第25話:誘拐された重要参考ロボ
それはベンチに腰掛けて、コーヒーを飲んでいる間の、わずかな時間だった。
テロ組織がディファレンス・エンジン破壊用プログラムを隠したであろうお掃除ロボットは、オレたちの目の前で誘拐された。
「えっと……そうだ、オオトモさんに連絡……っと、ジュリアのスマホは使えないし、公衆電話、公衆電話を探さなきゃ!」
オレは蒸気でけぶる街を、人混みをかき分け走った。
頭上を駆け抜ける懸垂式モノレールの轟音。
湯気に混じるうどん屋の出汁のニオイ。
人いきれ、人いきれ……
くそっ。
オレはようやく気付いたが、奴らは最初からそのつもりだったのだ。
オレに押し付けられた高精細エロ漫画プログラムはオトリ。
本命のプログラムはお掃除ロボットに回収させ、後から清掃局員を装って回収する。
治安維持局よりも先に。
もしもの備えは、謎のテロ組織の方にこそあった。
そして今、その計画はオレたちの目の前で成功してしまった。
「あった! 公衆電話だ」
……が、喜びも束の間。満腹になったお掃除ロボットが、公衆電話ボックスの前で力尽きている。
「お、重い……」
車輪に石畳が引っかかって、押しても引いてもびくともしない。
そこへ、光景を見かねたおじいさんがオレに声をかけた。
「その掃除ロボを動かしたいんかね」
「はい、公衆電話ボックスを塞いじゃってて」
「よし! まかしとけ」
そう言うとおじいさんは、がっしりとロボを抱えて、グッと腰を落とした。
「ふんぬーーーーーーーっ! ……ダメじゃ」
オトナ一人ではどうにも無理らしい。
「オレも手伝います」
動かないロボットをおじいさんが引っ張って、おじいさんをオレが引っ張って……
それでもロボは動きません。
そこへ、
「急に走り出すから、何かと思って走って来ちゃった……」
肩で息をするハルミとジュリアが追いついた。
チェーンスモーカーにダッシュは厳しいようだ。
「なるほど、この子を動かさないとダメなのね」
事情を把握したハルミがオレの腰に手を回した。
「パワー見せたれ、パワー!」
『うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!』
おじいさんがロボを引っ張って、おじいさんをオレが引っ張って、オレをハルミが引っ張って、ハルミをジュリアが引っ張って……
ダメだった。
徒労感が疲労感とともに汗となって額ににじむ。
ふと見ると、ハルミとジュリアはもうタバコ休憩をしている。
もっと緊張感を持って!
……とはいえ、今は焦っていても仕方ない。
連絡さえ取れれば、まだ追えるのだから。
「なんだなんだ、何事かね」
スーツを着込んだ紳士が声をかけてきた。
「公衆電話を使いたいのに、このロボットが邪魔なんです」
オレが言うと、
「よし! まかせたまえ」
と、参戦してくれる。
その後も通行人が次々に手を貸してくれて……
ゴゴゴゴゴゴゴ……
お掃除ロボットは無事に転がって、公衆電話は開きました。
『やったー!』
一同に拍手が湧き起こる!
もはや一大事を乗り越えた感すら漂う雰囲気だ。
「さあ、これで大丈夫だ、すぐに連絡をとってあげなさい」
紳士がオレの手を取って言った。
「はい! ありがとうございます。そうします」
……とその時?!
ギュイーーーーーン! ギュイーーーーーン!
転がった振動でスイッチが動いたのか、急にお掃除ロボットが起動した。
一同が何事かと見守る中、お掃除ロボットは自走し始めた。
ハルミとジュリアがタバコ休憩で捨てた吸い殻に反応したらしい。
ギュイーーーーーン……インインイン……ゴッガガガ
しかしお掃除ロボットは、公衆電話ボックス前の穴にはまり、扉を塞いだまま再び機能を停止した。
「うぎゃー! 神様ーーーーーーっ(ポンコツ)!」
◇◇◇
再三に渡るトラブルも、帝都の皆さんの加勢もあり、なんとかクリアすることができた。
オレは急いで、ハナダさんから預かった連絡先に電話をかけた。
「はいこちら逓信省電信電話局です。お呼び出しの番号はございますか?」
オオトモさんじゃない女性の声がした。
「あっ……えっとですね」
電話交換手式だなんて聞いてないんですけど……
緊急時に緊急連絡ができないなんて……と、気持ちばかり焦ってしまう。
とはいえオレが焦っても仕方がない。ハナダさんからもらった手元のメモを見る。
「IBの003、ハイフンを挟んでOT1030でお願いします」
慎重に読み上げると、女性交換手は慣れた様子で何かを打ち込んでいるようだった。
電話口からガチャガチャという金属音が聞こえる。
「入国管理局転生対策班の緊急入電でおつなぎします」
女性交換手の声がした後、ブツっと音がして、しばらくすると、聞き馴染みの声がした。
「はい! こちらオオトモです。あっ、青砥さんですか?」
「オオトモさーーん、良かった……あ、良かったんじゃないんですが……ロボ、たぶんパンチカードを吸い込んだお掃除ロボットが誘拐されました!」
伝えなければという思いだけ先行したオレは、思いついた順に、受話器に向かって叫んだ。
「えーっ! マジっすか?! 中身は確認されましたか?」
「中身? いや、怪しい人と怪しいロボットだけです。
詳しい説明は後でします! とにかく偽の清掃局のトラックで運ばれちゃったんですっ!」
「わかりました、えっと、今公衆電話ですか? 電話ボックスに番号があるんで教えてください、すぐ向かいますので」
電話ボックスの番号を伝えて外に出る。
相変わらずの街の喧騒と、お掃除ロボットをいじって遊ぶギャル二人が待っていた。
「とりあえず、オオトモさんと連絡はつきました」
オレが疲れ顔をしていたのだろう、ハルミがラッキーストライクを差し出して「吸う?」と勧めてきた。
「いや、いいっす。それよりあのトラックの行方ですよ」
オレはハルミの勧めを断った。
普段吸わないというのもあるが、目の前で堂々と回収されてしまったことから考えを逸らしたくなかったのだ。
街はいつものように賑やかで、もしかしたら次の瞬間に世界が終わるかもしれないなどとは、微塵も考えていないようだった。
その時、立ち上る蒸気を真っ赤に染めて、小さな蒸気警ら車が荒っぽく歩道に乗り上げた。
「お前らすぐ乗れ! オオトモから聞いて駆けつけたんじゃ!」
窓からユカリンが身を乗り出してオレたちに手を振った。
「わかりました!」
とは言ったものの、蒸気警ら車は見たまんまの小ささで。とりあえず、オレとハルミが後部座席に押し込められた。
「せもぉて、すまんの」
ユカリンが言う通り、クルマの座席は狭く、なだらかに後ろに下がる天井のせいで首がツラい。
「狭い……タクミ、肩貸して」
ハルミはそう言うと、首を曲げてオレの肩を枕がわりにした。
「い、良いっすけど……」
ハルミのベリーの煙で燻されたみたいな匂いが肩に乗っかった。
「それで、お前らが見たトラックというのは、どういう感じかいの?」
ユカリンが圧力レバーをイジりながら言った。
「これがワタシたちが見たトラックなんだけど……」
助手席でも窮屈そうなジュリアが、ユカリンにスマホの写真を見せる。
「はぁ確かに、これは清掃局のトラックじゃないのぉ」
ユカリンはそう言って、スマホをジュリアに返した。
「これはスチームエレクトリックのトラックじゃけぇ、そう遠くには行っとらんわ」




