第28話:なんだあの頭の悪そうなクソデカ女は?!
『あー、あー……そこのトラック、左に寄って、止まりんさい』
ユカリンが天井からぶら下がった、マイクのようなものを引き寄せて言った。
クルマの屋根に付けられた、メガホンのような機械から大きな声となって、辺りに響く。
「停まるなよ〜、停まるなよ〜」
マイクオフでは、前言を瞬時に撤回したかのように、物騒なことを呟いている。
『もういっぺんゆーけぇ、よう聞きんさいよ〜。
左に寄って、停車しんさい!』
鈍足のトラックは、ユカリンの停車命令を無視してなおも前進し続けた。
「ほーい、ジュリア。何秒たった?」
「34秒!」
ジュリアが助手席のダッシュボードに乗った機械式ストップウオッチのボタンを押して答えた。
「よっしゃー! 第一警告無視、上等じゃ!
しごーしちゃるけぇの!」
ピヒィィィィィィィィィィィ!
スチームがうなりを上げて、タイヤが砂利道を蹴り上げる。
加速一気にして、トラックを追い抜く。
「ジュリア、これ助手席の窓から出して振れ」
赤々と輝く棒が狭い車内を真っ赤に照らす。
交通整理などで見るあの棒だが、光る原理が違うのか、やけに明るい。
「めっちゃ眩しいんですけど」
ジュリアが助手席側のレギュレーターハンドルを回して、窓を開ける。
「振って、後ろのトラックを止めるんじゃ」
「ねぇ、こんなので止まるの?」
ジュリアが尋ねると、
「止まらんかったという事実が欲しいだけじゃ、ほれ振れ」
と、にべもない事を言った。
「ヘイヘーイ! 止まってー、止まってくださーい!」
ジュリアが長い腕を窓から突き出して、光る棒を振る。
「OK、ジュリア。もう1分経ったけぇ、大丈夫じゃ。ありゃぁ完全に停止命令無視じゃ!」
うれしそうなユカリンが続けて言った。
「つまり、当たりのトラックっちゅうわけじゃ。
ぶち回す許可が出たみたいなもんじゃのう!」
ユカリンがトラックにピッタリと並走すると、トラックが巨体に物を言わせて、幅寄せをしてきた。
ギヒィ、と金属がこすれる音がして、小型警ら車のミラーが吹っ飛ぶ。
「威勢がええのぉ……犯罪者っちゅうんは、コレくらい骨があった方が、弾ぁブチ込む時に興がのるわいや」
ユカリンのジト目に光が宿る。
「お前ら、耳ぃ塞いどれよ! 一発“ワカラセ”ちゃるけぇ」
言うが早いか、ユカリンが開いた助手席側の窓に拳銃を向けた。
「ちょ! マジ?! やばっ」
ジュリアが座席のリクライニングを思い切り引いて仰け反った。
ゴチン!
と、鈍い音がしてジュリアとハルミの頭がぶつかる。
「あいたーっ!」
「いってー!」
その直後であっただろう。
視界が広がったのをチャンスと見たユカリンが拳銃の引き金を引いた。
パン、パン!
一発目は車体の下をかすめた。
二発目。
鈍い破裂音とともにトラックの右前輪が弾け飛ぶ。
巨体が大きく傾き、荷台を左右に振りながら砂利道を削った。
グオオオオオオン!
唸り声のような音を残して、トラックはようやく停止した。
「さぁ、仕事じゃぁ!」
ユカリンは小型警ら車を急停車させると、拳銃を携えて止まったトラックに向かって駆け出した。
◇◇◇
後部座席の窓から、恐る恐る様子を伺うと、男が何事かを喚きながら降りてきた。
「くぁwせdrftgてゅじこlpー!」
身振り手振りを交えて、大声で喚いているが、全くわからない。
やがて二人目の男がキャビンから出てきて、小柄なユカリンに詰め寄った。
「くぁwせdrftgyふじこlpー!!」
その内の一人が、大声で怒鳴りながら、ユカリンの肩を強く押した。
流石に少しよろける形となったユカリンを見るや、男たちが勢いづくのがわかった。
「ヤバくない?」
ハルミが身体を起こして、窓の外を見る。
「ヤバいね……たぶん、あの男たちが、ね」
ジュリアがハルミに目配せをした。
「助ける義理もないんだけど、目の前で死なれちゃうのも気分が悪いから、いっちょ行っちゃうか?!」
そう言ってジュリアがドアを開けた。
「いいね、車酔いの酔い醒ましになるかも」
ハルミも狭い車内から飛び出した。
「待ってください、邪魔になりますって」
成り行きだが仕方ない。
オレも恐る恐る車外に転げ出た。
丸くてデカいトラックの前に、男が二人と、今にも飛びかかりそうなチワワサイズの狂犬が一人。
ユカリンは耳にかけた真鍮製の機械を何回かクリックしてから男たちに向かって叫んだ。
「くぁwせdrftgyふじこlpけぇの!」
男たちの顔色が変わった。
どうやら今のは、挨拶ではなかったらしい。
……たぶん何か脅しているのだろう。
「なんて言ってるんですか?」
オレが言うとユカリンが、一瞬たりとも男たちに視線を外さず声だけで返した。
「言葉がわからんフリしても無駄じゃゆーたんじゃ」
「違うぞ! そのちっこいのは、
『死体になったら喋れんけぇ、何語でほざいても一緒じゃ』
って言いやがった!」
後から出てきた方の男が叫んだ。
わお、物騒!
「じゃかぁしぃ! 誰が通訳せぇっちゅうたんじゃ!」
「くぁwせdrftgyふじこlp……くぁwせdrftg」
ヒソヒソと男たちが言葉を交わし合う。
「……なんか言ってますね。作戦会議でしょうか」
「…………いや、
『なんだあの頭の悪そうなクソデカ女は?!』
って言ってるぞ」
「ち、チビ女! お前も通訳すんな…………あががっ……」
男が抗議の声をあげるが早いか、オレの背後から影が飛んだ。
それはあっという間の出来事で、その証拠にユカリンも銃を構えたままだ。
しかし目の前の男には、ジュリアの鋭いブーツのつま先が、こめかみにめり込んで、静かに崩れ落ちるところであった。
「くぁwせ………………drftgyふじこlp……」
もう一人の男。
“舌禍”の張本人は、最後まで理解不能な言語を発しながら、ハルミの硬そうな靴底をミゾオチにくらって昏倒した。
どうか、こいつらが国家転覆を企てる、凶悪プログラムを強奪した犯人でありますように……
ただの公務執行妨害にしては……かわいそうで。




