第30話:テートじゃ! 開けんかい!
「アイツら、やりおった!」
ユカリンが表情を引き攣らせながら、各組織が入り乱れた車列に割り込んだ。
「どうしたんですか?! なんかロクでもないことみたい……ですけど」
オレは押し込められた後部座席から、恐る恐る尋ねてみた。
「お前も聞いたじゃろ。あの“音”を……」
「はい、さっきからずっと鳴って……」
「それなんよ。
ディファレンス・エンジンがパンチカードで動くんは知っとるじゃろ」
「はい」
「手回しオルガンもよ、紙に穴を開けた譜面で曲を奏でるんじゃ。
つまり……どっちも穴の並びを読み取っとるんよ」
「……まさか」
「そうじゃ、アイツらは、その逆をやりよったんじゃ」
窓の外では空を引き裂くような怪音が、まだ不気味に響き渡っている。
「つまり、パンチカードのプログラムは音を奏でることができる。
だから、その音を巨大な拡声器で飛ばせば、ディファレンス・エンジンにプログラムを送り込める……そういうことですか?」
「そうじゃ、そしてそれはもう始まっとるんじゃ。
じゃが、全てを送り終えるには、相当時間が掛かる。全てが終わる前に、カタを付けに行かにゃぁならんので」
それで治安維持組織が組織の垣根を超え、総出で実行計画を阻止しに集結しているというわけだ。
「ところでさ、そのエロ漫画プログラムのヤツらって、なんで機械を壊したいわけ?」
ハルミがユカリンに尋ねた。
「詳しいところは、捕まえてぶち回さにゃわからんが、この環境テロリストというヤツらは、今の省エネ推進っちゅうのが気に食わんのよ」
「省エネって、環境に良さそうなのに、環境テロリストが襲ってくるわけ?」
おかしいよね、とハルミがオレに同意を求める。
「要は、ディファレンス・エンジンみたいな高性能計算機ができたけぇ、石炭をそんなに燃やさんでも機械がちゃんと動くようになったんじゃ。
じゃけぇ石炭の需要が減りよる。
それでアイツらは計算機ぶっ壊しゃぁ、石炭の良い時代に戻れると思うとるんよ」
「なんだか切ない話っすね。
環境を守れ! ではなく……もっと石炭を燃やしていた古き良き頃に戻ろう……か」
後部座席からユカリンに言った。
「どうも極端でいかん。新しいものを否定する。環境は破壊する。それじゃ進歩はなかろうにの」
「極端な人ってどこにでもいるわよね」
ジュリアが助手席でぼやいた。
「そうじゃ、過激な思想のセンチメンタルで、帝都民の暮らしを破壊されてたまるかぁ」
◇◇◇
テロリストのアジトに近づくにつれ、空の怪音は大きさを増し、来るものを拒むかのような恐怖と不快感を煽っている。
「着いたぞ」
狭い車内から這い出すと、すでに多くの治安維持局の局員らが駆けつけていた。
無数の赤色灯が、アジト全体を取り囲むように連なっている。
『今すぐ、音波を停止し、おとなしく投降したまえ!』
大型の警ら車に備え付けられた拡声器で、治安維持局の局員がテロリストらに呼びかけている。
治安維持局員が銀色の盾を並べて整列する姿は、壮観である。
「うるせー! 引っ込んでろ」
建物内から、怒号が返って来た。
パンっ!
その時乾いた銃声がして、建物の窓から煙を立ち昇らせる銃口がこちらを向いているのが見えた。
『犯人は銃を所持、繰り返す、犯人は銃を所持している!』
くぐもった音声が、警ら車各車の窓から漏れ聞こえてくる。
一瞬で現場に緊張感が走る。
パンっ! カンッッ!
もう一発、乾いた銃声に続いて、金属音が響く。
「この盾、弾が貫通するぞ!」
犯人の弾を受けた局員の一人が声を上げる。
「何?! 弾が貫通するのか?」
すぐさま、上役と見られる局員が駆け寄る。
「弾の貫通を確認した。盾を二重掛けで保持しろ!」
「相手は素人だが、銃を持ってる。油断するな!」
瞬く間に、銃に対応できる体制を整えていく局員たち。
「アイツらに、先に手を出したことを後悔させたれ!」
「うおぉぉぉ! 突入じゃ!」
あちこちで怒声が沸き起こる。
「突入口、施錠されています!」
盾を保持した局員が声を上げた。
「なんやと!」
ドンドンドン! ドンドンドン!
「テートじゃ! 早よ開けんかい!」
ドンドンドン! ドンドンドン!
「手間かけさせんなや! オラぁ!」
しかし門は固く閉ざされていて、ビクともしない。
「カッター持って来い、カッター!」
飛び散る火花、激しい金属音があたりの鼓膜を振るわせ、突破口が開かれた。
「突撃ィィィィィィィィィィィィ!」
治安維持局の局員が一斉にアジトに突入する。
圧巻の様子を呆然と見ていたオレに、後ろから声が掛かった。
「青砥さんじゃないですか?! 来てたんすね」
「わっ、びっくりした!」
オオトモだった。
治安維持局とは違う制服に身を包んだ、長身の女丈夫である。
「ワタシたちは、テロリストの中に異世界転生者が紛れてるという報告を聞きつけて急行したんすけど、内務省が現場を仕切っちゃってて……」
見るとオオトモと同じような、威圧感を抑えた品格のある制服に身を包んだ面々が、連絡を取り合っているのが見えた。
「オレたち……だったら、入れるとかあります?」
オレ自身、マズい事を言い出してしまったという自覚はある。
入れたからといって、なんの戦力になるというのか。
足手まといにしかならないのではという後悔の念が、すでに押し寄せていた。
「危ないので、許可はできないですね。ワタシたちホテルグラン・ヴィアでも待機命令なんですよ……
それに青砥さんたちはさらに嘱託員です。危ない現場に許可は出せないっすよ」
そんなオレの心中など端から関係なさそうに、オオトモが言った。
「そう……ですか」
残念というよりホッとした。
この大騒動の現場を見て、居ても立っても居られない気持ちと、ただ傍観しているだけの罪悪感とに揺さぶられ、こうして中に入らなくて良い大義名分が欲しかっただけだったのかもしれない。
止めてもらえるように、冷静な対応を期待してオオトモさんに聞いたこと自体、ちょっと後ろめたい気分だ。
当のオオトモさんは、周囲を確認しながら各局員と連携を取っていたが、こちらに近づく小さな影を見咎めて、嘆息した。
「おーおーおー、みんなここにおったんかいの。
おっ、オオトモもおるじゃないの!
一緒に来んさい。
突入じゃ!」
ユカリンが走り込んできて、オレたちを傍観者から、当事者へと強制的に引き上げてしまった。
パンっ! パンっ!
建物の中から乾いた銃声が響くたび、思わず肩が跳ねた。




