ……! コレは!? すごい……なんかお菓子のような香りがしますね。コレはすごい」
駅員はチルベリーの吸い味を気に入ったのか、何口も立て続けに吸った。
人差し指と中指の付け根にタバコを挟み、顔の下半分を覆い隠すようにして吸うクセがあるようだ。
「へぇ……」
ハルミはその様子に見惚れていた。
「ど、どうかされましたか? 小官の顔に何か……」
「あ、いえ……あなたみたいな吸い方する人、二人目だったんで」
「お友達ですか?」
「……はい」
それだけ言うと、またハルミは寂しくなった。
「うーむ……知らない地名、知らないタバコ……記憶のあやふやなお客様」
駅員はそう言うと、ラッキーストライク チルベリーを吸い切ってから、灰皿でもみ消した。
「これは“マル転”事案ですね」
「マルテン?」
ハルミが怪訝そうな顔をするので、駅員は言い直した。
「転生者事案。転生者の転にマルをつけて略すのでマル転です。
転生者と呼ばれる人々が、どういうわけか、突如転送されてくる事案があるのです。小官は初めてのマル転でしたので、最初わかりかねていたのですが……そういうことでしたら、転生者の皆さんを一時的に保護する施設があります」
駅員はハルミが“施設”という言葉に反応したのに気づき、説明を加えた。
「施設といっても提携ホテルですので、とても快適ですよ。今手続きを進めますね」
扉に向かった駅員が、ハルミに振り向いて言った。
「きっとお友達にも会えますよ」
ハルミはまた泣いた。




